第三十話 聖、怒る…
俺は、二日間、聖にも両親にも誰にも言わず、まだ悩んでいた。
吉田プロへの就職。
夕食を終えて、十階に戻り、俺と聖はバラエティ番組を見ながら笑っていた。
「あー、オレ、コンビニ行って来る!」
聖が急に言いだした。
「何しに?」
俺の問いに聖は、テレビを指差した。
「これ、買いに。これ食いたい」
画面には、コンビニで売られている今話題の『パンコロリン!』という、まん丸の形で、
モチモチした舌触りのパンとも餅とも言えない、食べ物がCMで流れていた。
「さっき、飯食ったばっかだろ? それに外、寒みーじゃん」
「夜食だよ、別に城が一緒に行かなくていいよ。オレ一人で行ってくるからよ」
「んじゃ、俺の分も買って来てね~」
俺が言うと、不機嫌な顔をしつつ、俺のダウンを羽織り始めた。
「なんで俺のダウン着ていくんだよ。自分のがあるだろ?」
「だって、城のダウン、フード付いてるし」
そうだよ、今だ聖はスキンヘッド。
寒空には、応える髪型…だ。
「それにさぁ、このダウン…城の匂いするしさ~~~」
と、言いながら聖は、バタバタと玄関に走って行った。
「えっ?」
どほほほほ~、照れるなぁ。
俺はデヘデヘとクッションを抱きしめて、聖の戻ってくるのを待っていた。
近くのコンビニなので、十分もしないうちに聖はコンビニの袋をぶら下げて帰ってきた。
「お帰り~」
「……ただいま…っーか、これ、なに?」
聖のトーンの落ちた声と共に、吉田さんと加山さんの名刺が俺の目の前に現れた。
「あ…、それは…」
ものすごくヤバイ。
ダウンのポケットに入れっぱなしだった…
自分のマヌケさを呪った。
「これ、吉田プロダクションって登戸の事務所だろ? この吉田って言う人、社長だろ?
なんで城が持ってんだよ。いつ会ったんだよ」
聖が俺の前に立ち、ものすごい眼力で見下ろしてくる。
スキンヘッドというスタイルが、凄みを増してみせる。
「おととい、俺、夜出かけただろ?」
「大学の友達とじゃねーのかよ…」
「登戸君の事務所の…忘年会…」
俺は、素直に一昨日の事を話した。
登戸君に誘われてパーティーに行った事、そこでマネージャーの仕事に誘われた事、
全部ちゃんと話した。
「なんでそんな大切なこと、オレに隠すの? なんで言わねーの?」
俺の話を聞き終えた聖が言った。
「登戸君と会ってたし、ここ登戸君の事務所だし…、聖が怒ると思って、」
「オレのせいにするなよ! 登戸なんて関係ねーんだよ! 就職の話だろ!?
オレがどんなに城の就職のこと心配してるかわかってるのかよ!
城がここに就職したいなら、登戸とか関係ねーんだよ…」
涙声で怒鳴る聖の声が、俺に突き刺さってくる。
「ごめん…。俺、悩んでて…。就職見つかったことは嬉しいけど、登戸君の、」
「だから! 登戸は関係ねーって、さっきから言ってるだろ!
何に悩んでいるのかとか、なんでオレに言わないんだよ!
これからも、ずっと一人で悩んで考えて決めて、オレには何も知らせないつもりかよ!
そんなにオレ、頼りねーのかよ! ぜんぜん信用させて無いじゃんか、オレ…」
聖はそう言い、うな垂れる俺の頭に、持っていたコンビニの袋を叩きつけて、玄関に向かった。
「聖! どこ行くんだよ!」
俺は、玄関まで追いかけて、聖の腕を掴んだが、睨みつけながら俺を突き飛ばし出て行った。
突き飛ばされた弾みで俺は、後ろに転び、傘立てに頭をぶつけた。
俺は、しばらくの間、玄関に座り、頭を抱えた。
痛い…ものすごく頭が痛いが、それ以上に心が痛い…。
俺はいつも一人で悩む。
「どーしたらいいかな?」って、
どんなことでも普通に、あいつに聞けばいいのに、聞けないんだ。
なんか、カッコつけてるっていうか、恥ずかしいっていうか…
変なプライドみたいなモノが俺の中で膜を貼り付けている。
そして、俺はいつも聖を怒らす。今みたいに。
あいつが流す涙は、いつも俺の所為だ。
全部、俺が悪いんだよ…
玄関に座っていた俺は、リビングに行き、聖の携帯に電話をした。
「あー、最悪…」
聖の携帯の着信音が、ダイニングの椅子に掛けられている聖のダウンの中から聞こえてきた。
「あいつ、携帯持ってってねーよ。俺のダウン着たままだ…」
俺の溜息は重く、付けっぱなしのテレビの音も耳に入ってこなかった。
ソファに座り、聖の帰りを待っていたが、戻って来ない。
十一時の時報を知らせる音に気づき、テレビを消した。
そして、あいつは、十二時になっても帰って来なかった。