ep21 その恩恵(チート)は何のために
図書館から少し離れたビル街の一角。
そこでアヤネは一体の魔獣と戦いを繰り広げていた。
相手はオオトカゲが魔石を飲み込み、より大型に変異した魔獣ハウリザード。
ぬるりとした俊敏な動作と強い筋力を併せ持ち、その尻尾の力は絶大。
たとえ一振りでも通せばかなりのダメージを受けるのは間違いない。
おまけにその唾液には獲物を衰弱させ、ケガの回復を遅らせる毒を持つ。
だが、そんな敵の尻尾の攻撃をアヤネは危なげなく避け、あるいはいくらか余裕があるタイミングで準備していた【防護壁】で受け止める。
その合間に俺の放った【雷弾】が着実に巨獣の体力を削ってゆく。
良く言えば短期集中。
悪く言えば間に合わせではあったものの俺とユウカ先生が考案した訓練プログラムが効いているのだろう。
アヤネの身のこなしは先週、自分の【防護壁】に頭から突っ込み負傷するヘマをしていたようなインドア少女のものには見えない。
『アヤネ、【雷撃触】を使う。もっと近づいてくれ』
「うん! 分かった!」
ついぶっきらぼうに指示してしまうがアヤネが想像以上にうまく立ち回っているのはよく分かる。
ハウリザードは駆け出しの魔術師が初めての実戦で相手にするには少々レベルの高い魔獣なのだ。
普通なら致命傷とまではいかないにせよいくらか手傷を負って、後ろでいつでも引き金を引けるよう魔獣に向けて魔銃を構えているユウカ先生にバトンタッチしていたとしても決しておかしくはない頃合いだ。
剣や魔銃といった武器戦闘のテストこそ落第点だったものの戦いの空気の流れはアヤネなりの感覚で掴み取っているのだろう。
やがて、一歩、また一歩と攻撃を防ぎながら着実に距離を詰め遂には戦いの主導権をもぎとったアヤネに一発逆転を狙おうと勢いよく振り下ろされたハウ・リザードの毒顎を。
「【防護壁】!」
わずかに早くその手に展開したアヤネのバリアが防ぎ、そのままがっしりと押さえ込む。
「タマさん、お願い!」
『任された!』
出番を今か今かと待ちわびていた俺の【雷撃触】……その電光がアヤネの利き手である左手を通じてハウ・リザードの頭蓋に流れる!
【雷撃触】――術者に接触した対象に雷素属性のダメージを与える攻撃魔術。
中級魔法としては高い威力、短い準備時間も嬉しいがそれ以上にありがたいのはこの術は最初から接触射程用として設計されているということ。
地球素子の影響で全ての術の制御可能距離が5分の1未満になってしまったこの時代。
殆どの攻撃魔法は余波に巻き込まれるリスクを計算した上でなければ使えない。
だが、わかりやすい射程が定められているこの術ならそんな事は考える必要はないのだ。
そんな感じでつい先日、魔導書を確認しながら考えたことを思い返している間に雷素の熱が回りきったのだろう。
こんがりと良い匂いを立てながらどうと音を立てて転がるハウ・リザード。
やがてその身体がぐしゃあ、と音を立てて四散しまるで空間の一点に吸い込まれるかのように元々体内にあった魔石に取り込まれてゆく。
それが魔石の力を取り込み、魔獣となった生物の逃れ得ない末路。
「うん、オッケーっすね。アヤネ・ナカノ君、93点」
そう言ってほっとした表情で構えていた魔銃を下ろすユウカ先生。
「えー、100点じゃないの?」
「アヤネさんの将来性に期待してわざと低めに付けたんすよ
あとの7点はもう実戦を繰り返すしかないと思うっす」
採点自体が不服というよりは自分の犯した7点ぶんのミスが気になると言った感じで問い返したアヤネにそう告げるユウカ先生。
「でも焦らなくていいっすよ、自分から危険に飛び込んでいくのは三流
逃げられるときは逃げるのが生き残る鉄則っすからね?」
そう言いながら、よいしょと大きなバッグを持ち上げ、近くの物陰に隠していた大型の魔導バイクのパネルに手をかざし、起動する。
