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第二十八話 十、オ、木、そして「米」

聖が学校に行き始めて少し経ち、厚手のジャケットが必要な季節になった。

聖のいなかった二年の月日などなかったかのように、前のような聖のいる穏やかな楽しい生活を過ごしていた。

だけど、俺は相変わらず、就職決まらずだ。


「聖、今日遅いんだろ?」

朝食を食べている時、訊いた。

「ん? あぁ、クラスメイトと飲みに行くから」

「そう、俺は今日、健児たちと家で飲むから。

 聖が帰って来る頃にはみんな帰ってるかもしれないけど」

今日は、健児と石田と相川と日野と五人で俺のところで飲む約束をしていた。

この四人と飲む分には、酒で自分を失っても「まぁ大丈夫」ということで、結構な回数で、誰かしらの家で集まって飲んでいる。




大学の授業が終わり、健児と日野を構内で待っているとき、携帯がなった。

それは、登戸君からで、スチール撮影の仕事が終わり、時間ができたから一緒にご飯を食べたいというお誘いの電話だった。

今日は健児たちと飲む約束をしているから無理だと、素直に話してしまうと、

「じゃ、僕も参加する!」と元気に言われた。


まっ、聖はみんなが帰った頃に戻ってくるだろうから、大丈夫だろう。

などと、断る理由も見つからず、「いいよ…」と返事をしてしまった。


健児と日野と三人で酒やツマミを買い込んでマンションに帰ると、エントランスには登戸君が待っていて、俺の姿が見えると飛んできた。

「城く~ん」

だから抱きつくなってーの!

と言いつつ、押しのけられない俺がいる。


聖がパリに行ってからの登戸君は、前にもましてなぜかとても大胆になっている。

聖が居ようと居まいと、俺に絡みつき、二週間ほど前、15階のおふくろの家に遊びに来ていた登戸君は、俺と聖が上にあがっていくと、聖を押しのけ、俺の右側腕にしがみ付いたまま、ずっとキープしていた。

登戸君が帰ったあとの俺は、聖にボコボコにされ、青丹赤丹でドット柄のステキなボディなった。



「城くん、聖…さんは?」

登戸君がキョロキョロと見て訊いてきた。

「今日はいねーよ、あと石田と相川が来るだけだよ」

健児が俺の代わりに答えると、登戸君の顔は、ニンマリィとし、これ幸いと腕にしっかりひっついて来た。



10階に上がり、しばらくすると石田と相川が来た。

雅に会いに行くと15階に行っていた日野が戻ってきて、結局8時過ぎに全員揃い、飲み始めた。

やっぱり話の内容は就職活動のことだった。

相川は体育の教師になる予定で、石田はコンピューター関係の仕事を探していた。

健児は「どこでもいいや~」と手当たり次第に面接に行き、小さいけど広告代理店からの内定をもらっている。

日野は雅との将来をちゃんと考えていて、早く自立したいからと、父親の知り合いの法律事務所に就職が決まっていた。

登戸君はすでにテレビで活躍しているし…


「俺の夢ってなんだったんだろう…。なにやってんだろうな、俺…はぁ…」

溜息と共につぶやてみる。

この溜息とつぶやき、何度くりかえしているんだろう。


「僕だって、夢なんてあってないようなもんだった。

 なんのために大学行ったんだって、聞かれたら、答えるのに困るよ」

そう言った日野を少し睨んだ。

就職が決まっている余裕かい!


「今の僕は、雅ちゃんと二人で生活できるように、なんでもいいってわけじゃないけど、

 就職は父さんのコネで決まっただろ? 僕はそれはそれでいいと思ってる。

 たとえ、最初はコネで就職しても、その職場で何かを見つけて、

 自分のものにしていけばいいって…」


日野が言いたいこともわかる。

決まった就職先で、何かを見つければいい…。

そうなんだよね、その通りなんだよ、日野…。

俺は、本当に何に悩んでいるんだろう。

ただ単に自分の行き先が見えないだけなんだろうか、それとも社会に出るという不安を隠すために、自分に言い訳しているだけなのか。


結局、いつもと同じに飲んで悩みを打ち明けて、少し心が軽くなった気がしてフローリングに寝ころがった。

寝ころがった…

なんでか、急に酔いが回った。


俺の横にぴったりとキープしていた登戸君は、俺がコップに入った日本酒を一口飲むと一注ぎし、一口飲むと一注ぎし…を密かに繰り返していたことなど、話に夢中になっていた俺は、全く気づかずに酒を口にしていた。


お酒を飲めない登戸君以外全員が、ブッ潰れ、雑魚寝に入った頃には、十二時を回っていた。



俺は、「十」の字の形に綺麗にダウンしていた。

「城く~ん、えへっ!」

すると、登戸君が寄り添って来て「オ」の字になった。



聖が深夜2時ごろに帰ってきて、リビングでごろ寝している俺たちに呆れたが、俺と登戸君を見るや否や俺の頭元に立った。

「おい、城…おい…起きろよ!」

蹴りを入れられている俺だったが、起きるわけがない。

爆睡中だ。

ピクリともしない。

蹴りの痛みさえ感じない。


聖は今度、思い切り登戸君に蹴りを入れた。

「痛っ!!」

目が覚めた登戸君は目を擦りながら、聖の存在に気づいたが、シカトしたまま、

俺にヒシッと抱きついた。


「テメー、なにやってんだよ!! 登戸!!」

「あ~ん、なにすんだよ! 聖さん!」

「うっせ! 城から離れろ!」

「いいじゃないかよー!」


聖が登戸君の足を掴み、ズルズルと俺から引き離し、部屋の隅の方に移動させ、聖が俺の横に寝転んだ。


俺から離された登戸君は、すばやく起き上がり、今度は聖の反対側から俺を抱きしめた。

俺は、泥酔していてまったく動かず「十」の形のままだ。

「登戸! おまえはあっちに行けよ! 城に引っ付くんじゃねー!」

「やだね! ヒシッ!!」

俺を間に両脇の二人は蹴りの入れ合いだ。



両脇から抱きしめられ、二人が俺の脇の下に頭を突っ込み、三人で「木」の字になっていた。


朝方、2つのソファを独り占めで寝ている日野と石田を除いた、健児と相川がなぜか俺の頭の上にいて、結局5人で「米」を人文字で描いて寝ていた。


眠っているときが、一番しあわせだ。

就職のことを考えずにいられる…。




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