第十九話 桜貝の思い出
えーーー、今の情況を説明いたしますと…
12月最初の日曜日です。
俺はおやじに借りた車を運転中。
助手席には聖が座り、後部席は雅と日野が座っています。
海に向かって車を走らせております……
……って、なんでこの寒空に、
それも海にバーベキューしに行かなきゃなんねんだよーーー!!
運転しながら思っていた。
相川が急にBBQをしたいと言い出し、石田が豪華BBQセットを持っているから
みんなで行こうと話が持ち上がった。
俺の運転する車の5メールほど前には、健児の7人乗りのバンが走っている。
乗っているのは、健児、石田、相川、麻衣子…そしてなぜか…登戸君…だ。
バンの最後部席に一人で座っている登戸君が、ずーーーーっと後ろを向きっぱなしで、俺の方を見ている…そして、時々目を合わすと手を振ってくる。
俺の横に座っている聖には、「べーー」とする。
すかさず、聖は登戸君に向かってフロントガラスに腕を伸ばし、中指を立てる。
「それはやめろよ、聖。下品だぞ」
「うっせ!いーんだよ、登戸にはこれくらいやってやらねーと調子にのる」
「……」
できるなら登戸君、ちゃんと前を向いて座っていてくれ…。
こっちを見ないでくれ。
運転しずれーーーー。
「帰りは、登戸君こっちの車に乗せてあげた方がいいんじゃないの?なんか
かわいそう」
「雅ちゃんはやさしんだね?いい子だね?」
「えへ!」
同情し始めた雅のことを日野が褒め、雅は照れる。
「ぁあ?雅!余計なこと言うな!いいんだよ、あいつは健児の車で!」
聖が怒り出す。
「だってさぁ~、うらやましそうに、ずっとこっち見てるし。子犬みたい…」
「うっせ、うっせ!黙れ雅!」
聖はそう言うとまたフロントガラスに手を伸ばし、登戸君に中指を立てた。
「だから、下品なことは、やめろって」
そんな事を繰り返しながら、海に着いた。
車を降り、健児たちの方に行くと麻衣子に言われた。
「お天気良くてよかったわね。空なんて真っ青だし~」
「うん、ちょっと寒いけどね。でもメシ食ってエネルギー蓄えたら体も暖まるか」
「城く~~~ん、僕、寒いっ!!」
「……」
登戸君がヒシッと俺の背中に抱きついてきた。
それを見ていた聖が、 「じょ~、さむい~~い」 と俺を前から抱きしめる。
俺…サンドイッチの具ですか…?タマゴ?ハム?サーモン?
「ほらっ、荷物下ろすの手伝おうぜ…」
俺が言うが、二人とも離れない。
麻衣子は笑いながら、健児たちのところに手伝いに行き、俺はしかたなしに
サンドイッチの具のまま、横歩きでBBQの食材を車の後ろから取り出した。
どうにか二人を体から剥がし、それぞれに荷物を与え運ばせた。
はぁぁぁ、疲れてきた…もう、帰りたい…
俺の心境だ。
☆☆☆☆☆
思う存分BBQを食べた後、それぞれに話したり、波と戯れたりと、なんだかリラックスしていた。
石田はカメラを三脚に立て、海をバックに地球の果てを指差すようなポーズや、腰に手をあて海に向かって「はっはっはっ!」と笑っているようなポーズなどを自動シャッターで撮っている。
今、あいつは「石田くんのステキな思い出日記」という自分のブログにハマっている。
健児と相川は、海=ビーチボールを楽しんでいた。
相川も冬はやはり寒いのかダウンを着ている、が、中はお決まりの黒いランニングシャツ一枚だ。
彼女がほしいと言っているわりには、女の子受けしないランニング姿なんだよなぁ。
石田と相川を見ていると、不思議なことに、おちゃらけてお調子者の健児が普通の人間に見える。
俺と麻衣子が話していると雅が来た。
「ほら!見て、お兄ちゃん!かわいいでしょ?日野くんが見つけてくれたんだぁ」
パッっと開いた雅の手の平には、小さなかわいいピンクの桜貝が乗っていた。
「あら、かわいい。こんなの落ちてるの?」
「うん。結構あるみたい。まだ日野くん探してくれてるんだぁ」
麻衣子に聞かれた雅は、うれしそうにその桜貝を太陽に向けた。
雅はみんなに見せて回っていたのか、登戸君が俺のところに来て言った。
「城くん、僕も貝がほしい!探して?」
ぁぁぁぁああああああ?
