第五話 はじめてのケンカ
7時前に登戸君を寮の近くまで送り、俺と雅は家に向かった。
「おやおや~城くん!新しい彼女かい?これで聖ちゃんは僕のものかい?」
後ろから聞きなれた声が聞こえた。
日野…かよ…
数人の女子をはべらせ俺に声をかけて来た。
同じ町内だから会ってもおかしくはないが、今日はなんだか偶然が多い。
「この子、聖の妹だよ」
日野に言うと、態度をコロッと変え、日野は雅に自己紹介を始めた。
なんだか携帯番号の交換もしている。
雅はまた嬉しそうな顔になってるし…
「あっ!城くん!コレコレ!!」
日野は鞄から紙を一枚取り出して、俺の顔に押し付けた。
「……」
「コレでどうだーーーー!!」
「……だから近すぎて見えねーってんだろうが!毎回毎回」
その紙を見た。
『第1回 横縦町 たて笛大会 場所:横縦神社 主催:横縦町内会
優勝賞品:町内お買い物券5千円分』
「た、たて笛?!」
たて笛なんて、俺がもっとも得意とするものじゃないか!!
小学生の頃はクラスで一番!合奏会ではソロで吹いたこともある!
俺の目が輝いてしまった。
「どうだね?城くん。おとつい見つけたんだ、この大会!来月の五月祭りの時
なのだが、出場資格は幼稚園児からお年寄りまで誰でも、」
「いいよ!出る!」
日野の話を遮り、おもわず返事をしてしまった。
「え?!そ、そうかっ!!むふふふふ!!では、僕が応募しておこう」
なぜか日野はうれしそうに俺の肩をパンパンと叩いた。
日野と別れたあと、家に戻ると聖はまだ帰宅していなかった。
10時過ぎに雅から「聖が帰ってきた」と電話があり、俺は聖の住む10階に
下りて行った。
聖の部屋をノックし、中に入ったが聖は機嫌が悪い。
登戸君のことに怒っているのだろう…
俺に背を向け、机の前に座っている聖に言った。
「登戸君と俺、何にも関係ないよ。雅ちゃんと登戸君をくっ付けようと、」
「雅のことダシに使うなよ。なんで城がアイツと手繋ぐ必要があんだよ…」
聖は振り向きもせず、言った。
「じゃ、聖はなんなんだよ。女の子に囲まれて楽しそうだったじゃねーかよ」
「ただの学校の友達だろ?一緒に出かけて何が悪いんだよ。
それに、女だよ?城みたいに男と手を繋いでたわけじゃないよ!
女にやきもちやくのっておかしくね?」
聖は振り向き、俺を見上げて言った。
「登戸君はまだ高校生なのに、親元を離れて一人上京してきて、淋しいんだよ、
きっと。だから俺は兄貴みたいな感じだし、それに、」
まだ話している途中の俺に聖は立ち上がり、俺の肩を押して「出て行け!」
と言った。
「聖…」
「言い訳なんていらねーんだよ!出て行けよ!」
「聖……、俺はおまえが女といても男といてもやきもちやくよ。
聖が誰といても、いやだから…俺は、聖が男だから好きになったわけじゃない。
もし、おまえが女だったとしても好きになってた。男だからとか女だからとか
じゃなくて、俺は…聖だから…聖のことを好きになったんだ」
本当の事だ。俺は聖だから好きなんだ。
俺は、何も関係ないとはいえ登戸君と手を繋いでいたことを棚に上げて、
ドアのところで下を向いたままそう言い、部屋を出た。
この日、俺たちは出会ってから初めてのケンカをした。
なんだか、ものすごく切なくなった。
リビングに行くと、雅が心配そうな顔で座っていた。
「お兄ちゃん、聖とケンカしちゃったの?ごめんね、私のせいだよね…
登戸君と遊びに行きたいなんて言っちゃったから…」
雅が泣きそうな声で言った。
「違うよ、雅ちゃんのせいじゃないよ。それに、ケンカしてないから大丈夫だよ」
