月の信仰
月の信仰
1.
沈黙ほど私を救ったものは無い。月を信仰するこの修道院では黙祷がもっとも重要な祈りの時間である。
9月の最初の満月の夜から3日間、院では黙祷の儀を執り行う。
「ビー?」私は友のベアトリクスを呼んだ。
「ビー」
「はいはーい?」二段ベッドの上から、顔を覗かせるのは、真っ白の赤ら顔の面白い感じのビーだ。
「明日ね」
「もーやってらんないわよ!ねむー。リサってすっごい美人なのにこんなところでよく耐えられるね。モデルにでもなればよかったのに」
ビーはシスターらしからぬ発言をいつものようにする。
明日の夜から満月の祈祷の3日間だ。
「消すよ」
私はベッドから出て、燭台を枕元へ持っていき、火を吹き消した。
今朝は食事の当番だった。裏口から牛乳屋さんがノックをする。いつもと同じ。
トントン
「はい。サムさん、ごきげんよう」
「リサさん、おはようございます」牛乳屋のサムが私の名前を覚えてくれたのは、もう遠い前のことだ。
「リサさん、これ、領収書です」サムはものすごく真面目な顔で私の顔を見た。
「ありがとう」
よく見ると領収書の下に別の紙が挟んである。ラブレター?サムったら行動に起こしてしまったか。
「それじゃ…あの、リサさん」
「はい」
3秒だろうか、私の瞳を見つめた。
「なんでしょうか」
「いえ、さようなら」
「さようなら?さようなら、ですか」
「また!」
サムはにっこりと笑い、戸口から出ていった。
午前、月の祈祷のための衣装を繕っているときに、ビーと話していた。
「で、見たの?ラブレター」ビーは言った。
「見る訳ないでしょ」
「えーじゃあ私が見る」とビー。
「ん」私は袖から紙切れを出してビーに渡した。私はつくづく冷たい女だ。
「…………リサ」ビーは紙を私に見せる。
そこには
《今夜、宗教改革が起きる。教会は燃やされます。一緒に逃げましょう。18時に戸口へ》
「笑えない」と私。
すると後ろを通ったシスターに平手でしばかれた。
「静かに」
「すいません」
2.
秘密というものは、どちらが罪だろう。シスターを好きになった男?それとも、異端を潰すために多くのシスターを火炙りにする不意打ち?
「どうすんのよ」
夕餐のときに、ビーは私に聞いた。
「どうもしない。月に誓って。私は月と共に死ぬ」
「信心深いことで」
「ビーこそ平気そうね」
「なんでリサと2人で逃げる?あたしたちも逃してよ。嘘くさい」
「まあね」
「どうするの?院長にいう?」
「言おうかしら」
私はマザーの部屋に行った。
「ごきげんよう。シスターリサ」
「ごきげんよう。こちら、牛乳屋のサムからです」
マザーはその紙を見て、言った。
「ついに来ましたか。私たちの月信仰は、異端と呼ばれ、新しい宗派により淘汰されるのですよ。あなたがたは外に出ていないからわからないですけれど」
「…どうするのですか?逃げます?」
「そうですね。行くところがあれば、ですけれど」
「……」
「そうですね、困りましたね。あなただけでも逃げてはどうですか?」
「……宗教改革をしているのは、何教ですか?」
「太陽の神の宗派ですね」
「……」
3.
「リサ、元気でね」
「ビー、なんであなたがそんなに普通のテンションなのかまったくわからない」
「あはは。あたしたち、もう、ぶっ壊れてるわよ。今日殺されても大丈夫だと思ってる」
「嘘だと思うから行ってくる……やっぱり一緒に来て?他の人も呼んで?」
「わかった」
ぞろぞろと戸口へ向かう。
サムが出てくる。目がギンギンだ。
「みなさん、ここから逃げてください。みなさんが逃げている間にこの教会にガソリンをまきます。この戸口までまいて、そこからガソリンで道を作って異教の教会までまきます。あいつらが火をつけたらあいつらの教会も全焼します」
シスターたちがざわつく。
マザーは言う。
「サムさん。いろいろとありがとうございます。ですが教会も燃えるのですか?」
サムは言う。
「ええ。もちろん」
「人は憎しみあってはいけません、傷つけあってはいけません」とマザーから言葉が出るかと思ったが
マザーは言った
「よろしい。皆の者行きましょう」
マザーはそうして隠し持っていたチェーンソーを出した。
ほかのシスターもチェーンソーを出した。
「ほらね。あたしたち、みーんな月のせいで狂ってるのよ。行きましょ」ビーが言った。
完