第十三話 日野と雅?
土曜日の朝、俺と聖が少し遅めの朝食を取りに15階に上がると、おやじとおふくろだけが
いて、雅の姿が見えなかった。
「お母さん、雅は?」
聖が聞いた。
「出かけたわよ。おしゃれしてルンル~ンと!」
「なんかデート見たいだぞ!」
おやじとおふくろが言った。
「デート?!誰と?」
俺と聖は目を合わせた。
ん?もしかして…
「日野くんと。たまに二人で遊びに行ってるみたいよ?」
…やっぱり、日野かぁ。
「お父さんはさみしいなぁ~」
おやじはソファのところで肩を落していた。
「日野ぉ?!なんで日野と!」
怒った顔の聖は携帯を取り出し、急いで雅にかけた。
☆☆☆☆☆☆☆
日野の横を、ほんの少しだけ離れて歩いていた雅の携帯が鳴った。
――んげっ!?聖…
「もし、」
「雅!!おまえ!なんで日野と一緒なんだ!!兄ちゃんに内緒で何して、」
電話越しにいきなり怒鳴られた雅は「プチッ」と携帯を切り、電源をOFFにした。
――うるさい…聖…お邪魔虫!
「どうしたの?雅ちゃん」
何も言わず携帯を切った雅を不思議に思い、日野が聞いた。
「ううん、なんか間違い電話みたい~、最近多いのよね」
「そっか、で、どんな映画みたい?僕はなんでもいいから雅ちゃんに合わせるよ」
「えへっ?何にしようかなぁ~」
雅は手を合わせ、片頬に付け首をかしげた。
雅と日野は、たびたび雅が誘って会っている。
いつもきれいで高ビーな女にしか囲まれていない日野は、雅の素直なかわいさに
少し心動かされていた。
☆☆☆☆☆☆☆
「っな!なんだ!!雅のヤロー電話切りやがった!!
兄の電話をいきなりきったぁぁぁ」
聖が怒りながら俺を見た。
「落ち着け…な!雅ちゃんも恋をしたい年頃なんだよ」
「相手が日野だぞ!日野!!あのスケこましの日野だぞ!なにかあったら
どうするんだよ~」
怒りから泣き顔になりつつある聖におふくろが言った。
「あらっ、聖ちゃん大丈夫よ。日野君結構真面目でいつも6時前にはちゃんとここまで
送って来てくれるのよ?それにこの間はここで一緒にお夕飯も食べて帰ったの」
「はぁぁ?」 「ええっ?!メシ…って?」
これには俺も驚いた。
この家に日野が来ていたなんて…
雅と日野は、ちゃんと付き合っているわけでもない。いまのところお友達同士。
俺にバレても構わないが、聖にバレると怒られることはわかっている。
雅は、とりあえず、聖にも俺にも内緒にしていたらしい。
聖はソファに座っているおやじの隣に行き、肩を並べて溜息を吐いた。
「お父さん…オレ…さみしい…」
おやじは聖の肩に手を置き、一緒にうなだれた。
おふくろが言っていた、雅はいつも6時前にちゃんと日野に送ってもらい帰宅すると。
俺は聖に内緒で4時ごろ雅に電話したが、ずっと電源を切っているのか繋がらず日野の
携帯に電話をした。
今、日野と聖を会わすわけにはいかない。
聖は怒り心頭中だ。
雅をマンションのエントランスまで送ってきたら俺に電話をくれるように頼んだ。
日野は少し戸惑った声をしていたが、了解してくれた。
6時少し前に日野から連絡が入り、俺はマンションの下まで雅を迎えに行き、日野は雅の
ことを心配していた。
俺が聖に話すから大丈夫だと言い、日野には帰ってもらった。
結構紳士的なヤツなんだ…
俺は日野への印象が変わって来ていた。
家に戻り、雅が帰って来たことがわかると聖が10階から上がってきた。
雅の顔を見るなり、怒り出し、兄弟喧嘩が始まった
「なにやってんだよ!雅!」
「聖には関係ないでしょ!私が誰とどこに遊びに行こうが!」
「誰とどこって、相手は日野だろ?!日野はダメだ!アイツは女たらしだ!危ないだろ。
何かされたらどうすんだよ!」
聖の言葉に雅の頬がものすごく膨らんだ。
「おまえの彼氏なら、オレが見つけてやる!」
おいおい…娘を持つおやじか…聖。
「日野くんは彼氏じゃないもん、日野くんは城お兄ちゃんの友達で、私が聖の妹だから
一緒に遊びに行きたいっていう、わがままを聞いてくれてるだけだもん。日野くんが、
きれいな女の子しか相手にしないのだってわかってる!」
「だったら!」
「ずるいよ…聖はずるい!聖はママに似てかわいくて綺麗でいつもモテてるから、ブスな私
