87.整理
~10日前・執務室~
俺は怜琳を医者に連れて行ったあと、執務室へ向かった。
黒綾殿と話し合いをするためだった。
冷静になった今となっては、殴ってしまって申し訳ないことをしたと感じている。
だが怜琳に触れたことは許すつもりもなかった。
「兄さん、怜琳殿の具合はどうだった?」
部屋に入ると水覇に怜琳の様子を尋ねられた。
水覇の横には黒綾殿が座っていた。
他にも、ムツリ、サイガが一緒に部屋に居た。
「足の骨には異常はないが・・・・全治1ヶ月だそうだ」
「そう・・・。ひとまず、怜琳殿の事は置いといて、問題は兄さんと黒綾殿だ。何でああなった?」
「僕が・・・。怜琳殿に好きだと伝えたんです。それで・・・思わず抱きしめてしまいました」
「それを見た俺が、頭に血が昇って黒綾殿を殴った」
「なるほど。黒綾殿、ウチの国では婚約している女性に触れるのはタブーなんだ。それは知っているよね?」
「・・・・。はい知ってます」
淡々と話す黒綾殿。いつもの笑顔はない。当然だが・・・。
だが悲観している様子もない。落ち着いていて、何か覚悟のようなものを感じた。
「さらに、兄さんの婚約者だ・・・。触れればどうなるかは想像できただろう?」
「申し訳ございません・・・・」
「兄さんも!黒綾殿が触れたといはいえ、殴るのはよくない!」
「ああ。分かってる。黒綾殿、殴ってすまない・・・」
「あ・・・。いえ。僕がいけなんです。自分で自分を抑える事ができなかったので・・・」
「そうか・・・」
しーん。と部屋中が静まり返った。執務室がこんなに静かになったのは初めてだ。
「黒綾殿はしばらく部屋で謹慎し、怜琳殿との接触を絶ってもらう」
「分かりました」
「水覇。仕事は今まで通り黒綾殿にしてもらいたいんだが」
「え?本気で言ってるの?兄さん」
「ああ。本気だ。黒綾殿がいたほうが仕事が捗る」
「それはそうだけど・・・」
今ここで、彼を謹慎処分にするとそのまま会えない気がした。
黒綾殿は真面目だ。自分でこの国を出ていこうとするかも知れない。
それに、彼がいたほうが仕事が捗るというのも本当だ。
「黒綾殿はそれでもいい?」
「僕は言われたとおりにします」
「じゃあ・・・。これからも頼む。黒綾殿。それから怜琳の怪我が落ち着いたら一度、怜琳と話をしてくれ・・・」
「あ・・・。はい・・・ありがとう・・・ございます」
それだけ言うと緊張の糸が切れたのか彼は下を向いて泣き出した。
きっと怜琳とは会えないと思っていたんだろうな・・・。
それくらいの覚悟で告白したのだと感じた。
怜琳が言っていたとおり、黒綾殿はいい子だ。
明るくて真面目で、人と接することにも長けていておまけに仕事ができる。
なにより、怜琳が追い出さないで欲しいと言っている。
彼には嫌でもいてもらうしかない。
「雷覇殿、本当にありがとうございます!」
黒綾殿が真っ直ぐこちらを見つめてくる。
真っ赤な燃えるような瞳で。
だが彼がどれだけ真剣なのだといしても、怜琳を譲る気はない。
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
「はい!じゃあこの話はこれで終わり!黒綾殿は早く手当を受けておいで」
水覇が、パンと両手を叩いて指示をした。
黒綾殿は怪我の治療でそのまま部屋を出ていっった。
「それにしても・・・兄さんのその怜琳殿に対する執着はどうにかならないの?」
「どうにかなってるなら、こんな事になっていない。怜琳の事になると冷静ではいられない」
「実際にどうにかしないとヤバいぞ?お姫様、黒綾殿が殺さるって言って凄い勢いで助けを求めてきたからな~」
サイガに言われてドキリとした。
「そうか・・・」
怜琳に見られた・・・。俺が本能を解放しているところを・・・。
戦場ではないから全開ではないが、それに近い殺気をだしていた。
さっき抱きかかえた時、怜琳は震えていた。元に戻ってよかったと言って。
それほど彼女を怯えさせてしまった。彼女には見せたくない部分だった。
「一国の王としてはあるまじき行為です。水覇様のように常に冷静に行動していただかなければ!」
ムツリにも釘を刺される形で言われた。彼らの言う通りだ。
怜琳の事になると何も聞こえない。周りの事が見えなくなる。
この感情をどうコントロールしていいか自分でも分からない・・・。
コントロールできるまで、あまり怜琳には触れないでおこう。
俺はそう決めた。きっと彼女も嫌だろう。こんな俺に触れられるのは・・・。
「すまないムツリ。今後気をつける」
「やけに素直ですね・・・。ですが心がけて頂けるのは良いことです」
「そう言えば怜琳殿はなぜあんな怪我を?」
不思議そうに水覇に尋ねられた。
「部屋を出るために隣の部屋のテラスに飛び移ったそうだ。その時に着地に失敗して挫いたと言っていた」
「はー。凄いな!怜琳殿の行動力は。普通の王女様なら泣き寝入りするところだね」
「まぁ。お姫様が来てくれなかったら、黒綾殿は死んでたかも知れないっすね~」
「夏陽国滞在中に怪我をさせてしまうなんて・・・。大失態ですよ」
痛々しく腫れ上がった怜琳の足。俺を止めるために必死になって走って
助けを呼んだからああなった。見るたびに胸が苦しくなる。
部屋に閉じ込めるのではなかった・・・。
怜琳は、骨が折れてないだけマシだと言って笑ったが・・・。
でも・・・。とも思う。これで怜琳はしばらく動けない。
彼女の部屋に留めておけば誰とも会わない。もちろん黒綾殿にも。
自分の手元に閉じ込めることが出来てよかったと思う自分もいる・・・。
醜い感情だ。誰かをこんなに好きになるとこんな気持になるのか?