なんで俺が貝拾いなんてやんなきゃなんねんだよ…ったく。
と、心で思いつつ、腰を上げて砂浜で貝探してるし…今の俺…。
ちっちぇえーんだなぁ、桜貝って。
俺は一人トボトボ歩きながら見つけた10個ほどの桜貝を砂の上に並べた。
「城――!おやつタイムだぜ~来いよーーー!」
健児に呼ばれ、桜貝を持って、みんなのところに戻った。
おやつは麻衣子が作ってきたクッキーと一番重いアイスボックスに入っていた
バケツプリンだ。
よくこんなバケツ冷蔵庫に入ったよな…
「あっ、ほら麻衣子ちゃん、これ。きれいなやつ選んだから」
俺は麻衣子の細くてきれいな手の上に桜貝を三つ乗せた。
「え?あ、ありがとう…いいの?」
「ん?うん、もちろん」
なぜだか麻衣子はものすごくうれしそうな顔をしてくれた。
クィックィッと俺の袖が引っ張られる。
登戸君……。
「ほら、登戸君はこのデカイのあげる。見つけた中で一番デカかったんだよ!」
「ええーー!いいのぉ~こんな大きいのぉ~」
そう言って大喜びの登戸君は、聖をチラッと見て少し顔を上げ、ニッとしたあと、
雅に自慢しに行った。
俺が登戸君にあげたのは、たぶんどこかのグループが磯焼きにでもして食べた後のホタテ貝の殻だ。少しこげていた。
一応ちゃんと海水で丁寧に、綺麗に洗ったから大丈夫と思われる。
本当は蛎の殻もあったが、形的にはホタテの方がかわいかったのでホタテにした。
隣に座っている聖の頬が膨らむ前に、聖の手をとり、手を開かせて桜貝を一つ
だけ手の平に乗せた。
「聖はこれ。探した中で一番ピンクだったし…ちょっとハート型みたいだろ?」
「へへへ~、さんきゅう!」
ニンマリ笑う聖の肩に腕を回して頭をポンポンと叩いた。
「ほんと!仲いいんだぁ~二人!」
俺たちの光景を見ていた麻衣子が微笑みながら言った。
「ふふふ~、今のところ聖だけだから、俺」
「ぁんだよー、今のところって!」
聖が俺の頬をつねってきた。
「痛ぇ~な、うそだよ。ずっと聖だけだって!ははは~」
「ったりめーだろ!」
麻衣子の前なのに、聖の話方が男に戻っていることに俺も聖も気づいていない…。
夕日が半分海に隠れたころ、海をあとにした。
えーーー、今の情況を説明しますと…。
運転席に俺。
助手席に聖。
ここまでは往路と一緒…
後部席右側に、大口を開けて爆睡中の相川。
後部席左側に……登戸君…。
雅が勝手に登戸君を乗せてしまった。
俺…、運転し始めてからずっと、後ろ斜め左側から視線を感じてるんですけど。
「城くん、今度は助手席乗せてね!」
登戸君が身を乗り出して俺の耳元で言った。
「うっせ!オメーはそこで充分なんだよ!この車に乗せてもらってるだけでも
ありがたくおもえ!けっ!!」
「聖…下品だからやめろ…それは」
俺は運転しながら片手で聖の中指を握ったら、俺の手の上になぜか登戸君が手を乗せてきた。
『この指とまれ』じゃなんですけど…
運転しずれーーー。
☆☆☆☆☆
麻衣子にあげた桜貝三つは、小さい小瓶に入れられ麻衣子の部屋に飾られた。
登戸君にあげたホタテ貝の殻は、アクセサリーを乗せられ部屋に飾られた。
聖にあげた一番ピンクでハートに近い形の桜貝は……
「あれ?おかしなぁ…」
海から戻ると、聖が鞄の中やポケットの中をバタバタと何かを探している。
「どうした?何探してんの?」
「え?……ん…」
と言いながら、探しまくっている。
「何?」
「え、…ん……桜貝…」
聖が言いにくそうに言った。
俺のあげた小さな桜貝を失くしたようだ。
絶対ポケットに入れたと何度も探している。
「どこかに落しちゃったんだよ。スゲー小さいかったし」
「だけど、ポケットにちゃんと入れたんだぜ!せっかく城がくれたのに…」
「いいよいいよ。もう探さなくて~」
「でもさぁ……ごめん…」
すまなそうに謝る聖を抱きしめて言った。
「また海行こうな…今度は二人だけでさぁ。そん時は一緒に桜貝探そうぜ!」
☆☆☆☆☆
「あらまっ。かわいい桜貝、少しだけハート型だわ」
「聖ちゃんか雅ちゃんのじゃないか?この間、海に行った時の」
「そうね、後で渡しておくわ」
おやじの車の助手席の隅に挟まっていた。
おふくろ!よくぞ見つけてくれた。