右よし、左よし。
指差し確認。
それはごく普通なようでいて、じつに肝心なことだ。
特に、しっかりと誰の耳にも届くように、腹式呼吸。
その凛とした姿に憧れる者は数少なくないだろう。
「ボク、大きくなったら車掌さんになるんだ!」
そのような夢を抱くのは珍しくない。
かくいう自分も……憧れていた。
だが今では別の路線に乗っていたから。
その勇姿にたださりげなく、日常に溶け込むしかない。
今日もーーー
「右よし、左…………よし」
ん?
いつものような覇気がないな。ちゃんとしろよ。
プルルルルと告げる終わりの前に、そっちを見た。
言い表すには不完全なほど。
行き先は混沌にまみれ、夥しい手のひらが招く。
おいで、おいでよ。
おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで
おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで、おいで
かんかんかんかん かんかんかんかん
右 みぎぎぎぎぎ ひだ ひだ ひだ ひだりりりりり
ねぇ、どうしてぇ。
こっちに来ないのぉ。
呑み込まれなかったのは幸いだった。
明くる日から車通勤にしたのが果たして正解だったのかどうかは定かではない。
ただ、ハッキリしていたのはーーもう、電車には乗りたくはない。