俺がおかしいのか?怜琳が好きでたまらない。誰にも触れられたくない。
「秋唐国には俺からお詫びを入れる」
「そうだね。兄さんから伝えたほうがいいだろうね。今回のことがきっかけで、婚約破棄されない事を祈るよ」
「・・・・」
その可能性も十分ある。一国の王女に怪我をさせたのだ。
俺が逆の立場なら相当怒り狂ってただろう。そこは覚悟しておく必要があるな・・・。
俺は自分の手を握りしめた。力を入れすぎて爪が食い込み血が滲んでいた・・・。
部屋に戻ると怜琳は静かに寝息をたてて眠っていた。
俺は彼女の髪に触れた・・・。サラサラと手を滑り抜ける怜琳の髪。
薬が効いているのか怜琳はよく眠っていた。
テラスを飛び移ったと聞いてゾッとした。彼女の部屋はかなりの高さがある。
一歩間違えていれば死んでいたかも知れない。
絶対にそんな事になってはいけない・・・。俺自身が自分を律しない限り、
また怜琳は俺を止めるために無茶をするだろう。
彼女の寝顔を眺めながら、しばらく彼女との距離を空けようと決めた。
~現在~
怜琳と距離を空ける・・・。あまり触れず過ごそう・・・。
そう決めていたのだが・・・。
「ね?お願い!雷覇が抱っこして連れて行って!」
可愛らしく両手をあげて怜琳にお願いされた。
何なんだ!?この可愛い生き物は!!
抱っこして?とか・・・。彼女が甘えてくるのは珍しい。
しかもかなり密着することになるのに・・・。嫌じゃないのか?
「わかった!今すぐいこう!」
「やった~。ありがとう!雷覇」
俺はすぐに怜琳を抱きかかえて、庭園へ向かった。
彼女が俺の首にすり寄ってくる・・・。どうしたんだ?怪我をしているからか?
かなり動揺した。怜琳を落とさないように、抱きかかえるので精一杯だった。
「大丈夫か。怜彬。痛くはないか?」
「大丈夫よ。あっ!あっちの木の下へ行ってくれる?」
「わかった」
俺は彼女の指示通り、大きな木の下へ向かった。
庭園へ出れたのが嬉しいのか、怜琳はニコニコしている。
彼女を木陰の下にそっとおろした。
「雷覇はどう?外はきもちいでしょう?」
「そうだな・・・。風が心地良いよ」
「でしょ?ここでお菓子を食べたらもっと素敵だと思わない?」
「よし!すぐに持ってこさせよう!」
「わーい!ありがとう!雷覇」
怜琳の希望なら何だって叶えよう。
この前まで、彼女との距離を空けようと決めていたのに一瞬で俺の決意は崩壊した。
こんなに・・・。意思が弱かったか?
そう思いながらリンリンに頼んでティーセットを持ってきもらった。
「怜彬。どのお菓子がいいんだ?」
「うーんとね、その丸いの!」
「これだな!はい」
「雷覇が食べさせて。あーん」
「えっ・・・!いいのか?」
怜琳が口を開けて、俺に近づいてくる・・・。
ヤバい・・・・。凄くかわいい・・・。怜琳は甘えるとこんな感じなのか。
普段は俺のほうが彼女に甘えてしまうことが多い。
怜琳が俺に何かを要求してくれることが嬉しかった。
美味しそうにクッキーを頬張る怜琳。ああ。どれだけ見ていても飽きないな・・・。
俺は彼女の好きそうなお菓子を次々に運んだ。
「あー!美味しかったぁ。お外で食べると美味しく感じるわ」
「そうだな。怜彬が喜んでくれてよかった。また明日もここに来よう!」
「いいの?」
「ああ。スケジュール調整して時間を作るよ」
「嬉しい!雷覇!ありがとう!」
眩しい笑顔で笑いかける怜琳。彼女が喜んでいてくれてよかった。
それに・・・。俺を怖がっている様子もない。いつも通りだった。
むしろ甘えてくる分、距離が近い感じがした。良かった・・・。
彼女に嫌われていない・・・。俺はひっそり、胸をなでおろした。
お菓子を食べ終わったあと、怜琳がこれからも俺にお世話されたいと言ってきた。
・・・・。嬉しかった。彼女のためになるのであれば、お世話でも何でもしよう。
怖がらせた分、せめて自分にできることを最大限したいと思った。
その後怜琳から、別邸で過ごしたいと持ちかけられる。
炎覇の思い出に浸りたいのかと思ったが、そうではないらしい。
別邸の方がゆっくり過ごせるということだった。確かにあそこならあまり人も来ない。
怜琳と2人きりで過ごすには丁度いい場所だった。
俺は怜琳を抱きかかえて部屋に戻る道中、別邸でどう過ごすか思いを巡らせた。
思わず顔がほころぶ。強張った心が解けていくような気がした。
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