の気持ちなんてわかんない!今だってかっこいい城お兄ちゃんが彼氏で、男の子なんて
みんなかわいい子が好きなの知ってる!雅だって…私だって…聖みたいにかわいく生ま
れたかった!!日野くんは、私みたいな女の子でも一緒にデートしてくれてジェントル
マンで、やさしくって…聖が思ってるような人じゃない!聖のバカーーーー!!」
涙でグチャグチャになった顔の雅は、自分で何を言っているのかわからなくなり、
ソファに置いてあるクッションを二つ聖に投げつけて、ものすごい勢いで走って
自分の部屋に入ってしまった。
追いかけようとした聖の腕を俺は掴んで止めた。
「聖、今は一人にしてやれ…」
「だって…」
日野と一緒にいたことの不安と、聖が思うより雅は自分の顔のコンプレックスを強く抱いていたことへのショックで、聖は悲しそうな顔でソファに力の抜けた体をあずけた。
「雅は…ブスなんかじゃないのに…オレのかわいい妹で…」
聖が呟いた。
――そうなんだよ、雅はブスじゃない。
ただ…兄の聖がかわいすぎるから比べてしまうんだよ…。
聖が『特上の特上』だとすれば、雅は『中の中』だ。
普通にかわいい女の子だ。
「聖ちゃん?」
おふくろが聖の横に座り、話し出した。
「聖ちゃんの心配する気持ちは、とてもよくわかるわ。大切な妹ですものね。だけど、
聖ちゃんが思うほど日野くんって、悪い子じゃないわ。それは聖ちゃんより雅ちゃん
の方がよくわかってる。だから日野くんのことを好きになっていると思うの」
聖が顔を上げておふくろの目を見た。
「それに日野くんに、というか、もし今の雅ちゃんが誰に恋をしても、きっと聖ちゃんは
心配して反対すると思うの。日本ではあなたが雅ちゃんの親代わりでしょ?責任感持って
るんでしょ?聖ちゃんは…。聖ちゃんは、雅ちゃんくらいの年の時、恋をしなかった?
その人と一緒にいるときって、とてもドキドキしてウキウキして楽しくなかった?」
おふくろは、やさしく聖の手を握り、顔を覗きこんだ。
「……うん…、オレも…好きな子がいた…その子と付き合ってた、一緒にいるとうれし
かった…楽しかった…」
――ええ!初耳だよ!初耳!!おまえに付き合っていた子がいたなんて…
そいつは女なのかー?!男なのかー?!どんなやつだーーー!
知りたかったが、そんなことを問い詰めるような場面ではないのはわかっていたので、
俺は我慢して、引きつった顔で聖を見ているだけだ。
「雅ちゃんと日野くんはまだお付き合いしてないし、日野くんの気持ちはわからない。
だけど、雅ちゃんは今とても楽しいと思うの。恋をしてる時の女の子ってかわいいのよ。
だから、少しだけ、雅ちゃんの応援しない?みんなで」
おふくろが言ったあと、俺も続けて聖に言った。
「聖…?俺、さっき、マンションの下で日野に会ったとき、アイツすごく心配しててさぁ、
自分のせいで雅ちゃんが聖に怒られるんじゃないかって。アイツそんなに簡単に女の子
に手を出すような男じゃないような気がする」
少し経ち、俯いていた聖は黙ったまま立ち上がり、雅の部屋に向かった。
「もう大丈夫かしらね?」
おふくろが笑った。
☆☆☆☆☆☆☆
聖は雅の部屋の前に立っていた。
中からはなにかドスドスと音がしている。
「雅……?」
聖がドアをノックして雅を呼ぶと、ドスドスと言う音が止んだ。
「雅?ごめん…兄ちゃん…おまえの気持ちわかってなかった、ごめん。
日野と付き合うなとは言わないけど、アイツになにかされたら、すぐ言えよ。
兄ちゃん、アイツのこと叩きのめしてやるから!」
ドア越しに聖が言った。
少ししてから、内側からドアノブをカチャカチャと開けようとしている音がするが、
一向に開かない…
聖がドアノブを握って押した。
「聖~~~~、えーーーーん~」
ドアの前に立っていた雅が、聖に抱きついて泣いた。
雅の両手には赤いグローブがはめてあり、そのままドアを開けようとして、四苦八苦していたようだ。
兄の聖同様、雅の部屋にもサンドバッグが置いてある。
兄弟揃って体を鍛えている…ようだ。
何かにムカついたとき、雅の部屋からはいつもドスドスという音が聞こえてきていた。