ep4 魔導の理を踏み越えて
銃撃にどうにか耐え抜いた俺達は、タイガが部屋を出ていくのを待っていた。
俺の【鎮痛】が効いているのだろう。
先ほどからアヤネはまるで眠っているかのように静かだ。
ひょっとしたらタイガもこのまま立ち去ってくれるかもしれない。
彼女が力尽き、死んだと思って――そう考えたのだが……。
「ああタイガ、他のフロアには誰も居なかったさね」
それどころか血の匂いに満ちた部屋にのそりと入ってきた新手の男がもう一人。
赤黒いローブとフードを深々とかぶり、顔には暗くてよくわからないが何かの魔術文字が書かれた布を巻いている。
口調こそひょうきんだが、身にまとった殺意の量はタイガに勝るとも劣らない。
「相変わらず薬臭いな、ハブ」
「女の子、一人ぐらい生きたまま残しといてくれたなら嬉しいんだがね?」
「生憎だがお前の実験台を残す余裕はなかった」
はぅ、と落胆のため息をあげるハブ。
そして後ろ手でドアを閉め、こちらのほうをさっと一瞥しながら続ける。
「だいたい旦那から聞いていたよりずっと人数少ないよ、どういうこと?」
「いっぱい逃げられたよ」
ハブと呼ばれた男の問いに、窓を指差しながらけっと吐き捨てるタイガ。
旦那というのは……先ほどアヤネが言っていたケイジという男のことだろうか。
「そこの女が魔術師でな
妙な術で暴れ出してその間に他のやつに逃げられたってわけさ」
「ああ、そりゃしゃぁないねえ
旦那はそんなん混じってるなんてひとことも言ってなかったしさ」
浮かない表情をみせるタイガの肩をそう言いながらぽんぽんと叩くハブ。
口調や仕草こそ気さくな男のもの。
しかし、その不気味な服装にはまったくと言っていいほど似合わない。
「帰ろう?旦那は魔術師の女が大嫌い、コイツ殺せただけで十分な成果じゃない?
それにどうせ他の子たちもこのへんじゃまず生きていけないだろうしねぇ」
「ああ、だが念のためだ」
そう言いながら今度はタイガが懐から小さな銀色の球を取り出し、
ひとこと呪文を唱えた後、強くコンクリート製の壁に打ちつける。
「おやおや、ソレは?ずいぶん奮発したねぇ」
「ヤミ市流れの銃弾を使った結果がこれとはな
逆に高くついた」
恐らく『俺』の中に封じられた【旋風】が発動しなかった事を言っているのか。
「やはり定法通りにやるのが一番というわけだ」
ハブに吐き捨てるようにそう返した後、表面に浮かび上がる魔法陣を確認して
倒れているアヤネのほうに向けて放り投げるタイガ。
そして、すかさずバタン!と部屋のドアを閉め、駆け出した二人の足音。
アヤネの足下に転がってきた球体……。
――ッ!これは大型の魔獣駆除用の魔榴弾じゃないか!
この世界に訪れた転移者が持ち込んだ爆弾。
それを参考に作られたコレの恐ろしさ、それは多重攻撃の特性にある。
最初の爆発と共に飛来する多量の金属片、それに衝撃波だけなら防御魔法ひとつでも十分対処できるかもしれない。
だが、金属片に混ぜ込むように放たれ、標的の周りにバラバラに散らされた赤い魔晶石は最初の爆発から少し遅れて発火、標的を持続力のある火焔流で包み何秒もかけてじわじわと焼き尽くす。
部屋の天井の隅に見える見慣れたデザインの紋様――法令で床や壁に付与が義務付けられている破壊防止用の魔印の存在を見る限りこの部屋がいきなり倒壊するようなことは無いだろう。
だが、炎や爆風にまともに巻き込まれてしまえば少女の命がどうなるか……。
といって魔榴弾に【凍弾】をぶつけ、爆発そのものを阻止する?
