第二十四話 城、いまだ立ち直れず
バレンタインデー近しの今日この頃。
聖に麻衣子のことがバレた日から、ほとんど口を聞いてもらえず一ヶ月。
おやじたちの前では明るくしているが、10階に二人でいるとき、俺が話しかけても
まるっきり無視され続けている。
の、わりには聖がリビングにいて、俺が近くに座っても、別に部屋に行ってしまうわけでもなく、反対に俺がソファに座っていると、少し離れたところに腰を下ろす。
だけど、シカトだ。
すぐそこに聖がいるのに触れることも許されない。
話すことも許されない。
聖しか見えていないのに、なにをするのも許されない。
俺も、そろそろ限界だ。
俺から少し離れてソファに座り、本を読んでいる聖に言った。
「聖…俺、ここ出て行こうか? 15階、もう一つ部屋あるし…。俺といるの嫌だろ…?」
「……」
下を向いたままだ。
「答えろよ。聖が決めていいから…」
「……出て行きたいなら…出てけば。オレ、かんけーねーから。
15階でも、女のところでも、好きなとこ行けば?」
ガクリッ…。少し期待をしてしまった、引き止めてくれるかも、などと。
「うん…わかった。あさっての土曜日にでも上に引っ越す…」
「ご勝手に~」
そう言うと、聖はテーブルに置いてあるスポーツドリンクを持ち、自分の部屋に入っていった。
もう…もう…おしまいだぁぁぁああああ。
俺は上を向いて声を出さずに叫び、そのままソファにひっくり返り寝転んだ。
巷のラブラブカップルイベント日・バレンタインデーの日に、
俺は一人淋しく15階の親元に帰るのか…
実家に出戻りか…
俺は自分の部屋に戻り、泣きながら少し荷造りを始めた。
…さみしいなぁ。
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次の日、聖は6時前に帰宅した。
夕食を食べに15階に上がると「聖ちゃん宛にこれきてたわよ」封書が渡された。
差出人は…麻衣子だ。
住所を井上に聞いたらしい。
「麻衣子さん…? なんだろう…どうしよう」
聖は、開けるのが少し恐くて、ためらっていた。
☆☆☆☆☆☆
タチなのに立ち直れない…。
切羽詰っている思いのときに、くだらない事を考えながら、俺は淋しさを紛らわすため、健児と日野と石田と相川の5人で居酒屋にいた。
「おまえら二人いいなぁ~チョコート山盛りじゃん?」
相川が、部屋の隅に四つ並べられた大きめの紙袋を見て言った。
二つは俺ので、二つは日野のだ。
明日の土曜日は、講義がなく大学に行かないから、女子のみなさんからのバレンタインチョコを今日頂いた。
だけど、俺はこんなものは入らないんだぁー!
聖と仲直りしたいぃぃぃぃ。
みんなに、聖と俺のことを、正直に話した。
100%俺が悪いと、この問題は5分もかからず結論に達し、話は別のところに行ってしまった。
みんな~もっと俺の話を聞いて慰めてくれ!!
俺の望みは叶えられず、傷心の傷口に塩を塗りたくられ、一人淋しく、うなぎの骨をカラッと揚げたヤツをポリポリと食べていた。
「大岡、そんなにカルシウムばかり摂ってどうする!
栄養にもバランスというものがある! 他の栄養素も摂れよ」
石田がそう言い、俺の皿の上にサラダを乗せてくれた。
「じゃ、これも摂取しておけ!」
相川が鞄からプロテインを取り出し、俺のウーロン茶に入れ、マゼマゼしてくれた。
「ありがとう…石田…相川…」
ボソボソと、礼を言う。
「バランスかぁ~、恋愛もバランスが大切だよなぁ。
だけど、振られちゃ~しょうがないよなぁ」
「捨てられるってーのも、辛いよな!大岡!」
「城くん、残念だが聖ちゃんは諦めて、次に行きたまえ!」
うっ…、聖じゃなきゃダメなんだよなぁ、俺。
あっ…明日俺引越しだぁ。実家に帰る日だぁ。
ダメだ…もう耐えられない…
本気で泣きたい。
酒は二度と飲まないと自分に誓った俺は、プロテイン入りウーロン茶で酔い、
聖の名前を叫びながら泣き、みんなに無視され続けた。
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夕食を終えて、自分の部屋に戻った聖は、思い切って麻衣子からの封書を開けた。
綺麗な女性らしい文字で書かれた手紙は、丁寧な言葉使いで綴られている。
読み終えた聖は、俺に電話をしたが繋がらない。
「はぁぁ、どこにいんだよ、城…」
おバカな俺の携帯は、バッテリー切れだ。
そして、おバカな俺も、バッテリーが、切れかかっている。
バレンタインデー前日のその日、聖が俺に電話をくれていることなんて全く知らず、
酔ってもいないのに歩けなくなり、鼻を啜りながら、相川におんぶをされ、
店から一番近い健児の家に、みんなで向かった。