海の中へ
「いつの日も海は美しく、澄んでいなければならない。自然の為に、そして、地球の為に。」
「どうだった、夢絵。ちょっと難しかったけど、面白かっただろ?」
「う~ん、わかんない。けど、面白かったよ。」
「そうだろう、そろそろ夢絵も今、読んだような本を読む練習をしなければならないだろうな、うん。」
「あなた、こっち来てみて。面白いわよ。」
「あっ、母さんが呼んでる。あまり、あちこちと動き回るんじゃないよ。そして、下をのぞきこむと危ないからね。」
「う、うん、わかった。」
その返事を聞くと、本を夢絵ちゃんに渡して、すぐお母さんのいる所まで行ってしまいました。今日は、お父さんとお母さんと夢絵ちゃん、家族3人で大きな船に乗って、お父さんの実家の方へと向かっている途中です。夢絵ちゃんは1人で海を眺めています。周りはとてもにぎやか、何やら向こうの方で誰かが、手品をしているようです。天気は快晴、雲一つない良いお天気です。だけど、夢絵ちゃんの心は何だか今ひとつ、晴れる気持ちじゃありません。
「パパとママ、仲がいいのはいいんだけれど・・・。パパはいつも勉強、勉強しなさいって言ってるし、ママは・・・ママは優しいんだけれど、パパの言うことを聞きなさいって言うし。ああ、このままじゃいけないような気がする。」
海に向かってひとつ、大きなため息をしてしまいました。
「夢絵、大きくなったら絵本書きたいな。みんなに喜んでもらえるようなお話を書くの。ねぇ、もし人魚さんがいて、この話を聞いていたら夢絵の夢、かなえてくださいね。」
そう言うと、すぐ、みんなが乗っている大きな船がとても大きく揺れました。
「ああっ、本が。」
持っていた本が海に落ちました。
「あっ、いやっ落ちる、だ、誰か、助けて!」
夢絵ちゃんは、必死になって船にしがみついていたのですが、とうとう、手を離してしまいました。
「ザボーン」
「おっ、おい、誰か海に落ちたぞ。」
「えっ!」
夢絵ちゃんのお父さんが振り向きました。
夢絵ちゃんはと言うと...気を失ってしまい、ずーっと、海の底に着くまで沈んで行きました。
そして、夢絵ちゃんの前にさっと黒い影が通り、口の中に大きく丸いあめ玉のようなものを入れると、あっという間に、どこかへ連れ去ってしまいました。
どれぐらいの時間が流れたでしょうか...
「ここは?」
夢絵ちゃんは気がつきました。息ができたのを不思議に思いました。そして、怖くなって目を閉じたのでした。しばらくして、
「さあ、着いたわよ。」
「えっ?」
目を開けると、まず、目に飛び込んで来たのは真っ白い大きなお城でした。真っ白い道、真っ白いおうちと屋根、たくさんありました。素早く人魚の方を見てこう言いました。
「人魚って本当にいるのね。」
人魚は、ニッコリ笑いました。
「あまり、驚かないのね。」
「うん。」
人魚は夢絵ちゃんに近づき、
「将来、絵本が書きたいって言ったわよね。」
「うん。」
「ここの白い建物をいろんな色に変える事が出来るかしら?」
「できると思うけど、でも、どうやって?」
「心に強く思うだけでいいの。」
夢絵ちゃんは強く目をつぶって考えました。すると、屋根は茶色、家の壁は灰色...。
「だめよ、もっと明るい色を考えて。心を豊かに、想像力を広げるのよ。」
「わかったわ、やってみる。」
すると、どうでしょう、いろんな色に色づけされて、とても鮮やかな夢絵ちゃんの世界が出来上がりました。
「これでいいのよ。夢絵ちゃん。」
人魚は、夢絵ちゃんの両肩に手を優しくのせました。そして、今度は人魚の黒い髪の毛を美しい金色に変えてしまいました。
「あら、髪の毛まで、変えなくても良かったのに。」
顔を見合わせて、優しく微笑み合いました。
「そろそろ、帰る時間よ。」
「うん、もう会えないの?」
少し寂しそうな表情で人魚を見つめました。
「私を忘れなかったら、大丈夫よ、会える。」
「うん。」
ニッコリ夢絵ちゃんは笑い、手と手をとって、地上に向かって泳いで行きました。
そして、2人は海面から顔を出すと、
「ほら、見て、ここの人達、全く動かないでしょ。さあっ、早く船の上に。」
夢絵ちゃんが船の上に戻り、
「夢絵ちゃん、服もしばらくしたら乾くし、船の上の人達ももとにもどるわ。そして、このことは内緒ね。」
「うん。」
返事を聞くと、すぐ姿を消してしまいました。すると、服が完全に乾き、止まっていた人達も元に戻りました。
「やっぱり、人間とちがってすごい!」
そして、お父さんが驚いた顔をしてやってきて、
「おお、だ、大丈夫か?」
「う、うん。」
お母さんもやってきました。
「夢絵、誰かが海に落ちたって言うから、びっくりしちゃって、だけど良かったわ。」
「私は大丈夫よ。そんなに心配しなくたっていいのに。」
「あれ?本はどうした?」
お父さんが言いました。
夢絵ちゃんはさっき、海に落ちた所までいき、
「ほら、見て、海に落としちゃったの。」
そう言って、海に浮かんでいる本を指さしました。
「よし、お父さんが取ってあげるから待っててなさい。」
手を一生懸命、伸ばして取ろうとしているお父さん、なかなか本に届きません。
「ああっ。」
とうとう、船にしゃがみついた状態になってしまい、
「うわぁ、お落ちる!誰か、た、助けてくれ!」
しばらくして、近くにいた男の人に助けてもらいましたが、本は残念ながら、取る事が出来ませんでした。
「仕方がない、本はあきらめよう。さぁ夢絵、母さん、あっちの方へ行って少し休もう。」
「夢絵ちゃん。」
「えっ?」
振り向くと、人魚が笑ってこっちの方を見て手を振っています。
夢絵ちゃんも負けないつもりで思いっきり手を振りました。
そして、海の中へ戻って行き、人魚の胸には、あの無くした本がしっかりと抱きかかえられて、人知れず、ゆっくりと姿を消して行きました。
終