ep3 禁断の果実の味
『間に合え、間に合え――!!』
強くそう願いながら【防護壁】を意識のなかで構築して弾体に張りめぐらせる。
自らの身にまとう衝撃をどうにか少しでも軽減させたい。
自分を守るためではない、アヤネの命が絶たれるのを防ぐため……。
仮に今、アヤネが命を取りとめたとしても結末は同じかもしれない。
それでも、俺の手で優しく勇敢な少女の未来を閉ざす運命だけは塗りかえたかった。
魔法力はまったく足りない計算だったのだが、どんな奇跡が起きたのだろう?
虹色の防御壁が弾体を包み込んで制動をかけ、急速に発射の衝撃を減じてゆく。
側面から逃した衝撃がアヤネの傷を広げたのか、彼女の悲痛な叫びはむしろ大きくなったような気もしたがそれでも術は決して無駄にはならなかったのだろう。
結局『俺』は彼女のドクドクと波打つ急所、そのギリギリ手前で制止。
そして、それから程なくして俺の頭のなかに。
--封入された魔法力が足りません。術式の発動をキャンセルします。--
--封入された魔法力が足りません。術式の発動をキャンセルします。--
--もう一度弾体内部を確認してください。--
--暴発を防ぐため機能をロックします。--
先程少女二人の体内をかき回し死に至らしめた凶悪なエンチャント。
その不発を告げる魔法文字のメッセージが浮かび上がる。
(ふぅ……。)
とりあえず少女の死を少しばかり先延ばしすることはできたのだろう。
俺はゆっくりとため息をつく。
さて、これからどうするか。
そう思いながらふっと緊張が解けた矢先――何か温かいものが自分の中に流れ込んでくるのを感じる。
そして、次に押し寄せてきたのは激しい快感。
血と肉、脂肪の混じった甘い味。
それは、アヤネの若い生命力そのものを内側から吸い上げる味といっても良いのかもしれない。
例えるなら寒い冬の日に温かい布団にくるまったままレアステーキを貪り食うようなそんな感覚。
恐らくこれは「銃弾」として与えられた本能ということだろう。
だが頭では理解していても嫌悪感を禁じ得ない。
吐き出さなければ俺は俺で、ヒトのままで居られなくなる。
しかし、そんな精神的抵抗も虚しく二口目をどうぞとばかりに再びアヤネの中から無理やり取り出されて、硬く閉じた俺の口に押し付けられる味。
……!?
なんだろう、この味に俺は心当たりがあるような気がする。
昔の俺にはごく当たり前のようにあったもので、そして今の俺に全く無いもの。
そう、この感覚は……。心当たりがある、試してみるか。
無詠唱で【鎮痛】を発動、対象として俺の体を包んでいるアヤネの体を選択。
術は確かに発動したのだろう。
けだるさにも似た久しぶりの、独特の感覚が俺を包む。
そして、それと同時にアヤネの苦悶の喘ぎ声が徐々に小さくなっていき……やがて消える。
……やはりか。先ほどの味はたぶん新鮮な魔法力の味。
つまり一度枯渇した俺の魔法力が回復し、再び術を発動できるようになったということ。
ひょっとしたら先ほど【防護壁】が発動したのもこれが原因かもしれない。
そして、その理由もなんとなく検討はつく。
("生贄魔術"……。)
人間の魔法力は臓器、特に心臓に強く宿る。
これを使って大気中のマナを起爆し、魔法を用いるのは先ほど思い返した通りだが実はこれは術者本人の魔法力でなければならないというわけではない。
直接、接触していれば他者の臓器から魔法力を吸い上げて使うこともできる。
そして、かつてフューザンが別の名前で呼ばれていた頃は奴隷制もあった。
つまり――。
大昔には奴隷の腹を割き、取り出した臓物を魔術の触媒に――。
若返りなどの大規模な儀式魔術に用いるような輩も珍しくなかったのだ。
特に、この用途には目や髪の赤い処女の奴隷が好まれ、高く取引された。
そのような娘は魔法力が高いとされていたからだ。
無論今ではそんな野蛮な術は禁止されている、されているはずだが……。
【"生贄"としての値段はたぶんわたしが一番高いはずだよ。】
先程、処刑される前にそう言っていたアヤネの言葉
それにこの部屋に居た少女たちの髪や瞳の色が何色だったか――。
振り返れば、振り返るほど……もうイヤな予感しかしない。
ともあれ、心臓にごく近い場所に打ち込まれたことで俺はアヤネの魔法力を用いて魔術を使えるようになったようだ。
さすがに今この場で、重傷を負った彼女の体を使って戦うのは無謀かもしれない。
だが、それでもできることは、俺の手札は一気に増えた。
本当に非道なシステムだが今だけはありがたい。
この状況をうまく使えばアヤネをこの死地から救い出すことができるかもしれない。
たとえば、どこか安全なところまで連れて行き、その後は医者に治療を頼む。
そしてアヤネが元気を取り戻したら警備局に通報――。
このイカレた奴等を調査させるのだ。
自分の身に起きたことも気になるがアヤネが死んでしまったら今度こそ身動きが取れなくなる。
それに俺はこの街の捜査官であり、そしてアヤネは守るべき市民なのだ。
自分のことは後回しにしよう。
【隷属紋】を利用して、奴隷少女の生贄を扱っている組織など――!
闇が深すぎてヘドが出そうになる。
地素魔法で建てた高層ビルが立ち並ぶこの時代に……いったい何百年前の原始人なんだ?こいつらは。
だが、これだけ派手に動いている相手ならこちらもすぐに尻尾を掴めるはずだ。
俺は魔銃の手入れを熱心に行っているタイガのほうを心の眼で睨みつける。
そして、組織への憎悪を燃やしながら……ひとまず男の目をかいくぐりアヤネをこの場から脱出させる方法、それだけを考えることにした。