第六話 ケンカなんて耐えられない!
俺は中々寝付けなくてボーっとした頭のまま、朝8時にダイニングに行くと、
聖が先に朝食を食べていた。
「おはよう」も言わないまま、俺はいつもの席、聖の隣に座った。
チラッと聖を見たが、目も合わせてくれない。
聖は、ものすごい早食いをし、「ごちそうさま」とだけ、おふくろに言うと
学校の課題の入った大きな鞄を担ぎ、出て行った。
「どうしたの?あなたたち。ケンカでもしたの?珍しいわね」
一言も口を聞かない俺たちを不思議に思ったのか、おふくろが聞いてきた。
「別に…月一の男の子の日なんじゃない?」
などと、適当に言った。
「ふふふ、いつも仲がいいに越したことはないけど、たまにはケンカもいいかもね。
今まで以上に二人の間が深まるわよ、ケンカと言うのも!」
聖の使った食器を片付けながら、おふくろは笑った。
俺は大学に向かう電車の中、午前中の講義を受けている時、
学食で昼飯を食べている時、午後の講義を受けている時、ずっと考えた。
やっぱり、聖とこんな状態は非常に辛い…。
耐えられない。
俺からあやまろう…
講義を受けている最中だったが、どっちみち先生の声など耳に入っていなかった俺は、
携帯を取り出した。
聖は授業中、携帯を切っているので、今は見てくれていない可能性大だが、
とりあえずメールを送った。
『今日、聖の授業が終わるころ、学校の正面玄関で待ってる』
聖は専門学校だから毎日同じ時間に始まって同じ時間に授業が終わる。
4時には授業が終わっているはずだ。
メールの返信はないが、俺はその時間に合わせて聖の学校へ向かった。
正面玄関の前のガードレールに寄りかかりながら、聖が出てくるのを待った。
聖の通う服飾専門学校は大きい。大きな出入り口も三ヶ所ある。
メールを見ていてくれていれば正面口に来てくれると思った。
4時を過ぎる頃、学生たちが次々と出てきた。
すげー、さすがファッション関係の学校だ。いろいろ変わった格好の若者ばかりだ…
うわ~、モヒカン?スキンヘッド?ええ?右側が短髪刈り上げなのに左側はロング?!
ものすごいアシメトリー……
なぜか髪型ばかりに目が行ってしまった。
聖を待っている間、学生達を見ていてぜんぜん飽きなかったが、聖は出てこない。
メールを見ていないのかもしれない…と思ったが、俺はそこを動く気になれず、
時間だけが過ぎていく。
オレンジ色だった空が、だんだん暗くなって行き、すっかり日が落ちてしまった。
時計に目を落すと7時ちょい過ぎ。
思い切って携帯に電話をしようかと思っていると、正面からものすごい勢いで
大きなバックを担いで俺に突進してくる人影を見た。
「じょぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーー」
デカイ声で、ものすごく長い「ぉーーーーーー」を叫びながら走ってきたのは聖だ。
俺の前で止まるのかと思いきや、俺に抱きついてきた。
えっ?う、うれしい…。へへ!
「ごめん!ハァハァ…城!ハァ…ごめん!」
息が切れるくらい一生懸命走ってきたのか、途切れ途切れの声で先に謝られて
しまった。
「城…ごめん、さっき…メール見たんだ、ハァハァ…」
いつもの授業が終わったあと、一年生対象に有名デザイナーの特別講義があり、
携帯をずっと切っていたため、今さっき俺のメールを見て、待っているかいないか
わからないけど走って来たら、俺がいて嬉しさのあまり抱きついたらしい。
「聖、ごめん。昨日はごめん…」
俺も聖を抱きしめながら言った。
公共の場ではあったが、暗いし、構わないと思った。
それに服飾関係の学校の前だ、俺たちみたいな者への理解も大きいだろうなどと、
勝手な本当に勝手な解釈をした。
「オレも、オレも城だけだから、城だから好きなんだ!」
聖の言葉に俺はデレデレと顔が歪んだ。
顔が元に戻らな~~~~~い。
しあわせだぁ~、こんなしあわせをありがとうー神様仏様ご先祖さまさま!
などと、喜んでいると携帯が鳴った。
……登戸君…だ。
ごめん、今はちょっと無視します…
心で謝った。
『僕、今、城くんのマンションの下にいます。ずっと待っています(涙)』
携帯のコールが切れた後、いつものハートマークではなく、涙マーク入りの
メールが入っていた。
俺はメールに気づかず、聖と一緒にウキウキルンルンステップで家に帰った。