俺が言うと、雅は「うん…」とだけ言った。
「そうだ、今度は登戸君と遊園地でも行こうか!」
俺は元気に言った。
が、
「あっ!登戸君、もういい!!パスする、私」
「へ?」
「だってさぁ~、登戸君もお兄ちゃんと聖と一緒でノンケじゃないみたいだし~」
そう言ってケロリとした顔で笑った。
「へっ?ノンケ…って?俺と聖と同じって…?」
まったく意味がわからない俺は、雅の顔を覗きこんだ。
「…ぇえ?お兄ちゃん気がつかなかったの?!」
「……なにが?」
「登戸君、お兄ちゃんのことが好きなんだよ、たぶん!きっと女には興味がないね、
あの人は!うん!」
何を確信しているのか、わからないが雅は腕を組み仁王立ちのまま俺に向かって
うなずいた。
俺は数秒間、考えた。
「え゛え゛ーー!あ゛あ゛ーー?げげーーー?!!う゛ぞだろ゛ーーー!!」
全てに濁音が付きそうな声を上げてしまった。
そ、そんな…し、知らなかった…登戸君…がぁ?!
そういえば、コンテストで初めて会った時も、やたら俺に触れてきて、
触りまくって…抱きついて……
(城くんて、のんけなの?) って聞かれた。
ノンケ?ノンケってなんだ?
「雅ちゃん、ノンケって何?」
「お兄ちゃんそんなことも知らないの?簡単に言えば、普通に女が好きな男の
ことかな?」
「ン?普通に女が好きな男って?」
「ん~、たとえば、お兄ちゃんと聖はノンケの人ではないっていうことかな?」
「へ?ええーーーーーー!!!」
俺はコンテストの時、登戸君に聞かれた(ノンケなの?)という問いに
(別に、違うよ)と答えてしまっていた。
(のん気なの?)と聞き間違いをしていたからだ……
やっと納得した。
登戸君からのメールや今日の接触の仕方などなど…
確かに俺は聖と恋人同士なので、いわゆるノンケではないのかもしれない、が、
俺は別に男がすきなわけではない。
聖だから好きなのであって…
「僕負けないから!」
はっ!
今日の登戸君の言葉を思い出してしまった。
なんだか頭の中がグチャグチャしてきて、力が抜けてソファに座り、
深い溜息を吐いた。
「どうしたの?お兄ちゃん?」
雅が俺の肩を揺らしてきた。
「はぁぁぁぁぁぁ…」
出るのは溜息のみだ。
「あ、そうそう、お兄ちゃん!私、日野くんに乗り換えるから応援よろしくね!」
「うん……って、ええーーーーー!!日野?日野―――?!」
雅は、男が好きな登戸君への興味はすでになくなっていて、イケメンの日野に
興味をもってしまったようだ。
「日野くんって、聖のことが好きなんでしょ?でも聖のこと男って知らないんだ
よね?つーことは!日野くんは女が好き!つーことで、私にもチャンスがある
つーことで、よろしく!!」
雅は、ちょこんと俺に頭を下げた。
聖とのケンカ。
登戸君のこと。
雅の次の恋。
日野のこと。
俺はなんだかいろいろと考えて、意識がなくなりそうだった。
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俺が聖の部屋のドアを閉めたあと、聖はドアを見つめていた。
オレだって…オレだって同じだよ…城だから好きになったのに…
なのに、なんで登戸なんかと仲良くしてんだよ。
なにが「登戸の兄貴みたいな感じだ」だよ。
だったら手なんか繋いでんじゃーねーよ!!
城に触っていいのは、オレだけなんだよーーーーーー!!
そうブツブツいいながら、聖はグローブをはめ、
ぶら下がっているサンドバッグを殴り続けた。
サンドバックには、パソコンでプリントアウトされた俺の顔写真が貼られていた。