第二十九話 城、悩む…
俺は一人車を走らせていた。
レインボーブリッジを越え、駐車場が満車で、適当に路駐をし、一人淋しく海の見えるところまで歩いた。
就職も決まらない。
石田も一昨日、希望通りのIT関係の会社から連絡が来て、決まった。
まだ十二月だけど、内定もらっていないヤツも多いけど…頭ではわかっているけど、
俺の気持ちは焦るばかりだ。
夜景を見ながら、考えたかった、これからのこと。
くそーーー、ぜんぜん落ち着かねー!
一人黄昏ようとここまで来たのに、周りを見渡せばカップルばかりで、どいつもこいつも、
ハートマークを出している。
当たり前だ、土曜日の夜にこんなところに来てしまった自分が悪い…。
「くわぁぁあああーーー」と、海に一叫びし、周りのカップルからの異様な目の攻撃に合い、
俺は、車に戻った。
車に乗り込み、ハンドルに体を預けていると携帯が鳴った。
―――城、おまえ、どこにいんだよ。
聖からだった。
「……お台場…」
―――お台場ぁ? 一人でか?
「当たり前じゃん」
―――なんで、オレ誘わないんだよ。
少し、拗ねた聖の声が、かわいかった。
俺は思わず顔がニヤケる。
「一人になりたかったんだ…」
―――就活で、悩んでんのはわかってるけど、一人になるなよ。
オレ、なんの役にも立たないかもしんないけど、城のそばにいてやるから。
「…うん…、これから帰るよ…。聖、ありがとう…」
俺は、携帯を切り、車のアクセルを踏んだ。
マンションに着き、エントランスに入ると、登戸君から電話が入った。
登戸君が所属する事務所の「忘年会とクリスマス」を兼ねたパーティーへのお誘いだった。
「有名なタレントの人もいっぱい来るし、城くんもたまにはパーっと騒ごうよ」
あまり人がたくさんいるところには、参加したくない気分だったけど、
そう言ってくれた登戸君も俺のことを心配しているのが、わかった。
聖もおやじもおふくろも雅も、最近の俺を心配してくれている。
みんなに心配かけている、そんな自分がいやになる。
俺は登戸君に日時と場所を聞いて、OKした。
登戸君の事務所のパーティーに行くなどと、聖に言えるわけもなく、
とりあえず、少し参加させてもらって、帰ろうと思っていた。
八時から始まるというパーティー当日、六本木にあるクラブ「W」という店の前から登戸君に電話をすると、迎えに来てくれた。
「じょーーーくーーん~」
毎度のように飛ぶように走ってきて俺に飛びつく。
登戸君、君はいまや有名人、通りすがりの人たちが見てる…
俺は、苦笑いのまま、軽く引き離す…が、お構い無しに、また、くっ付く…
手を引かれながら、俺は店の中に案内された。
一階フロアは、ダンスフロアとDJブースがあり、大勢の人で埋まっている。
事務所関係の人たちだけではなく、その家族や友人も自由に参加しているらしい。
だから、俺もここにいられるのか。
テレビでしか見たことのないミュージシャンや俳優、タレントも沢山いる。
俺は心の中で、スゲーを連発し、少しミーハーになっていたが、よくよく考えてみれば、
登戸君と友達ということ自体すごいことなんだよなぁ。
彼のことを芸能人という目で見ていなかったから、考えもしてなかった。
登戸君が、お酒ではなくウーロン茶を持って来てくれて、俺の手に渡してくれると、
グラスを持っていない俺の手を掴み、
「こっちこっち」
と、連れて行かれたのは、二階にあるVIPルームだった。
ドアが開けっ放しの一つのルームに入ると、登戸君は、高級そうなベルベット仕様のロングソファに座っている男性に声を掛けた。
「社長! ほらっ、僕がいつも話している大岡城くんだよ!」
いつも話しているって…、何を話しているんだ! それも社長に!
