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セミス公爵令嬢への手紙

 セミス公爵令嬢への手紙――もとい、ラブレターの執筆。

 それはモーリスにとって人生で初めて手こずった課題だった。


 いわゆる天才タイプであり生まれながらに大抵のことをこなせたモーリス。

 しかしこればかりはダメだ。文字を書いては紙を破り、また書いては破りを繰り返し、彼女は頭を抱えていた。


「……う〜ん。どれも違います。わたくしが言いたいのは、この程度の熱愛ではないのに……!」


 世界中たった一つだけ、どんな詩より美しく、心に響く恋文にしたい。

 なのにモーリスの頭に浮かぶのは、「好き」だとか「お会いして抱きしめてほしい」とか、そんなありふれていて無礼な言葉ばかり。


 そしてだんだん意識が遠くなり、セミス嬢の顔を思い出してうっとりして時を忘れてしまう。そしてハッとなり、また何度も何度も挑戦した。


「勉学をサボり何をやっているのだ。侯爵令嬢としてやるべき責務があるだろう」


 父にたしなめられても彼女はちっとも気にすることはない。

 ただ紙にペンを走らせ、この胸に煮えたぎる想いを吐き出すのだ。


 恋文は三日三晩の後、ようやく完成した。


「エンドピオ……。エンドピオに見ていただかなくては……」


 そのまま、ふらつく足でモーリスはエンドピオのいる王城へと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「こんな深夜にどうしたんだいモーリス。まさか、何か大変なことでも」


「ええ、エンドピオ。やっと……やっとできたのです。セミス嬢への愛のお手紙が」


 エンドピオは一瞬キョトンとした後、すぐに血相を変え、


「それを見せに来たって言うのか? こんな夜中に? どうかしてる」


「すみません、わたくし夢中で……。ぜひエンドピオに読んでいただきたいのです。セミス公爵令嬢に失礼があってはいけませんから」


 この時のモーリスはすっかり疲れ切り、寝不足で頭がおかしくなっていたのである。

 「はぁ」とため息を漏らしたエンドピオ。彼は仕方なく、モーリスの恋文を受け取った。


「でも僕なんかに見せていいのか? 僕は元婚約者なんだが」


「頼れるのはあなたしかおりません。お願いします」


 手紙を手渡すなり、モーリス侯爵令嬢は驚くべきことに、エンドピオの胸の中に崩れ落ちるようにして眠ってしまった。

 彼女は本当に疲れていたのだ。恋の病により無理に動き続けていただけで、突然に限界を迎えたに違いなかった。


「……モーリス」


 手紙を手にするエンドピオは、モーリスを胸に抱く。

 そしてもはや友人でしかなくなってしまった彼女の頭をそっと撫でたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「良かったよ。『花のように可憐な小鳥のようなあなたに、わたくしは太陽の如き愛を捧げます』。この一文が気に入ったかな」


「ありがとうございます。……それと昨夜の失礼な行い、申し訳ございませんでした」


「気にしないでいいよ。早速、手紙を届けるといい」


 ――翌朝、王城の一室で目覚めたモーリスは、エンドピオにそう言って送り出された。

 侯爵家には連絡を入れておいたらしいので心配はいらないが、自分の昨夜の行いが恥ずかしくて死にそうなモーリスだった。


 彼女は侯爵家に戻るなり侍女に手紙を預け、公爵家へ運ぶように頼む。直々に渡そうかとも考えたが、それは気が動転してしまうだろうと思ったのでやめた。


 できることなら、お返事をもらえてから。


「――神様、どうかわたくしにご加護を。わたくしはセミス嬢と幸せになりたいのです」


 手を合わせ、神に祈る。

 この願いが神に届くかどうかはモーリスにはまだわからなかった。

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