第三十二話 全て俺が悪い!
十二時を過ぎても聖が帰って来なくて、心配になり、とりあえず外に探しに行こうと
ジャケットに手をかけたとき、登戸君から電話が来た。
事情を聞いた俺は、ジャケットも着ずにそのまま、すぐエントランスに下りて行った。
酔ってケンカして怪我しているという聖が、すごく心配だった。
偶然見つけてくれて助けてくれた登戸君。
俺は、聖だけじゃなく、登戸君にも迷惑を掛けている…
申し訳なくて、自分を責めるしかなかった。
マンションの外で車を待っていると、黒塗りのスモークガラスの車が止まった。
顔が腫れて、血が流れている聖を見た時、足が震えた。
昔の聖は、ケンカをしてもすり傷程度で、誰にも負けなかったのに、こんな聖は初めて見た。
聖を担ぐようにして、部屋に戻り、ベッドに寝かせた。
いつもの綺麗な顔が、手を出すことが出来ず、打たれるだけ打たれたボクサーのようだった。
そんな姿の聖に、俺は、ごめんとだけしか言えなくて、何度も謝りながら、体を拭いてやり、傷の手当てをした。
深夜二時を回っていたけど、登戸君にお礼と謝罪のメールを入れた。
明日見てくれるだろうと思っていたが、メールの送信ボタンを押して、しばらくすると、携帯がかかってきた。
俺は、すぐに出た。
「ごめん、もしかして、メールの着信音で起しちゃった?」
俺が言うと、登戸君は「まだ起きてたから、大丈夫だよ」と、言ってくれたけど、
元気な声だったけど、鼻がつまっているような…
泣いていたことがわかる。
俺は、それには振れず、登戸君に言った。
「聖のこと、本当にありがとう。登戸君がいて助かったよ…」
登戸君は、うん…とだけ言って、少し二人で沈黙した。
「電話でこんなこと言うのは卑怯かもしれないけど…俺、登戸君とは、もう会わない。
登戸君と俺はただの友達だけど、俺には聖がいるし、聖だけを愛しているから…。
ごめん…ごめん」
俺は、横で眠る聖の頬を擦りながら、登戸君に言った。
「事務所の件は、社長さんにちゃんとお詫びに行く。
今日のこともお礼を言わなきゃならないし……。登戸君? 聞こえてる?」
何も言わない登戸君に訊くと、彼は、
「うん、聞こえてるから…大丈夫だよ」
と、すごく小さな声で答えた。
「登戸君? ありがとう、俺のこと好きでいてくれて…ありがとう」
そう言った俺に、登戸君は、
「……ぅん。…僕、もう寝るから…おや、おやすみ!」
と、言ったあと、すぐに電話を切った。
だけど、電話を切る間際に、「ズズズゥゥウウ」という、鼻をすする音が聞こえた。
ごめん…登戸君…ほんとうにごめんなさい…
翌日、目を覚ますと、隣にいるはずの聖がいなかった。
時計に目を向けると、昼を回っていた。
朝方まで、冷たいタオルで、腫れている聖の顔を冷やしながら様子を見てて、そのまま俺は、いつの間にか寝てしまっていた。
部屋中を探したが、聖はいない。
十五階のおふくろのところに電話をしたけど、来ていないと言われた俺の頭の中は、
「家出!?」という文字が横切り、慌てた。
「け、携帯は!? 聖の携帯!」
すぐに聖の携帯に電話をした。
呼び出し音が鳴り、少しホッとしたが、出てくれるとは限らない。
俺が、出てくれ! と、願う間もなく、ツーコールで出た。
それも、明るい声だ…
「城! おっはよ~。今ごろ起きたのか?」
「どこに居るんだよ!! どこで何やってんだよ!!」
聖と違い、俺は必死の声だ。
「はぁ? 今、カフェでランチ!」
のん気に言いやがった…。
「…カフェ…? ランチ…?」
「Pineだよ。サンドイッチ屋~。城も来る?」
「今行く! 待ってろ!」
俺は、携帯を切り、すぐに着替えて家を出た。
『Pine』は、お洒落なサンドイッチ専門のカフェで、聖と俺がよく行っている店だ。
車を十分ほど走らせ、店に着くと、テラス席で聖が手を振っていた。