もしかして、好きな人…とか言っているんじゃぁ…
俺は、笑顔なのかどうか自分ではわからないが、とりあえず口角を上に上げて笑顔を作った。
「いやいや、これは大岡くん、いつも祐二がお世話になっているようで。社長の吉田です」
ソファから立ち上がり、俺みたいな若造に頭を下げてくれたのは、吉田プロダクション社長の吉田という物腰柔らかく話す六十代の男性だった。
その吉田さんが、少し離れたところに座っていた加山さんという女性を呼ぶと、
登戸君の顔が緊張したのがわかった。
女性だから苦手なのかと思ったが、どうやら登戸君は加山さんのことを恐れいているようだった。
そんな時、「登戸く~ん、ちょっといい? サイン欲しい子がいるんだけど~」
と、登戸くんが別のスタッフに呼ばれ、ホッとしたような顔で、俺を一人残して行ってしまった。
登戸君にとって加山さんは、怖い女性なのかもしれない…。
「加山です。どうぞよろしく」
ものすごくキリッとした顔で名刺を差し出された。
なんとなく、俺もびびる。
吉田さんと加山さんから名刺を貰ったが、
「すみません。俺…じゃない、私はまだ学生で、名刺を持ち合わせてないもので」
俺が謝ると、
「あー、気にしない気にしない~。今度履歴書持ってきてくれればいいから」
と、加山さんに言われ、なんの話をしているのか、わからなかった。
「履歴書? …ですか?」
と、問い返すと、俺が就活をしている話を登戸君から聞いているらしく、
「吉田プロでよければ、卒業してから来て欲しい」と言われた。
ついでに、堅苦しい言葉使いや敬語は自分達に必要ないから、普段通りに喋れと言われた。
が、年上相手にタメ語は…無理だ…
「今、この業界もマネージャー不足でね、誰でもいいと言うわけじゃないんだよ、
だけど、君のことは、祐二からいろいろ聞かせてもらっていて、
就職がまだ決まっていないようなら吉田プロでお仕事なんて、どうかいっ?」
四十五度に首を倒した吉田さんにニッコリ微笑まれ、続くように加山さんが言った。
「マネージャー業は家族以上にタレントを大切に扱わなきゃならない大変な仕事だから、
あなたの希望の職種じゃないかもしれない、一方的にお願いできないのは、
わかっています。でももし、興味があったら一度事務所の方に来てもらって、
お話できないかしらっ?」
加山さんは、十五度くらい首を倒し、キリリッとした顔で俺を見た。
「でも、こういう業界でアルバイトとかもしたことないですし、
マネージャーとかの仕事なんて何をするのかも全くわからないんですけど」
俺が言うと、
「初めは、誰もが素人で何もわからんよ、少しずつ覚えていってベテランになる。
どんな業界でも同じだ。最初は、アシスタントマネージャーからだよ。
あっ、安心してもらうために言っておくが、登戸祐二を担当してもらうわけじゃないから
大丈夫だよ」
と、吉田さんが言い、「えっ?」と俺が顔を引きつらせると、
「祐二は、もし大岡くんが吉田プロに来たら、自分のマネージャーにしてもらおうと、
密かに計画を立てているようだが、それはないから安心したまえ」
と、吉田さんは、何かを知っているように、俺に言った。
引きつったままの俺の顔を見て、加山さんが笑った。
「祐二くんね、私たちには何も言わないけど、彼、男の人…んー、そっち系?でしょ?
祐二くんと話しているとわかるし、君のことを話す姿見ててわかるの。
そして、その話、聞いていると、君は祐二くんに興味なし、他に恋人いるんでしょ?
大岡くんには」
するどい観察力の大人二人だった。
そこまで話していると登戸君が戻って来た。
「社長~、話してくれたの? 城くんに!」
クリクリした目で言った。
俺が一度、事務所に出向くことになったと吉田さんと加山さんが言うと、
登戸君が、満足そうな笑顔で俺を見た。
その後、いろいろと飲んで食べて、登戸君にいろいろな人を紹介してもらって、そこそこ楽しかったけど、俺は帰りの電車の中で一人、吉田さんと加山さんの名刺を見ながら考えていた。
マネージャーという仕事は大変だろうけど、俺が吉田プロにお世話になりたいと言ったら、
採用されることは百パーセント決まったものだろう。
でも、聖に相談したら間違いなく反対するだろうし、コネで就職したくない、という今までの無意味な意地、だけどその前に、俺を悩ますのは、登戸君への甘えと罪悪感だ。
この先も俺の気持ちは、登戸君へは絶対向かない…なのに、俺は登戸君に甘えている。
自分の優柔不断さにイラつきながら、ダウンのポケットに名刺を入れた。
どうしたらいい…俺。
地元の駅に着き、電車の効き過ぎる暖房で熱った頬を、冷たい風に冷ましてもらいながら、マンションまで歩いた。
あと五日でクリスマスイブを迎える日だった。