プロポーズ
「もう、耐え切れません!」
モーリスはある日爆発した。
あの夜会から数日後。待てども待てども手紙の返事が来ず、ついに我慢ができなくなったのだ。
――手紙でダメなら直接会って思いを伝えるしかありません。
そう思い、しかし彼女は夜会の時のセミス嬢の顔を思い出す。
彼女はあまりモーリスを見てくれなかった。しかしそれは彼女も実はモーリスのことを好ましく思っているからこそかも知れない。
けれど、手紙の返信をしてしまえばセミス公爵令嬢の立場は不安定になってしまう。それで悩んでいる可能性だってあった。
「こうなれば当たって砕けろ!です」
そんなことを言いながら、モーリスは屋敷を飛び出して行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「セミス嬢に会いに来たのですが」
公爵家に馬車を乗り付けるなり、モーリスは勢いよくそう言った。
使用人の女性がその言葉を聞いて眉を顰める。そして少し怪しむような目を向けて来た。
「セミス様ならお城へ行かれましたが……どうされたのでございますか?」
「いいえ、何でもありません」
お城といえば、エンドピオがいるはず。
そう思いモーリスは少々悩んだが、しかしもし彼に鉢合わせれば適当に誤魔化せばいいだけだと考え、彼女は躊躇いなく王城へ。
王城にはエンドピオの婚約者だった時代は容易く入れたが、今はそうはいかない。
門番に理由を問いただされ、「侯爵家からお土産を」と適当に嘘を吐いて中に入らざるを得なかった。バレたら大変なことになるだろうが、彼女はそこまで気を使う余裕がなかった。
まず、セミス嬢に会わなくては何も始まらないのだ。とにかく彼女の元へ――。
ふと声が聞こえて来たので、モーリスは足を止めた。
どうやら二人の人物が話し込んでいるようだ。一人は男性、そしてもう一人は女性らしかった。
「ということで、よろしくお願いいたしますわ」
「ああ、よろしく。君はとても美しい……」
男性の方は聞き覚えのない声。
しかし女性の方は聞き覚えどころか、モーリスが恋焦がれる声で。
「セミス嬢……!」
思わず小さく叫んでしまい、モーリスはぎくりとなる。
立ち聞きなどをしていたと知られれば、これまた大きな騒ぎになってしまう。
逃げるのが最善なのはわかっていた。しかしセミス嬢が何の話をしていたのかとか、相手が誰なのかとかがわからない以上、逃げ帰るわけにはいかない。
だから思い切ってドアを開けたのだ。
「――お邪魔いたします」
モーリスの声に、中にいた二人が驚愕に息を呑んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「突然申し訳ありません。モーリス・トレディン、侯爵家の者です。今日はお話がありここまでやって参りました、セミス・ガーバル公爵令嬢」
セミス嬢が頬をこわばらせる。
そして男性――この国の第二王子のバートが、まるで汚い物でも見るかのようにこちらを見つめた。
「モーリス・トレディン……? 君なんかが、どうして」
「バート殿下、先ほどの無礼、どうかお許しくださいませ。……そしてセミス公爵令嬢に謝罪しなければならないことがあります。先日、あなたへお手紙をお送りしたのですけれども、不手際があったのかそちらへ届いたとの知らせが来ず……。そこで用件をわたくし自らが申し上げようと思い立ち、こうしてここに立っているのです」
セミス嬢の蒼穹の瞳が少し揺れたように見えた。
それはモーリスへ対するどんな感情だったのか。モーリスはわからないままに言葉を続ける。
「――セミス・ガーバル公爵令嬢。誠に勝手なことであるのは承知いたしておりますが、どうかお聞き入れください。わたくし、あなたのことを心から愛しているのです。ですから、わたくしのパートナーになってくださいませんか?」
そうして彼女は堂々と、プロポーズをしたのだった。