笑っているのかもしれないが、顔が腫れているので…怖い。
よくそんな顔で街を歩けるな…、女性客が多いこの店で、浮きまくっている。
「聖…」
聖がいたことにホッとして、俺は、テーブルの横にたたずんでいた。
「なに突っ立ってんだよ、座れよ。っーか、口があんまり開かないから、これ食えない」
そう言い、アボカドシュリンプサンドを持って笑っているが、やっぱり顔が…怖い。
俺は、椅子に座り、聖を真っ直ぐに見た。
「聖、ごめん…」
「ん? …なにについて謝ってんの?」
「え?」
「おまえが、オレに内緒で登戸と会ったり、仕事紹介してもらったり、
就職で悩んでいる事をぜんぜんオレに相談しなかったり、
それに怒ったオレが、おまえのせいで、酒がぶ飲みして酔っ払って、
道端でケンカ仕掛けて、ぜんぜん力が入らなくて反対にオレがやられちゃって、
おまえのせいで、顔こんなんなっちゃって、
おまえのせいで、せっかくのサンドイッチ食えないし、って、どれについて謝ってんの?」
と、聖は、長々と喋ってくれた。
「……全部…、全部だ。それ以外のことも、今までのことも全部謝る。
ごめんなさい! 許してくれ、じゃない、許してください!」
俺は、思い切り頭を下げた。
「どーしよーかなぁ~」
「ぇえっ!?」
聖が軽い調子で言い、俺が顔を上げると、笑いながら、
「城くんさぁ~、オレ、まだ顔痛いんだよね~」
と言った。
「家に戻ったら、俺がタオルで冷やしてやる!」
「このサンドイッチ食えないし~」
「俺が代わりに食べてやる!」
「でも、オレ腹減ってんだけど?」
「家に帰ったら、俺がお粥作ってやる!」
調子に乗って聖は言った。
「あっ、殴られた時にピアスの片方落っことしちゃったみたい。お気に入りだったのに!」
「俺が新しいの買ってやる!」
「そうだ! オレ、クリスマスプレゼントに『ケイスビス』のシルバーのネックレスが
ほしいなぁ~」
ジッと俺を見ている…。
『ケイスビス』とは、メンズ専門のシルバーアクセサリーショップで、かわいくないお値段で提供している。
本人にはまだ言っていないが、聖へのクリスマスプレゼントは『ケイスビス』で購入済みだ。
だけど、シルバーネックレスではなく、小指にはめる指輪だ。
三万八千円もした!
俺は、恐る恐る訊いた。
「そのネックレス…いくら…くらいかな?」
「ん? 七万八千円だったっけかなぁ~?」
聖は普通に言ってくれるが、俺の顔は青くなるばかりだ…
高い、高すぎる…
「指輪…とかなんて、どーかな?」
とりあえず、打診してみた。
「要らね。だってオレ、ネックレスがほしいも~ん」
「……わかった。じゃ、明日一緒に買いに行こう…」
「よっしゃ! やったね!」
うれしそうな顔をしやがる…
だけど、俺は言った。
「あのさぁ、聖が昨日着てた俺のダウン…。ボロボロになっててもう着れないんだけど。
背中の部分切れて、羽とか出ちゃってるし。弁償して?」
「ぇ…?」
「あのダウン、八万くらいしたんだよ? ブランドだし、中はちゃんと羽が入ってるし、
フードの毛の部分もイミテーションじゃなくて、本物のうさぎちゃんだし。弁償しろよ」
俺はアボカドシュリンプサンドを食べながら言った。
今度は聖が青くなっている…たぶん。
顔が青く腫れてるから、よくわからないけど。
「な、なんでオレが弁償すんだよ」
「だって、勝手に着て出て行ったの、聖だろ?」
「そーだけど、そーだけど…八万…?」
本当はセールで半額だったけど、元の値段は八万円だ!
結局、ネックレスとダウンの取引は、チャラになった。
マンションに戻り、俺が聖のお粥を作っていると、吉田社長から電話が来た。
「明日、城くんに予定がなかったら、事務所に来てほしいんだが」
と言われ、就職に関してのお詫びと、聖のことのお礼をしようと思っていたから、
「伺います」と言って電話を切った。