ep39 死者に葬送を、そして生者に祝福を
その後、葬儀の手順を一通り済ませた俺たちは廃ビルを後にする。
図書館で見つけた冠婚葬祭のガイドブックは大きな助けになった
(ごめんね? わたしがもたついたせいで遅くなって)
『いや、仕方がないさ』
俺だってこの手の作法はそれほど詳しいわけではない。
だが……。
アヤネはそもそも葬式や墓というもの自体、つい最近まで知らなかったのだ。
たぶん大災害からこの時代に至るまでの110年の日々のなかで。
『死』はそれまでよりずっと普遍的な概念となってしまったのだろう。
あるいは街の地下に広がる広大なメトロや商業施設を全て墳墓に転用したとしても追いつかないほどに……。
多くの人々が不本意な形で命を散らしたということなのかもしれない。
(今度は生き残った他の子達と一緒に来たいな……早くみんなを探さないと)
『ああ』
自分でもわかるぐらい気のない返事。
学校の一室でアヤネの仲間の少女たちが恐怖に震えながら生き抜いていたこと
そして彼女らが組織の手に落ちてしまい、それほど遠くないうちに今度は彼女たちの葬儀をあげる必要も出てくるだろうということ。
それらの事実を俺はアヤネに伝えていない。
伝えよう、伝えようと何度も思った。
だが――。
そのたびに頭の中に浮かぶのは教室の床に落ちていた"遺書"。
『逃げてください』
『ひとりだけでも 私たちのぶんも生きて幸せになってください』
砕けたカゼ薬のカプセルを包んでいた紙に、たぶん震えが止まらない手で書かれたのであろうマリナという少女のたどたどしい文字。
そう、そんなものがあったことを話して何になる?
恐らくその事を伝えればアヤネが無茶な救出を試みる可能性も十分考えられる。
そしてその場合、命を失う者が一人増える結果になるのがオチだ。
だから、少女たちには申し訳ないが……見殺しにするしかない。
アヤネが知らなければそれは彼女の罪にはならない。
そして今、弔った骨のなかにナナセのものがなかったことも。
きっと死骸はカケラも残さず魔獣に食べられてしまったのだということも。
『言えるわけないだろッ……! あんなことも、こんなことも!』
アヤネの心を守るためとは言え、抱えてゆく秘密がどんどん増えてゆく。
俺はそもそもの原因を作ったタイガ達、『触媒屋』の面々を心の中で呪い――。
(た、タマさん!?)
『……ごめん、何でもない、何でもないんだ』
(う、うん……)
いつの間にか思わず爆発させてしまった俺のひとりごとを受け止め、それでも深く追求することなくアヤネはふぅと息を吐いて再び歩き始める。
ただ一つ。
「何か、悩みがあったら言ってほしいな。わたしにできることなら、できるだけ手伝うよ」
それだけを告げ――。
すぐ背後から誰かの気配と、かすかな物音を感じたのはその直後。
『なあ、アヤネ』
「うん、何かな」
『いや、気のせいかもしれないが……』
強い負の感情は時に周りの認識すらゆがめてしまう。
だから最初は俺の中に響いた幻聴だと思っていた。
――。
だが、しばらく待ってもその音が消えないことを確認し俺はアヤネに伝えた。
『アヤネ、声を出さずに落ち着いて聞いてほしい』
(うん……)
『尾行られてる』
(ああ、うん、やっぱり?)
そのやり取りを受けてアヤネは図書館に戻る道とは正反対の方角に足を向ける。
【鷹目】で視覚だけをいくらか後ろに飛ばして確認。
迫ってくる人影はひとり。
見覚えのある黒いコートに帽子、それに無精髭。
彼の顔を決して忘れはしない……タイガ・フレイクだ。
懐に手を入れてはいるものの、まだ攻撃に転じる素振りは見せていない。
だが、その身にまとったものは前のときとは比べ物にならない……本物の殺意。
こちらが急に走り出せばその瞬間、何か仕掛けてくるに違いない。
間合いはまだいくらか離れているはずなのに。
まるでぴたりとすぐ背後からアヤネの首筋に刃物を突きつけられているかのような感覚。
(どうする?こっちから仕掛ける?)
『振り切れそうにないか……戦えるか?もう少し有利な場所に誘いこみたい。それから考えよう』
(わかった)
アヤネの防御魔術ならばタイガの銃弾はたいてい防げると思う。
だが、世の中にはいろいろ厄介な術式が付与されたブツだって存在する。
それに『地球素子』の環境下では攻撃魔術の有効射程はせいぜい数メートル。
決して魔銃と撃ち合えるほど長くない。
せめてもう少し間合いを詰めやすいところで戦いたい。
その気持ちは同じなのだろう、くるりと身をひるがえして近くにあった地球教の古い教会に入り、開いたドアのすぐ脇に身を隠すアヤネ。
十秒、三十秒、一分……
狭い場所で戦いたいというこちらの意図を察したのだろう。
標的が消えた建物には入ろうとせず男はドアの前で同様に動きを止める。
二分、三分、五分……
やがて根負けしたかのようにタイガが【魔榴弾】を懐から取り出し、俺がアヤネに警告を送ったところで。
「そうそううまく行くわけないか、うん」
ため息まじりに、ドアからアヤネが顔を出した。
「ああ、お前のアジトが分かればと思ったんだがな。どこの本屋か図書館か……あるいは魔法屋か?」
彼女と同じように悔しそうにつぶやくタイガ。
そう言いながらもヒントを引き出す為か、一度少女の顔をじっと見つめる。
「それにその顔――ひとりじゃない。 男にでも拾われたか?」
当たらずとも遠からず。
さりとてハブをも騙し抜いたほどの演技力を誇るアヤネがたかがこの程度の揺さぶりに表情を変えるような無様を見せるはずもなく――。
やがて彼女のポーカーフェイスを突破して情報を得るのは難しいと考えたのだろう。
はぁと一つため息をついて男は魔銃を取り出して構える。
いつかと違い、その体からは安物の煙草の匂いがぷんぷんする。
「最近悪いことが続く」
「こっちもだよ?」
イラつきを隠さず吐き捨てるよう語るタイガに一つ頷いてアヤネが返す。
先程、葬式を済ませたばかりのビルのほうをちらりと一瞥しながら。
「友達が……殺されたりとかさ」
「奇遇だな俺も同じなんだ、死体すら残っちゃいなかった」
二人の交わす白々しい口調のやり取り。
しかしそんな二人の間にはたっぷりと……。
うかつに触れれば重篤な火傷を負うほどの毒が満ちている。
「まあいいよ、お前は本当に厄介なやつだ」
「嬉しいな、そんなふうに認めてくれて」
「最初から認めてるさ――あの晩、お前にしてやられてからな!」
ゆっくりと銃を引き抜いて構え、一歩、二歩と後ろに下がってゆくタイガ。
『アヤネ!来るぞ!』
(うん……わかってる)
どぱんっ!と音を立て、アヤネの胸をめがけて魔銃が火を吹いた。
「だからもう、出し惜しみはナシだ。 赤字覚悟で確実にブッ殺す!」




