女に恋することは罪なのでしょうか?
「女に恋するのは、罪なのでしょうか?」
モーリスはある日、婚約者のエンドピオに向かって、そんな言葉を放っていた。
侯爵令嬢である彼女がこんな発言をするなど、普通は考えられないことである。だからこそエンドピオは呆気に取られてしまっていた。
――当然ですね。
予想通りの反応に、モーリスは小さく笑みを漏らす。
そして彼の言葉を待った。
「それはつまり、モーリスが女の人に恋をした……ってことなのか?」
「そうです。婚約者であるあなたの前でこんな発言をするわたくしの無礼をお許しください、エンドピオ」
エンドピオはこの国の王子である。
しかし、王太子ではない。王位継承権がずっと下の、第三王子なのだけれど。
「話を聞いてくださいますか」
「――うん」
モーリスは首を傾げる彼に、己が胸に抱える思いを語り始めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
モーリス・トレディン侯爵令嬢は、幼い頃からエンドピオ王子と婚約をした。
いわゆる政略結婚だ。王家へと嫁ぐ未来を持つモーリスは、そのために十五年の人生を頑張り抜いて来たのだ。
しかし彼女は気づいてしまった。
自分はエンドピオのことを愛せていない。
仲のいい友人であり、幼馴染ではある。が、それ以上ではなく将来の夫としてだとか恋人としてという目では見られないのである。
彼と話していても、胸がときめいたことはなかった。とても大好きなはずなのに、それは家族に向けるようなもので。
そんなある日、『彼女』と出会った。
公爵令嬢のセミス・ガーバル公爵令嬢。
金髪縦ロール、青空の如き双眸、しなやかな佇まい。
モーリスは彼女を見た瞬間、胸が高鳴ったのを感じた。
それからずっとセミス嬢のことが忘れられない。
そしてこの感情が恋というものに他ならないと知ったのは、それからまもなくのことである。
侯爵令嬢である私が、公爵令嬢に恋してしまった。
この事実に自分で驚きつつも、しかし気持ちを抑えることはできなかった。
そして悩みに悩んだ末にエンドピオに相談したのだった。『女に恋するのは罪なのか』と。
盛大に顔を歪める少年。エンドピオはとても美しかった。普通の令嬢であれば誰もが羨むような美貌。モーリスだってきっと普通の体質であれば心を奪われていたであろう。
しかしモーリスは同性を好きになる体質――つまり百合であった。それが残念と言えるだろう。
そして彼は言った。
「わかった。僕との結婚は嫌なんだな?」
「エンドピオのことは好きなのですが、友人にしか思えなくて。結婚するなら本当に好きな人とがいいです。……私は幸せになりたい」
そう言い切った侯爵令嬢に、エンドピオ王子は頷く。
その時、彼の悲しそうな瞳を見てモーリスの胸が痛んだが、しかしこれは仕方ないのだ。
――後日、二人の婚約は解消されることになる。