第二十三話 最悪だ…俺
冬休みも終わり、少し経ったある日、聖が、麻衣子からのお土産のお礼の電話を入れると、時間があるなら会おうと誘われ、お互いの授業が終わった後、カフェで待ち合わせをした。
麻衣子は自分のマンションが近くだから、そっちのほうがゆっくりできると言い、
聖は麻衣子のマンションにいた。
「麻衣子さん、もうすぐ卒業なんでしょ?」
「ええ、2月で学生生活も終わりよ。なんだか早かったなぁ」
「田舎に帰るの?」
「ん、両親と約束しているからね?短大を出たら金沢に戻るって。
ちょっと東京から離れるの淋しいかな? 聖ちゃんとも城くんとも知り合えたのにね?」
そんな他愛のない話を、していた。
「あっ、そうだ!」
麻衣子が立ち上がり、引き出しから時計を出し、聖の前に置いた。
「これ…」
聖が時計を手に取った。
「うん、城くんが忘れていったの」
聖は、麻衣子の言葉に手の中の時計を強く握った。
その時計は、登戸君が俺にくれたダイバーウォッチだった。
「たぶん、私卒業式まで引越しの支度や学校のことで城くんと会う時間が取れないと
思うの。だから聖ちゃんに頼んじゃうわ」
麻衣子はそう言うと微笑んだ。
「城、ここに来たの?」
「ええ、聖ちゃんが日本に戻ってくる少し前に遊びに来てて、
その時忘れていっちゃったみたい」
「そうなんだ…」
聖は思った―――なんで遊びに来ただけで時計を外す必要があるんだよ!
男による男の感だ!
「あの日、結構城くん酔っ払ってたから、外したのも覚えてなくてないのかも。
朝も慌てて帰って行ったし」
「朝…?」
麻衣子は「あっ」という顔をして、紅茶を口に運んだ。
「泊まったんだ、城…」
「ん? んー、泊まっていった…」
麻衣子は一度口をつぐんでから、下を向いたまま言った。
「城くん、そのベッドで寝て行った。私と一緒に…城くん…結構上手だよね?」
麻衣子は冷めた声でそう言い、リビングと続きになっている隣の部屋のベッドを 指さした。
聖は麻衣子の指さした方は見ずに、麻衣子を睨んだ。
「それが言いたかったんだ…? オレをここに連れてきたの、それ言いたかったんだ」
聖は薄笑いの顔で麻衣子を見た後、時計を持って立ち上がり、部屋を出た。
おいきり玄関のドアが閉まった。
「聖ちゃん、オレとか言ってるし…まだ私の前では女の子のはずなのに」
聖が立ち去ったあと、溜息をついた。
「城くん…ごめん…ね」
麻衣子の頬は、涙がつたっていた。
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俺が、健児たちと夕食を食べて帰ってきたのは10時を回っていた。
リビングに入ると、聖がテレビを見ていた。
「ただいま~」
「……おかえり」
振り向きもせず、聖が言った。
いつもの「おかえり~」という声ではない。
ケンカをした覚えもない。
今朝はいつもどおりだった。
「どうした? 聖?」
俺は、様子を伺うように、聖の横に座った。
何も言わず、テレビから視線を放さない。
「おい、聖?」
肩を掴み、無理やり俺の方を向かせた。
俺の目も見ず、呆れた顔で聖が言った。
「女と初めてヤッた感想は? 楽しかった? 気持ちよかった?
男の俺より気持ちよかったか? んん? 城く~ん」
言い終ると、俺を見据えた。
バレてる…? なぜだ…。
麻衣子か…それしか考えられない。
誰にも言っていないし、誰かに言うつもりもない。
知っているのは本人同士だけだ。
内緒にするっていったのに…
血の気がなくなるというのはこういことなのか…
俺の血が、赤から青に変わった。
「なんか言えよ、城く~ん」
「ごめん…でも覚えてないんだ…あの日のこと。酔っ払ってて」
「へぇ~、そうなんだぁ。だから? 覚えてないから、許せってか?」
「本当に目が覚めたら…麻衣子ちゃんの家で…」
聖の腕を触ろうとしたら、払いのけられた。
「さわんなよ。人がちょっと女一緒にいたり、キスされたりしたら、すげー怒るくせに、
自分は他のやつとセックスしてもいいってか? はんっ、笑わせてくるよな?
これから思う存分麻衣子さんと楽しい気持ちいい、絡み合いでも楽しめば?
オレ、もういらねーだろ?」
聖は立ち上がり、俺を見下ろした。
「聖…待てよ」
立ち去ろうとした聖の手首を掴んだ。
「放せ…オレにさわるな!」
聖がそれを解こうとしたが、俺は放さなかった。
昔と違う、今は俺の方が力がある。
たぶん、前だったら簡単に逃げられていたかもしれない。
俺は、聖の手首を掴んだまま言った。
「あの日、麻衣子ちゃんと飲みに行って、酔っ払った。そこまでの記憶はある。
だけど麻衣子ちゃんの家に行ったことも…い、一緒に寝たことも正直覚えていない。
麻衣子ちゃんを抱いて気持ちよかったとかそんな記憶も何も残っていない。
だけど……覚えているのは、あの日夢の中に聖が出てきてた。
聖を抱いていると思ってた、その記憶だけはある」
「……そんなんで、そんなんでごまかせると思ってるのか? バカにすんなよな?」
少し力を抜いた俺の手から離れた聖は、俺に時計を投げつけた。
「忘れもんだってさ! あと、今日から俺の部屋入ってくんなよな!」
もうなんにも言えないや…
言えば言うほどいいわけになる。
全部俺が、悪い。
ソファの上で頭を抱えた。
点いたままのテレビの中で、お笑い芸人が炭酸飲料の一気飲みをしてゲップをしていた。
なんで、今こんな場面なんだよ!!!
テレビに向かってクッションを投げつけた。




