第2話 幼馴染からの逃走
「くッ……交渉が失敗した……頭の悪い魔王め」
「当ったり前でしょうが! たかが花一本で改心するほど魔王甘くねぇからッ!?」
人族の大陸、アズベル大陸。
その最前線にあるリグレル王国の、とある酒場にて勇者ギルバートは幼馴染のフィーナと飲んでいた。
赤毛を揺らしながらツッコミを入れる幼馴染のことなんか目にも入らない程、ギルバートは落ち込んでいた。
「あのね、アナタのことは昔っから知っているつもりでいるけど……魔王軍と人族軍の戦争は何万年も、下手すると何百万年も前から続いているかもしれないのよ? 少しは考えれば分かることでしょ……」
「……」
「何をまだ落ち込んでいるのよ?」
「魔王を……魔王を」
魔王をどうしたんだよ。
食いつくようにフィーナは耳を傾ける。
まさか遂に討伐したというのか!
「全治一ヵ月にしてしまった」
「なら倒せよッ!?」
こらえきれずフィーナは叫んだ。
全治一ヵ月もの傷を与えたのなら好機ではないか。
普通の勇者ならばトドメを刺してハッピーエンドなのに、どの顔下げて帰ってきているのか。
「なんの為の聖剣だと思っているのよ!? 唯一、魔王を倒せる手段がその聖剣だけなのよ! 勇者になる前に全部聞かされているはずだろ!」
「……ならば次、魔王城にお邪魔するときはお詫びの品を持っていこう。聞けばあのチビッ子魔王は菓子が大好物のようだ。たくさん持っていて、ふたたび平和交渉をしてみよう」
「だから何で、その考えに行きつくんだよ!?」
・フィーナの話を無視。
・勇者としての役割を無視。
・とりあえず菓子を持っていて、魔王と平和を築いていこう。
常人ならまず、この思考にはたどり着かないだろう。
「魔王も魔族も生きている。むやみに命を取りたくない」
「アナタがそういう考え方でも、あっちはそうじゃないのよ。先代の勇者がどれだけ、あの魔王を前にして散っていったのかギルも知っているでしょ?」
「平和も築けんアホ勇者どもが」
「サイッコーに不謹慎な事を言っているからね!?」
腕を組み、先輩勇者たちを蔑むギルバートの頭を叩こうとしたが避けられてしまう。
フィーナは小さく「チィッ!」と舌打ちをした。
「お前もだフィーナ。魔王を、魔族を残らず殲滅するのが正しいと思っているのなら、お前とでは永遠に理解し合うことは不可能だろう。酒代、ここに置いていくぞ」
「ちょっ、待ちなさいよ! 可愛い幼馴染と久々の再会を果たしたのに、もう行っちゃうの! もう少し、付き合いなさいよ!」
テーブルに金を置いて去っていくギルバートの袖を掴もうとフィーナは手を伸ばしたが、まるですり抜けるように空振りしてしまう。
「えっ、あれ……どこに行ったのよ?」
突然、目の前から消えてなくなったギルバートを探すが姿が見当たらない。
「もう……私の気も知らないで、勝手なんだから。ばかっ」
酒場に一人残された寂しさを紛らわすためにフィーナは、店でもっとも強い酒を追加で注文する。
そしてついでにギルバートの置いていった酒代を店員に渡すのだが。
「あの、足りないんですけど?」
「はいぃ?」
「先ほどのお客様、5杯ほど注文していたのですが……最初の1杯目ですら足りないというか、これじゃ当店で一番安いおつまみも注文できませんよ?」
フィーナは血走った眼で代金に目を通す。
酒1杯だと200ゴルドになるので、5杯だと1000ゴルド。
しかしギルバートが置いていった酒代はたったの100ゴルド程度である。
足りない、足りるはずがない。
「あの馬鹿勇者あああああああああ!!」
フィーナの怒声は、満月に照らされた夜空にまで鳴り響くほどだった。




