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銃弾転生~滅びの都市の大魔導師~  作者: 泰山
七発目の魔弾のものがたり
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ep8 かつて図書館と呼ばれた建物で


(でも、あんな術初めて見た……)


 【雷弾】(ブリッツ・ビート)など元素魔術の基礎原理さえ知っていれば誰でも使える初級の術だ。

 無論、普通の市民が攻撃魔術を使う場面など魔法学校の授業以外めったにない。

 しかし、タイガ達から魔術師と呼ばれていた少女がそれを初めて見たなど……。


(ちょっとかっこ……良かったよ……。目、覚めちゃった)


 アヤネだって【炎華舞】(ダンシング・フレア)を……中級魔術を使えるようなレベルなのにいったいどうなっているのだろう?この時代の魔術教育は。


 俺のなかで戸惑いが広がる。

 そして、いくらか考えて導き出されたイヤな推論。

 だが、そんな思惑に気付くことなく、アヤネが続けた。


(アヤネ・ナカノ、アヤネでいいよ?

 その代わりわたしはタマさんのこと、タマさんって呼ぶから……)


 タマ?弾だからタマ!?

 あまりに安直すぎる呼び名(ネーミング) が定着しようとしているこの現実に。

 タマじゃない! 俺の名前は……と思い返し、反論しそうになった。


 だが、彼女の体の状態を確認して気付く。

 そうだ、今はそんなことを気にしている場合ではない、と。


 魔獣の噛みつきこそ受けずに済んだもののアヤネは酷い有様だった。

 体を押さえつけられて傷が抉れたのか出血はますますひどくなっている。

 弾が心臓を傷つけずに済んだのはもう奇跡といってもいいだろう――だから。


『ああ、いいとも』


 そう返事を返しながら再び【人体支配】(コントロール・アザー)を彼女の体にかけて立ち上がる。

 彼女が生きてさえいれば呼び名の訂正は後からでもできるだろう、きっと。


 150メートルもない道のりを何十分もかけながら慎重に歩き終えた頃、少女の体がすっかり冷え切っていたのはいつの間にか降り始めた雨のせいだけではないと思う。


挿絵(By みてみん)


 冷たく重い肉の塊に少しづつ変わってゆくアヤネの体。

 それをどうにか引きずりながら辛うじてたどり着いた転移者時代の貴族の館を連想させる図書館の門をくぐる。


 途中、何度あきらめて手放しそうになったことか。

 だが、そのたびに彼女の言葉を思い出して気力を振り絞った。


――アヤネ・ナカノ、アヤネでいいよ?その代わり……。


 そう、これから死ぬのに、自己紹介する人間はいない。

 つまり、彼女はあの時、「助けて、死にたくない」とたしかに言ったはずだから。


(そっちだよ……)

『わかった』


 今にも消え入りそうなアヤネのかすれた声に従い、中庭の奥へと歩みを進める。


(ここだよ)

『ひどいな……』


 破壊防止用の魔印(エンチャント)で美しさを維持していた外と異なり、中は荒れ放題。

 正確には"図書館"ではなく"かつて図書館だった建物"というべきだろう、これは。


 元は価値ある書物だったのだろうが今では倒れボロボロになった本棚。

 そして紙束の山。

 かつて高度な図書仕分け装置として作られた蜘蛛型ゴーレムの残骸。

 危険指定された魔導書を求めて館内でトラブルを起こす者を戒めるために用意され装飾のように壁にかけられている魔導拘束具、その放つ光も弱々しく見えた。


 当然、司書など居るはずもない。


 アヤネの案内に従い、それらをどうにか押しのけ、たどり着いたのは一階の奥のスペース。

 その一番奥の壁、突き当たりに黒い石版がある。


(この奥に隠し扉がある……大丈夫、魔力認証するね)

『ああ、頼む』


 セキュリティを解除するために用意していた【強制解錠】(フォース・アンロック)破棄(キャンセル)

 俺の中で一つの疑問が浮かぶ。何故アヤネがこの建物のことを知っていたのか?

 そもそもどうして彼女がここの魔力認証を解除することができるのか。

 この街の認証システムは事前に登録した人間の魔法力にしか反応しないのに。


 ここの管理権限を持っている人間、あるいはそれをハッキングした【情報系】の術士かその関係者でもなければこんなことはできないはずなのだ。


 だが、そんなことを彼女に問い詰めているような余裕などもうないだろう。


 先程までだらだらとアヤネの左胸から垂れ落ち、雨に濡れた地面に溶け出した赤い生命のジュースはもうあらかた流れ尽くしてしまったのだろうか。

 図書館に入った時にはいやな意味でもうすっかり止まってしまっていた。


 【人体支配】(コントロール・アザー)した体が痛みまで共有することはない。

 だが心なしか先程から強い寒気は感じている。

 拘束服から露出し雨水に濡れた体表だけではない。

 全身の……それもずっと奥のほうから。


 そう、もう彼女の命の時間はほとんど残されていないのだ。

 一刻の猶予もない。

 隠し部屋の中に入ったら早く薬を探し出しアヤネに飲ませなければ!

 その次にやることは温かい毛布か服を探し出して彼女に着せる。

 この後すべき事を整理しながら、彼女が石版に手をかざし扉が開くのを待った。


 そして、そんな心理状態だから不覚にも気づかなかったのだ。


「ああ、やっぱりあったんすねー。こういう部屋」


 背後から近づいてきた誰かの気配に……。

 アヤネの髪を後ろから優しくなでた後、ぎゅっとその頭をつかむ柔らかい手。

 そして、脳裏に浮かび上がる白い魔法陣。この魔法陣は……【生命操作系】?

 対象を治癒し、あるいは毒属性の攻撃を行う攻防双方に優れた魔法系統。

 そのうちのひとつ。【高位麻痺】(フォース・パラライズ)


挿絵(By みてみん)


 ――それを認識した直後に俺たちの全身を包んだ強い痺れ。

 全身の筋肉が俺とアヤネどちらの意思にも反し、びくんびくんと痙攣する。


「はい、おつかれさまでした。ゆっくり休んでくださいっす」


 背後でささやく若い女性の声とともに体が今まで以上に重くなるのを感じる。

 まるで鉛で出来た人形のように。

 思わず腕を振り回し、背後の敵にせめて一撃お見舞いしようとするが叶わない。

 もう、ぜんぜん体が、そしてあたまがうごかない。

 【人体支配】(コントロール・アザー)は一部の強力な状態異常の効果を共有するというが……

 それがまさにいまの状況だというのだろうか。


 ばたん……


 アヤネの体が床にくず落ちる音がきこえる。

 それと同時に――おれの視界、そして意識もまた、やみに落ちた。


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