59.双璧
久ぶりに見た兄は酷くやつれて見えた。
悲壮な面持ちで、僕を見る兄。
何と声を掛けたらいいのか分からない…。
「元気そうだね…。黒綾…」
弱々しい声で話しかけられた。
それだけで、僕はもう泣きそうだった。
「兄上は…。少しやつれましたね…」
「ここ数週間でいろいろあったからね…」
僕は落ち着こうと思いお茶をすすった。
怜彬殿が入れてくれたお茶だ。
「今日は兄上に聞きたいことがあってきたんだ」
内臓が出そうな感じをグッとお腹に押しとどめて話す。
兄をじっと見つめる。兄も僕を見ていた。
同じ赤い瞳で…。
きちんと向き合おう。ちゃんと話そう。僕はそう思って兄に話しかけた。
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~3時間前~
「皆さん!あと少しで黒秦国の黒爛殿が来られます。打ち合わせ通りお願い致します」
「はい!!」
ムツリがわたしたちに呼び掛ける。いよいよ今日が取引の日だった。
実際に取引しているように見せかけて、黒爛殿と
黒綾殿を引き合わせる作戦だった。
緊張した様子で立っている黒綾殿。
お兄さんとは今はうまくいっていないようだけど
これをきっかけに仲良くなって欲しい…。
わたしの役目はわざとお茶をこぼして、雷覇に怒られる役。
そして雷覇と部屋を出ていって
黒綾殿と黒爛殿を二人きりにするという内容だった。
できるかしら…。打ち合わせは何度もしたし練習もたくさんした。
タイミングは雷覇が、合図してくれるから大丈夫!
わたしはグッと手を握って気合を入れた。
黒秦国からくるのは、黒爛殿と
先日使者として訪れていた、テンリだった。
国の代表として訪ねてくるにしては少ない人数だったが
事前に、こちらの密偵と打ち合わせをして決まっているようだった。
密偵を送った次の日、すぐに黒爛殿から返事があった。
ぜひ、内密に弟と会いたいとのことだった。
やっぱり、雷覇が予想していた通り元々、黒綾殿を
殺す気はなかったみたい!本当に良かったわ…。このやり取りが嘘なら
話は別になっちゃうけど…。そうだとしたら、そうとう腹黒よね!!
基本的にはこちらの指示に従ってくれることになったから、話を進めやすかった。
あとは、受け入れの準備をして、二人を引き合わせる。
それで、今回の作戦は成功になる。あとは黒綾殿がうまく
話をしてくれれば完璧だ。
「黒綾殿。大丈夫?何か飲む?」
「…。ありがとうございます。怜彬殿。でも大丈夫です」
緊張した面持ちだったが、声のトーンは落ち着いていた。
もう向き合うと決めているのね…。だったら心配はいらないだろう。
あとは到着を待つばかりとなった。
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~現在~
「本日は、わざわざお越しいただき感謝する」
「こちらこそ、貴重なお時間を頂きありがとうございます」
雷覇と、黒秦国の第一王子、黒爛殿が挨拶を交わす。
彼はルビーのような綺麗な、切れ長の瞳で、髪の毛も真っ黒でサラサラ。
黒綾殿によく似ていた。
黒綾殿が大人になったら、きっとこんな感じになるだろうなって思った。
「単刀直入い言う。黒綾殿をどうされるおつもりか?」
雷覇が、相手の目を見据えて言い放った。
黒綾殿は今、別の部屋で待機している。
いきなり襲われないとも限らないからだった。
「…。あの子は無事なんですね?」
静まり返った湖のような静けさで、黒爛殿が問い返す。
「もちろんだ。こちらで保護している」
「ありがとうございます…。本当にありがとうございます!」
ぐっと息をつまらせ肩を震わせながら、黒爛殿が話す。
やっぱり!黒綾殿のことを殺すつもりはないんだわ。
ホッと息をついた。こればかりは、本当に相手の様子を見ないと分からなかった。
「なぜ、拉致して我が国に連れてきた」
「あの子を守り逃がすためでした…黒秦国にいては私の勢力に潰されてしまう…。そう考え密かにあの子を逃しました」
「本当に、黒綾殿を殺す気はないんだな?」
鋭い目つきで雷覇がさらに問いかける。
緊迫した雰囲気が部屋に広がる。
「誓ってありません。雷覇殿の近くにいると聞いたたため
使者を立てて取引を持ちかけました。ひと目でもあの子に会えたらと思ったからです…。」
雷覇の鋭い殺気にも怯むことなく黒爛殿が答える。
「そうか…。ならば、こちらもわざわざ小細工する必要ないな…。怜琳」
「はい!」
雷覇に呼ばれてすぐに黒綾殿を
連れてくるようにと言われていることが分かった。
彼は信頼できると判断したのね!!わたしは、急いで隣の部屋に行った。
「黒綾殿…。お兄さんが隣の部屋で待っているわ…」
「はい…」
落ち着いた様子で黒綾殿が隣の部屋に向かう。
わたしも一緒に付いていった。
ついに、黒綾殿と黒爛殿は再開を果たしたのだ。
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手に凄い汗が滲んで出てくるのが分かった。僕はものすごく緊張していた。
怜琳殿には、心配かけまいと平静を装っていたけど
内面では、またあの冷たい目で見られたらどうしようとそればかり考えていた。