恐らくそれは最悪の手だ。
そんなことをすれば奴等はまた戻ってくるだろう。
あらためてアヤネに別の方法で止めを刺すために。
(うう……もうやだよ!)
唐突に俺の頭のなかに響いたアヤネの声。
【情報系】の初級魔術【念話】……いや、似てはいるだろうが別物だろう。
何故なら彼女は再び訪れた死の恐怖を前に満足に身動きの取れない体で、それでも気力と魔法力を振り絞り【防護壁】を張ろうとしていたから。
――術士ひとりが同時に構築、維持できる魔術は常にひとつだけです。
例外はありません。――
もう何年も前に魔術学校で習った大原則を思い出す。
そう、今の彼女に【念話】などする余裕などないはず。
そして、この大原則ゆえに残念ながら必死に振り絞るように構築した【防護壁】も徒労に終わり彼女は命を落とすこととなる。
破片や衝撃から身を守れば炎に焼き尽くされ、炎を防げば衝撃と金属片が全身をバラバラに引き裂く。
彼女がこの魔榴弾から生き延びる術など最初から用意されてはいないのだ。
あるいはここまで計算した上でタイガはこの武器を選んだのかもしれない。
俺は心のなかで目を閉じ、勇敢な少女に黙祷を……いや諦めるのはまだ早い。
俺はもう一度、さきほどの大原則を思い出す。
藁にもすがる思いでアヤネを救うための"例外"を何とか探そうと試みる。
――術士ひとりが同時に構築、維持できる魔術は常にひとつだけです。
例外はありません。――
さて、今この場で命を失おうとしている少女は、アヤネは「ひとり」なのか?
それとも俺を加えて「ふたり」扱いになるのか。
今のアヤネが「ふたり」扱いされていれば或いは……。
だが、この問いの答えられる者は少なくともここには居ない。
答えの帰ってこない問いに不安を抱きながら、俺が独自にアヤネとは別の術式の構築を終えた次の瞬間
どぅぅぅん!!
銀色の球が内側から爆ぜる!
「おねがい……【防護壁】……!」
『【耐熱陣】!!』
爆発音と共に撃ち出された無数の刃の輝きはアヤネ達三人の少女の体を護るよう建てられた虹色の障壁によって強く阻まれる。
そして、一拍遅れて全方位から灰色の床を舐め尽くしながら俺達に迫ってくる炎。
(えっ、何!?防ぎきれ……ない!)
攻撃に第二波があること、それ自体知らなかったのだろう。
自らの身を包む様に迫る烈火にアヤネがもう駄目!と絶望の表情を見せ――。
しかし、少女を中心に三人を包むよう俺が展開した赤い光の円形フィールド。
その中にまでは届かない。
数秒ほど部屋の中を舐めるように荒らし、ほぼ全てのガラクタを焼き尽くした後、大気の中に溶け去るよう立ち消えてゆく。
『なんだよ……キムラ先生。例外あるじゃないか』
心のなかで俺は笑った。本当に、すごく久々に笑ったような気がする。
いいや、俺とアヤネ、二人の術者が同時にふたつの術を唱えただけ。
普通のことなのだ。だとしたら"例外"などではないのかもしれない。
(誰?わたしを守ってくれたの……?)
今の俺の言葉が聞こえたのだろうか、不安そうに問いかけてくるアヤネ。
『アヤネさん、だな』
ひとり無言でうなずいてみせた彼女に俺は更に言葉を続ける。
どうも二人の間で言葉を交わしているこの能力は【念話】とは違う別物らしい。
ひょっとしたら俺が銃弾として生きていく上で不便だからとどこかの優しい神様が与えてくれた、何か特殊な能力なのかもしれない。
『俺は――』
自己紹介しようとして俺ははっと気がついた。
そう、まだ名前を思い出せていなかったことに。
『弾丸だ、今アヤネさんの中にいる。大丈夫、たぶん敵じゃない』
(タマ……さん?)
やれやれ、この状況をどう説明すれば彼女に分かってもらえるのだろう。
俺は……ひとまずこの状態を作り出したタイガ達を改めて恨んでみる事にした。