第二十六話 聖の夢
何事もなく穏やかな日々が過ぎ、俺は大学二年に聖は専門学生の二年になった。
麻衣子は、俺が海に行った時にあげた桜貝と共に、3月始め、金沢に帰って行った。
登戸君は、女性誌の「弟にしたいタレントNo.2」「恋人にしたいタレントNo.3」「ペットにしたいタレントNo.1」。
そっち系男性雑誌で「恋人にしたいタレントNo.1」「抱きたいタレントNo.1」に輝くほど活躍している。
そんな登戸君に、今尚惚れられている俺の心の中は、いつものごとく聖には内緒だが……少しうれしい。
大学構内での日野は、新入生のファンも増え、相変わらず回りに女子のみなさんを引き連れているが、女が勝手に付いて回っているだけで日野はいつも姿勢を正し真顔でいるし、雅には内緒にして俺も大目に見ている。
日野の取り巻きだったマーガレットは、「雅に謝りたい」と言ってきて、二人を会わせたところ、なぜかとても気が合ってしまい、日野抜きで、たまに会ってはマーガレットから「女の心得」の指導を受けている。
本当に師匠がマーガレットでいいのかどうか疑問だが、雅は目の回りの黒いマーガレットを姉のように慕い始めていた。
そんなマーガレットと付き合い始めたのが、健児だ。
どーいう組み合わせなのか…
健児は完璧に尻にひかれ、ほとんど彼氏というより「パシリ」だった。
だけど健児は楽しいらしい。
マーガレットは二人きりになると甘えてくるらしく、そのギャップに健児はヤラれてしまっているようだ。
五月に入り、構内のいつものベンチに座っていた日野と健児と他数名を見つけた俺は日野に駆け寄った。
「日野!! コレでどうだぁぁぁぁぁぁあああああ!」
「城くん…見えない。近くて見えないんだけれども?」
日野は顔に押し付けられた紙を取り見た。
『第2回 横縦町 たて笛大会 場所:横縦神社 主催:横縦町内会
優勝賞品:町内お買い物券三千円分』
「城くん…たて笛は…もう…。ピィ~なんて鳴ったらヤだし、僕…」
「日野の分もエントリーしといたから!」
俺が日野にピースをすると、日野は少しうれしそうな顔になった。
「城くん…しょうがないなぁ~。って…
優勝賞品が五千円から三千円になっているじゃないか!! どういうことだ!」
「不景気だからね、しかたないんじゃないの?」
「んー、そうか…町内会もいろいろ大変だよなぁ、うんうん」
「今年はさぁ、俺、鼻で吹いちゃおうかな?」
「ず、ずるいぞ!城くん! それは違反だ、君だけ目立っちゃうじゃないか!
正々堂々と戦えよ!!」
「いーじゃねーかよ~。日野も鼻で吹けば? 教えてやろうか? コツ!」
「ええっ!? いいの? コツなんて伝授してもらっちゃって~」
俺と日野の周りにいた健児たちは、俺たちの会話が盛り上がるにつれ、いつの間にか数メートル離れたところで、遠巻きに怪訝な顔でこちらを見ていた。
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結局『第2回 横縦町 たて笛大会』の今年の優勝は74歳の爺さんが、かっさらって行った。
みごとな笛さばきに、俺と日野は自分たちの未熟さを痛感した。
「鼻で笛を吹く行為は違反だ」と出番前に開催委員の人から言われ、鼻でしか練習をしていなかった俺と日野は、一応ちゃんと口で吹いたが、昨年同様、町内会名の入った参加賞の手ぬぐいを貰って舞台を下りた。
たて笛大会が終わり、家に戻ると、聖に話があると言われ、ソファに座った。
「なに? 話って」
「…ん」
聖は言いにくそうに伏せ目がちに少し何かを考えた後、言った。
「オレ…パリに行こうと思う」
「いつ? 夏休み? お父さんリサイタル?」
「ん…、夏休み明け…9月から…パリに留学するつもり…」
「…へ、留学? 留学…りゅうがくぅーー?!」
「うん、2年ほど」
2年? はぁ? 留学って日本からいなくなるっていうことか!?
多少血の気が引いた。
聖は、毎年3月に行なわれているデザイナーの登竜門であるファッションコンテストで優勝はしなかったが佳作をとっていた。
将来有望な聖は、その時コンテストを見に来ていたフランスのファッション業界の人物に一目置かれ、学校側の推薦を受け、パリのデザイナー学校への留学が決まった。
……決まった。
すでに決まっていた。
行くかもしれない、ではなく、行く! と決まっていた。
俺はジッと聖を見て、目を閉じた。
そして、目を開け数秒間上を向き、頭をうなだれた。
「城…オレ、」
俺は、聖の口に手を当てて言った。
「何も言うな! デザイナーになるのが聖の夢だよな?」
「うん…」
こもった「うん」が聞こえたので手を放した。
「推薦されて留学ということは、聖の才能に期待してくれている人がいると
言うことだよな?」
「うん…先生達も友達も頑張れって…」
「だよな?……だよ…な…」
俺が行くなとは言えない。
こいつの夢を壊すわけにはいかないよ…
泣きたいのをグッと我慢した。が、我慢しきれず涙を流していた。
「城、ごめん。でも2年だから2年で帰ってくるから、夏休みとか日本に帰って来るし、
城がパリに遊びに来ても」
「うん、うん、俺待ってるから……行って来い…うっ、ひ、ひじ、ひじりーー」
聖を抱きしめて思いっきり泣いていた。
本当はいやだった、行くな! と言いたい。
デザイナーになんてなんなくていいから俺の側にいろ! と、言いたかった。
たかが人生のうちの2年、だけど2年、されど2年、それでも2年、やっぱり2年は長い。
だけど、聖の夢の邪魔をしたら、俺自身が一生後悔するだろうし聖の泣き顔も見たくない。
男は黙ってなんとかだ!
俺は「行って来い」と、言うしかない。
もし反対したら聖は俺のために留学をあきらめるかもしれない。
でも我慢だ、我慢するんだ、城~~~~。
自分に強く強く言い聞かせた。
が、聖の心の中は、俺に反対されてもパリに行くと決めていた。
俺のために自分の夢は捨てないらしい…。
そんな聖の心を知らず、俺は自分にいいように考え、聖をパリに送り出すことにした。
おめでたいヤツだよ…俺は…。
☆☆☆☆☆☆
聖は、7月まで学校に通い、休学手続をし、8月中旬、パリに旅立って行った。
旅立ちの日、空港で俺の両親、雅、日野、サエドン、3Bの連中、聖のクラスメイト、
先生、そしてなぜか…登戸君…、大人数で聖を囲み、門出を見送った。
「聖、気をつけて行って来いよ。それから、ぜってー2年で帰って来いよ!」
俺は、力を込めて念を押した。
「わかってるって、オレも城と離れるのは2年が限度だな。それ以上は辛すぎる」
「ひ、ひじりぃぃぃーーー」
俺は、みんなの目もはばからず、聖を抱きしめ、思い切りキスをしてしまっていた。
「あらまっ!」
「あちゃぁ~」
「すげーな、おまえら!」
「えーー!! 城く~~ん」
登戸君は、おふくろに目隠しされ、みんなは、一斉に俺と聖に、背を向けた。
「10秒間だけだぞ!」
サエドンが言ってくれた。
みんなの背中に囲まれ、健児のテンカウントの中、俺は聖を強く抱きしめた。