第三十三話 ありがとう、聖、登戸君
「えっ? 聖がですか?」
俺は吉田プロダクションの社長室に通され、吉田さんと会っていた。
出かける仕度をしているとき、聖に「イブなのにどこに行くんだよ」と訊かれ、
正直に答えると、「いってらっしゃ~い。でも夜は、オレと飯だぜ?」
と、念を押されたが、笑顔で見送ってくれた。
その聖が、吉田社長を訪ねて来たと聞いて、俺は驚いていた。
吉田さんが話してくれた。
昨日の午前中に登戸君と一緒に事務所にやって来て、聖は、吉田さんにお礼を言い、
そして、俺の就職もお願いしていた。
俺が眠っている間に、登戸くんに連絡し、事務所に連れて来てもらったらしい。
聖は、登戸君に助けられたこともわかっていたし、俺が吉田さんに就職を断ったときも、
怪我の手当てをしているときも、登戸君と電話で話していた内容も、全部聞いていたらしい。
目も開けられず、体も動かなかったけど、意識はちゃんとあったようだ。
「聖くんがね、大岡城の就職の件をもう一度考えていただけませんでしょうか、って。
祐二も一緒にね、頭下げて。一人は殴られてボコボコの腫れた顔で、
一人は泣き明かして腫れた顔でね、あははは~。
吉田プロダクションに来るか来ないかは、城くん次第だな? 私の方は君の返事待ちだ」
吉田さんにそう言われ、俺は「よろしくお願いします」と、頭を下げた。
聖と登戸君が作ってくれた、これからの俺の道だった。
一応、正社員として採用する流れは、ちゃんと踏んで行こうと、吉田さんに言われ、俺は年が明けてから、「吉田プロダクション」に面接に来ることを約束し、マンションに帰った。
聖は、少し腫れの収まった顔でキッチンに立っていた。
本当はイブの今日、レストランを予約してあり、二人で食事にいく予定だったが、聖のあの顔でレストランに行ったら、せっかくのクリスマスディナーを楽しむ他のカップルに迷惑がかかる、それも俺ら男二人のカップルだし…
レストランはキャンセルして、二人で家ご飯を楽しむことにした。
パリに留学していた時に覚えたという「本場フランス料理」をごちそうしてくれるという聖は、下ごしらえの最中だった。
「ただいま」
「お帰り…」
シンク前で振り向かずに言う聖の後に回り、俺は聖を抱きしめた。
「ぁんだよ、離れろよ! 包丁握ってんだぞ、あぶねーよ」
「さんきゅう、な、聖…」
「何がだよ! いいから離れてあっち行ってろよ、邪魔だよ、城」
「いいじゃん、いいじゃ~ん」
俺は、そう言い、後から抱きしめたまま、聖のジャージズボンに手を突っ込み、
「中々いいものをお持ちで、聖ちゃん」
と、耳元で囁くと、聖は、
「やめろって! 弄くんなよ、オレの! さわんなよ!!」
聖が少し顔を俺に向け、言った。
「……うん、じゃぁ、あっち行ってる…」
顔の腫れはひいて来たとはいえ、やっぱ、まだあの顔では…萎える。
俺は、聖から体を放し、素直にリビングに行った。
「…ぁあ? ぁんだよ…城、もう終わりかよ……」
キッチンから出た俺には、ボソボソっと言った聖の声は、俺には聞こえなかった。
☆☆☆☆☆
俺は、いろいろな人に頼って生きている。
誰かに頼らなければ、生きていけない。
聖、両親、友達、社会に出れば、その時々に出会った人たちに、
俺はまた何かを頼ってしまうかもしれない。
だけど、それでいいと思った。
そして、もし、それ以上に、誰かが俺を頼ってくるならば、
しっかりとそれを受けとめてあげられるような人間になろうと思った。
ただ、今の俺の場合…
「城にくっ付くんじゃねー! 登戸!!」
「いいだろ~! 聖さんに言われる筋合いはないね!」
「ぁああ? オレには言える筋合いがあんだよ! テメェ、このやろ!」
「あっ、何すんだよ! 痛い! あ~ん、城くーーーん、聖さんが蹴ったぁ」
いつもの面子、健児たちと初詣に来ていたが、俺は、縦横神社の賽銭箱の前で、
左に聖、右に登戸君、二人に腕を組まれ挟まれている。
脇を固められ、参拝もできない…。
「拝めないから、二人とも放せよ!」
無理やり二人から逃れ、神様に手を合わせた。
両脇の二人は、ちゃんと拝んでいるのかいないのか、目を瞑り手を合わせている俺の後ろで、
なんかゴチャゴチャやってるし…。
「ほらっ、行くぞ、二人共。後に並んでる人の迷惑になるよ」
そう言うと、また二人は俺にぶら下がるように腕を組んでくる。
今の俺は、誰から頼られるとかじゃなくて、この二人から寄りかかられるだけの人間だ…。
まだまだ…未熟者だぁ…。