そう、今日俺たちが外に出ているのは単に課外授業を行うためだけではない。
サテライト地区に帰る事となったユウカ先生を見送る為でもある。
「アヤネちゃんの左胸の傷、もう心配は要らないっすよね?ボディガードもタマさんが居るっすし」
「うん……」
数日前、ユウカ先生から出た話にアヤネはすぐ首を縦に振る事はできなかった。
無理もないだろう。
ユウカ先生が帰ってしまったらアヤネはこれから先、危険な廃墟街の図書館で一人で暮らしていかなければならない。
『俺』が居るとは言ってもアヤネが直接目で見られる存在ではないのだ。
当然、心細くもなるだろう。
だが、少し悩んだ末に彼女はその話を了承した。
そしてそんな流れを経て……。
今、ユウカ先生とアヤネ、二人の女魔術師はここに居る。
「死んじゃったらそこまで、今後の成長は一切ないんすからね?」
サドルにまたがりながら手を振るユウカ先生。
「じゃ、ホント気をつけてくださいっす!」
「うん!大丈夫。ユウカ先生こそ帰り道に気をつけて」
「大丈夫、この子相手にぶつかってくる物好きはそうそう居ないっすよ」
おじぎで返すアヤネ。
「本当にありがとうございました。」
「ううん、またそのうち遊びに行くっすよ!タマさんに頼んでたあの本の続き、読みたいっすしね!」
そして、その間にも【生命探知】を辺り一面に掛けて誰か招かれざる客が他に潜んでいないか注意深く確認する俺……
大丈夫、他の魔獣やタイガ達、そのほか不審な気配はない。
ピィィィィッ!と特徴的な魔導エンジンの駆動音を立てながらバイクが発進。
どんどん小さくなってゆくユウカ先生の後ろ姿。
『いいのか?アヤネ。』
「ん、ずぅっと居てもらうわけにもいかないしね」
たぶん不安を感じているのはアヤネだけではない、俺も同じなのだろう。
『人間だから怖い……か』
「どうしたの?タマさん」
『いや、なんでもない……』
――人間だから怖くて、人間だから苛立って、人間だから一人じゃ居られない。
ユウカ先生に先日言われたことを思い出す。
「それに昨日も言ったけど一緒に行ったとしてもかくまってもらうわけにもいかないよ。ユウカ先生は良い人だけど、だからこそ……迷惑はかけたくないんだ」
『そうか』
心の中でひとつうなずく。
実は昨晩、アヤネが寝ている間に先生から連絡先を書いたメモをもらっている。
食事処――アジラメシ
もしどうしても困ったことがあったら、あるいはアヤネが身体に何か変調を感じたらサテライト地区にあるここを尋ねて欲しい。
熟練の探索者パーティーが出入りしているこの店にタイガ達がおいそれと手を出すことはたぶんない。
食費や宿泊費は高いがシェルターにある110年モノの缶詰をいくつか売れば十分なはずだ、と。
しかし先程のアヤネの反応を見る限り、このメモに頼る事は当分はないだろう。
本当、どこまでも優しい少女だと思う。
その優しさはこのゴミみたいな時代では弱さや脆さといった敵を利する欠点になるかもしれない。
だが、俺は彼女には少しでも長く、その勇気と優しさを忘れず自分らしく生きていってほしいと思っている。
それは初めて会ったあの夜からずっと変わらない。
きっと彼女にひとりの身で二つの術を操る天恵が与えられたのもその為だろう。
『帰るか?』
「うん、また新しい魔法の勉強しなきゃ」
『ちゃんと訓練もするんだぞ』
「うう、もう今日は疲れたよ!」
まあ、今日ぐらいは訓練を免除してもいいか。
はじめての実戦でアヤネは心身ともに疲れているのだろう。
……魔法の勉強なら疲れていてもできるのか?
そう思ったがあえて考えないことにした。
きっと彼女にとってはもう趣味みたいなものなのだろう。
【爆裂火球】辺りの上級魔法にもそろそろ手が届く頃合いかもしれない。




