エンドピオとの婚約解消
「婚約解消……!?」
モーリスの父である侯爵は、当然ながら目を丸くした。
幼い頃からエンドピオとモーリスが仲が良かったのはもちろん彼も知っていることであったので、まさか婚約解消などという話が持ち上がるとは思ってもみなかったのだろう。
「お父様。誠に勝手なことであるとは承知いたしております。でもわたくし、どうしてもエンドピオを婚約者として、将来の夫として見られないのです。これからも彼との友好関係は続けていくつもりでおりますが」
「……それは、一体どういう?」
「申し訳ありません。そこまでは」
まさか、モーリスが同性愛者――百合であるなどと、侯爵が思い至るはずもなかった。
貴族という政略結婚が主なこの世界では、当然ながら同性愛が許されるわけがない。だからそういった考えは普通ではないのだ。
しかし好きになってしまったものは好きになってしまったのだから仕方ない。
セミス・ガーバル公爵令嬢に片想いをしていることは、父には伝えなかった。
伝えられるわけがなかった。伝えるとしたら、向こう側の承認を得た後で――。
そう簡単に認められるわけがないことくらい、わかってはいるけれど。
「エンドピオと話はしてあります。国王陛下とお話しくだされば、割合スムーズに進むかと」
「……そうか。陛下と話をつけてこよう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
モーリス侯爵令嬢とエンドピオ第三王子の婚約解消の噂は、瞬く間に国中に広がった。
「どうして」と不思議がる意見が多数だったが、しかし誰一人として本当の理由を知る者はいない。
婚約解消が行われてから数日後、エンドピオが侯爵邸を訪ねて来た。
「やあ、モーリス……トレディン侯爵令嬢」
「いいんです、モーリスで。わたくし、あなたとこれからでも友人でいたいとそう思っていますから。こちらからも今までと同じようにお呼びしたく思うのですが、構いませんか?」
少しだけ頬を緩ませ、エンドピオは頷いた。
しかしその笑顔が無理をしているように見えたのは気のせいか。
「エンドピオ、勝手なことばかり申してすみません。また、お力を借りてよろしいでしょうか」
「ああ。でも不思議だな、僕と君はもう婚約者同士ではないのに……まるで実感が湧かない」
「わたくしもそうです。所詮、婚約者関係というのは書類上ですもの。――セミス嬢のことについて、アドバイスをいただきたく思っておりまして」
モーリスは、いつもと変わらない微笑みをエンドピオへ向けた。
元婚約者にこんなことを言うのは変かも知れないなどと思いつつ、しかし言葉を続ける。
「貴族には、しがらみやらしきたりというものがありますでしょう。女に恋することを批判なさる方も多いでしょう。しかしセミス嬢は、あんなにお美しい方なのに婚約者がいらっしゃいません。エンドピオは、わたくしがアタックしたらセミス嬢がどうお思いになると想像されますか?」
エンドピオが顔を顰める。
「それは難しい質問だな。男の僕に、彼女の事情はよくわからないけど、黙っていても当然ながら関係は築けないだろうね。手紙を送るのなんて、どうだろう?」
「手紙、ですか……」
モーリスは「ふぅむ」と唸り、そして首を縦に振った。「それはいい考えですね」