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ファティマの癖

 ファティマは寝具が好きだ。

 玉匣の寝台然り、自宅のベッド然り、とにかく柔らかくてフカフカした物を好み、よくその上で丸くなっている。その時の幸せそうな表情を見ていると、自分も穏やかな気持ちになれる気がしてくるほどだ。

 加えて、彼女は温もりを求めてか、人の寝ている横などにも行きたがるし、特に自分の元へはよく甘えにやってくる。これを愛らしいといわず、なんと言えばいいのか。


「んふー……おにぃさんはあったかいですね……」


 蕩けたような声で、彼女はぐりぐりと頭を擦りつける。キメラリア・ケットという種族全体がそうなのかはわからないが、甘え方は本物の猫がするのととても似ているように思う。

 ただ、自分の知るイエネコと比べれば格段に大きいので、色々弊害もある。


「ファティ、あの、ちょっと寝返りを打たせて……」


「動いたらやぁですよぉ」


 肩のつけ根、ちょうど鎖骨あたりにのしかかる頭。大きな耳と髪からは、石鹸のようないい匂いがしてくるが、身体が痺れてくるとそれどころではない。

 こうなると彼女は意地でもどかないため、寝息が聞こえてくるのを待って、そっと腕を引き抜いて身体を回すしかなく、それもかなりリスキーだ。


「にぃ……」


「いっててて!?」


 体からずり落ちそうになると、寝ぼけながらでもファティマはしがみ付いてくる。それこそ爪を立てながら。

 だからといって叫ぼうものなら、彼女は薄く目を開けてぐりぐりと身体をよじ登り始めてしまう。そして元の木阿弥。


「ゆっくり寝ましょぉ? ね、おにーさぁん……」


 天使のような笑顔、というべきだろう。蜂蜜のような瞳をとろりと潤ませ、首にしがみ付いてくる少女を誰が無下にできようか。

 しかし、これもケットの特徴らしく、相手を安心させようとするとき、肌を舐めたがるのだ。


「ファティ、あの、気持ちは嬉しいんだが、その、こ、こそばゆいから……」


 ちろちろと這う舌は艶めかしくもあり、少々妙な気分にもなる。とはいえ、この見方によっては天国のような時間も、そう長く続かない。


「はむっ」


「あぁーだだだだだだだだっ!?」


 これも、所謂猫らしい部分なのだろう。何故か途中で必ず噛まれる。それも1度噛みはじめると、徐々に頻度が上がるという謎の仕様だ。

 舐める舐める舐める噛む。舐める舐める噛む。舐める噛む。噛む噛む、噛みながら引っ張る。


「んぎぎぎぎぎ……」


「いだだだだだ!? ちょっ、ファティ、ストップストップ!」


「お……? あ、ごめんなさい、ボクまた噛んでましたか?」


「け、頸動脈をいかれるかと思った……き、気を付けてくれ」


「はぁい」


 眠たそうな顔をしたままファティマはクシクシと顔を擦ると、悪びれることもなく再び身体を預けてすぐにすぅすぅと寝息を漏らしはじめる。

 基本的に寝ぼけている彼女は無邪気なものである上、本能的な行動だからか、叱ったところで変わりはしない。そのため僕は必死で痺れに耐える。

 下手に動きさえしなければ、齧られることもないのだから。



 ■



「あや? ご主人、お目覚めッスか――ってうわっ!? どしたんスか、その傷!?」


「あぁ、おはようアポロ……いや、まぁ、甘えられるってのは悪いことじゃないんだけどね……」


 傷だらけの顔や首を擦りながらリビングに入ると、洗濯を畳んでいたアポロニアにギョッとされた。

 自分の顔を鏡で見たわけではないが、どうやら相当傷だらけらしい。


「す、すぐ傷薬取ってくるッスからねー!」


 洗濯物を放り出して、パタパタと駆けていくアポロニア。その一方、暖炉の前で本を読んでいたシューニャは、どこか同情的な視線をこちらへくれた。


「……気持ちは分かる。ファティは寝ぼけると、舐めたり噛んだりしてくるから」


「あーそれは……シューニャも経験済みってことかな」


「ヘンメ・コレクタに居た頃、宿の寝台が足りないと一緒に寝かされたし……ファティは誰かと寝るの好きだから」


 今までにシューニャがファティマとくっついて眠っている光景は何度か目にしているため、彼女は仕方ないことだと受け入れているらしい。

 おかげで僕は諦め気味な苦笑を、シューニャに向ける事しかできなかった。

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