部屋に入ると、兄と雷覇殿、テンリがいた。
久しぶりに見た兄は凄くやつれていて、憔悴し切っているのが分かった。
その時すぐに思った。この人は僕を殺す気はないのだと。
「元気そうだね…。黒綾…」
最初にそう声を掛けられて、泣きそうになる。
いつもの優しい兄の声だった。
「兄上は…。少しやつれましたね…」
「ここ数週間でいろいろあったからね…」
そう言いながら、向かい合う形で椅子に座った。
「何かあればすぐに呼んでくれ。隣の部屋にいる」
そう言って、雷覇殿達は部屋を出ていった。
怜琳殿が、リョクチャを入れて出してくれる。
僕は落ち着く為に、一口飲んだ。とても美味しかった…。
彼女は、ユノミを置く際に僕に微笑み掛けてくれてそのまま部屋を後にした。
頑張れと言ってくれている気がした。
「今日は兄上に聞きたいことがあってきたんだ」
ぐっと手を握りながら勇気を振り絞って話し出した。
緊張で、朝食べたものが口から出てきそうだった。
「兄さんは…。僕を恨んでる?」
直球で尋ねた。兄にも真っ直ぐに答えて欲しかったからだ。
「恨んでいるはずがない…。君は僕の大切な弟だ…」
弱々しく微笑みながら兄が答えた。
思わず、瞳から涙がこぼれた。恨んでいなかった…。
僕のことを嫌ってない…。
「じゃあどうして、誘拐なんてしたの?僕を殺す…つもりだったんでしょ?」
「黒綾にそう思われても仕方がない。君を守るためにはああするしかなかったんだ」
「僕を…守る?」
「そうだ…。僕は僕を国王に据えようとする勢力が君の暗殺を企ててる情報を掴んだ、だから急いで君を国外へ逃した」
「そんな…!!だったら一言…言ってくれてもよかったじゃないか!!」
僕は思わず兄を詰った。言って欲しかった。ちゃんと…。
兄の口からどうしてそんな事をしたのか聞きたかった。
「すまない…。言えば僕と黒綾が繋がっていると知られると思ったんだ。そうなるのはとても危険だったんだ」
兄がだんだん悔しげな表情になる。
「…」
「この計画はあくまで僕が主導で行う必要があった。そうしないと君が殺されるのは時間の問題だった」
思い詰めた表情で兄が話し出す。とても苦しそうにその表情は歪んでいた。
あの誘拐が兄の本意では無いことがよく分かった。
「黒綾を誘拐して、殺すと見せかけて夏陽国へ連れていけば、助かる可能性はある。そう思ってテンリに手配させた」
「兄さん…」
「本当にすまない…。でも君が殺されるくらいなら、どこか別の場所で生きていて欲しかった」
兄の声も震えだす。俯いてはいるが泣いていると思った。
「じゃあ、もう一つ教えて…。どうして急に冷たくなったの?」
僕が一番聞きたかったことだった。ある日突然、兄に避けられるようになり
いつもなら優しく微笑んでくれるのに、目も合わせてくれなくなった…。
悲しかった。辛かった。理由が全くわからず、聞いても冷たくはねのけられるばかりだった。
「…。僕と一緒にいれば、僕が黒綾の足を引っ張ると思ったからだ…」
「足を引っ張る?…なぜそんなこと…」
「黒綾…。君は君が思っている以上に優秀だ。頭の回転も早く、物事の全体をよく見ている。僕には出来なことだ…父が君を次期国王に任命したのもよく分かる」
「そんなことない!!兄さんのほうが優秀だ!文武両道で誰よりも努力している!国王に相応しいのは兄さんだ!!!」
「確かに…。武術も学術もできる。でもそれと国を担うことは別物だ。僕が傍にいるときっと、黒綾は僕に遠慮して譲ろうとする。それでは君の才能を発揮することはできない。そう思ってわざと嫌われるようにした」
「そんな…兄さんは…そこまで考えて…」
言葉が出なかった。兄はすべて僕のために考えて行動していた。
それを僕が勝手に勘違いしていた。兄に嫌われたと思い込み兄を信じず疑ってさえいた。
僕は自分の愚かさを恥じた。自分ばかりが被害者だと思っていた。
小さい頃から、優しくて誰よりも僕を大切にしてくれていたのに…。
そんな兄を僕は…。
「黒爛…。傷つけてしまって…すまない」
そう言って、兄は立ち上がり僕を抱きしめた。
「兄さん…!!ごめんなさい!ごめんなさい…」
僕は何度も謝った…。兄さんを信じ切ることができなくて
申し訳ないと思った。あんなに愛してくれていたのに…。
「いいんだ。君が無事で生きていてくれれば…それだけで僕は幸せなんだ」
「うぅ…う…」
兄にしがみついて、思いっきり泣いた。何年ぶりだろう…。
剣術がうまくいかなくて、父に叱られた時によくこうして兄に甘えたいた。
兄は優しく抱きしめて、慰めてくれた。大丈夫。大丈夫と何度も背中を擦りながら。
そして今も昔と同じように、何度も背中を擦ってくれている…。
「兄さん…」
「黒綾…。僕は今でも君が大好きだよ…」
「ッ…!!!」
涙が止まらなかった。嗚咽で言葉が出てこなかった。
兄は何一つ変わってなどいなかった。
いつもの優しい声…。いつもの温かくて大きな手…。
僕の憧れで僕の大好きな兄のままだった…。
ありがとう…。兄さん…。ありがとう…。
僕は何度も何度も心の中で叫んだ。
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