ep2 そして凶弾は放たれた
「クソッ!!」
本来パフォーマンス用の殺傷力など殆どない術。
だが、そんな術も使い方次第では護身用として十分通用するということか。
肉体ではなく感覚に与えられたダメージの大きさに思わず膝を付くタイガ。
「ごめん、アヤネちゃん……!」
それと同時に部屋の奥でちぢこまり、震えていた少女たちがいっせいに――。
近くのガラス窓を目指して駆け出した!
窓が砕ける音と共につぎつぎと外に広がる夜の闇へと飛び出してゆく。
何とか顔を押さえながら復帰したタイガが窓のほうに向けて三発の銃弾を打ち込んだものの。
「させないよ!」
そのいずれも部屋の窓の前でまだ躊躇していた仲間達を守るようにアヤネが展開した防御魔法を――。
【障壁 】の魔法陣を砕くことも、貫通することもできずに終わる。
「アヤネさん、ありがとう」
「うん、元気でね。また会えたら……」
程なくして最後まで留まっていた少女がそう言葉を交わして
アヤネのほうに向けて深々と頭を下げ、窓から飛び出してゆく。
「魔術師が混じってるなんて聞いてねぇ!」
タイガが叫び、そしてその声にふふんと笑みを返すアヤネ。
自分に殺意を向ける男を前に不敵な娘だ、いや。
(これは、無理をしているだけだ――)
よく見ると彼女の手足が小刻みに震えているのが分かる。
本当は怖いのだ、恐怖で心を押しつぶされそうになりながら
それでも彼女は仲間を全員逃がしてそして自分はこの場に残り……。
いくら初級魔法とは言え【障壁 】をあんなに長い時間張っていれば魔力の消耗だって決して軽くはないはずだ。
そんな俺の心配をよそに最後の仲間が夜の闇に消えたのを確認した後、やはり魔法力の残りが心許なかったのだろう。
いそいそと【障壁 】を解除しタイガに向けて右手のナイフを投げつけ
自らも窓から飛び出そうとするアヤネだったが……。
「痛!」
駆け寄った窓の前で唐突に右の太股を抱えてくず落ちる。
ぼぉぉぉと彼女の太股の内側で鈍く光っているのは【隷属紋 】。
赤い魔法陣が禍々しく浮かび上がり、空気中の炎素を荒々しく取り込んでゆく魔力の流れ。
そして、その熱に体内から焼かれて苦しむ彼女の表情がはっきりと見えた。
そんな苦痛にうめくアヤネを見下ろしながらゆっくりと歩を進めてゆくタイガ。
先程の彼女の投擲で出来た頬の傷、そこから一筋の血を流しながら。
「できたらあの子達は追わないであげてほしいな
代わりに、わたしのことはどうなってもいいからさ」
もう逃げられないと覚悟したのだろう、そう言いながらその場にぺたんと座り直すアヤネ。
「ケイジのところに連れ帰ってもいいよ?
生贄としての値段はたぶんわたしが一番高いはずだから、さ」
ケイジというのは……恐らくタイガの雇い主のことだろうか。
強がる表情を見せながらそう言い放つアヤネの両目には、しかし涙が浮かんでいた。
恐らく【隷属紋】の赤熱、それが生み出す痛みだけが原因ではあるまい。
きっと彼女が自らの置かれた状況、それが意味することへの恐怖に耐えきれなくなったからだろう。
そう、アヤネは遠からずその短い人生を終える。
そして彼女自身もそれを理解し、たぶん覚悟している。
彼女の末路についてまだ定まってないことがあるとすれば……。
死が訪れるのがこの部屋の中か、それともケイジとやらの前に引き出され"生贄"とやらになった後になるのかそれぐらいだろう。
何か……何か無いのか!
――勇敢な彼女のためにしてやれることはないのか。
実は俺も先ほどからただアヤネ達の様子を観察していただけではない。
最初の女性が撃たれた後から色々な系統の攻撃的な術をこっそりタイガに試している。
最も得意な【情報系】はもちろん、他にも【元素系】、【精神操作系】
それに不得意ながら【生命操作系】。
だが、どの術もタイガの蛮行を止めるどころか発動すらしない。
一番自信のあった元素系の攻撃魔術【雷弾】でも同じ。
そして、その度に俺を襲うのはまだ魔術の制御が未熟だった学生時代によく味わった懐かしい感覚……魔法力不足。
よくよく考えてみれば当然のことかもしれない。
大気中のマナを起爆させる魔力は人間の臓器、特にその大半は心臓に宿っている。
つまり、この金属の体に魔術を何度も放つほどの魔法力が在るはずもない。
それに『俺』を使う側の人間にとってはその必要もない。
体内をえぐる為の【旋風】一発分の魔力が封入されていればそれで十分なのだ。
そして俺は昨晩この体になってから自分に起きたこと、周囲の状況を確認するために既に魔術を何度も使ってしまっている。
きっとそれで製作時に込められた魔法力を既に使い切ってしまったのだ。
そうしている間にもタイガはアヤネのすぐ前まで近づいていた。
両目を閉じて、左手で十字を切る地球教のやりかたで祈り――。
そして壁に力なくもたれかかる少女の前にひざまづき、一度は頭に向けた銃口を左の柔らかい乳房に銃口を押し当てる。
それはたぶん、彼女を一人前の"魔術師"と認めた上での処刑の手順。
銃の中に込められた魔弾は残り一発……。
つまり、この引き金が引かれた瞬間、『俺』は飛び出してアヤネの胸の中をぐちゃぐちゃにかき回し、そして恐らく確実にこの相手を殺すことになる。
そう、この勇敢な魔術師の少女を――。
「一発で終わらせてやる」
その言葉の真意は今までさんざん見せてきたケチ臭さによるものだろうか?
それとも自分をここまで手こずらせた相手に対する彼なりの敬意だろうか。
それは俺にはわからない、わかりたくない。
「ありがとう
ここでなら、一人で死ぬ必要も、見世物になる必要もないしね」
その言葉にアヤネは左右に転がっている二人の少女の亡骸に交互に目をやった後目を瞑りながら返す。
もう何もこの世のものを見たくない、苦しまないように早く終わらせて。
そう言わんばかりに――。
「勘違いするな!」
先ほど出来た頬の傷をさすりながら、しかし落ち着いた口調でタイガ。
「貴様をヤツのところに連れて帰ったら、何するか分かったもんじゃない」
むしろその顔にどことなく笑みすら浮かべながら彼は引き金を引き――
ぷしゅんと響く軽い音、そしてまるで背中を思い切りハンマーで叩かれたような強い衝撃とともに『俺』が勢いよく前に放たれる!
「っっん!!」
タイガの狙い通り、『俺』はまだ膨らみきっていない少女の柔らかい左胸に着弾。
『俺』の弾体はアヤネの挙げた苦悶の声に構うことなく、ずぶずぶと脂肪と肉の層を突き進んでゆく!