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55.暗転


黒秦国こくしんこくの使者が来た…。

どうしていきなり…。じわりと嫌な汗が背中を伝う。

黒綾こくりょう殿の顔色もだんだん悪くなって色味を失う。

ユノミを持つ手が少し震えている。それもそうだ。

兄から命を狙われて、命からがら逃げてきたのだ。


なんの前触れもなかっただけに、ショックも大きいだろう。


黒秦国こくしんこくの使者か…。ムツリお前がでて用件を聞いて来てくれ」


「かしこまりました」


そう言うと、ムツリは部屋を出ていってしまった。

雷覇らいはとムツリは落ち着いていた。


雷覇らいは…。どうして今なのかしら?」


「何かしらの情報を得たのだろうな…。今は相手の出方を見るしかない」


怜彬れいりん殿…僕…」


泣きそうな顔で黒綾こくりょう殿がこちらを見る。

不安でたまらないのだろう。


黒綾こくりょう殿…。大丈夫よ!」


わたしは黒綾こくりょう殿の手をぎゅっと握る。

少しでも彼の不安を取り除いてあげたかった。

流石に雷覇らいはも何も言ってこなかった。


ムツリが戻ってきて、使者が来た理由を聞くと意外なことに

拍子抜けした内容だった。


「新しい繊維を開発したので、軍事用に取引をしたい。とのことでした」


「新しい取引か…」


雷覇らいはは難しい顔をしていたけど、それなら黒綾こくりょう殿とは

関係がなさそうだわ…。よかった…。

わたしはひとまずほっと息をついた。


黒綾こくりょう殿。よかったわね…」


「…」


声を掛けても反応がなかった。どうしたのだろう?


「新しい繊維を開発していたなんて…聞いたことがないんです…」


顔が青ざめたまま、黒綾こくりょう殿が話す。


「えっ?そうなの?」


「俺もそんな情報は聞いたことがない。取引が目的ではないだろうな…」


「そんな…」


じゃあいったい何が目的なのだろう…。

まさか…。まだ黒綾こくりょう殿を狙っているのだろうか?

それなら、なぜ取引を持ち出してきたのだろう…。

相手の考えが分からなかった。


「あの…。使者はどんな人でしたか?」


黒綾こくりょう殿がムツリに尋ねた。


「赤紫色の瞳で、髪の毛は短髪の茶色でしたね。かなり体格のいい男性でした…。

名前はテンリと言っていましたか…」


「テンリが…」


黒綾こくりょう殿の知っている人?」


「はい。兄の従者です…」


黒綾こくりょう殿の顔が緊張で強張って青ざめる。

部屋の空気がより一層重くなった。

お兄さんの従者が来たという事は、黒綾こくりょう殿が狙いだろう。

取引と見せかけて、暗殺する気なのかしら…。


「まだ断定はできないが、黒綾こくりょう殿を狙っている可能性が高い。

まずは情報を集めてからどうするか決めよう」


「そうですね。取引の件は一旦保留として回答期限を1週間にしております」


「わかったわ!わたしも出来ることがあるなら手伝うから言ってね!」


「皆さん…。ありがとう…ございます」


黒綾こくりょう殿は俯きながら答えた。


お兄さんの使者が来て以来、黒綾こくりょう殿はめっきり元気がなくなった。

そんな黒綾こくりょう殿を励ますためわたしは、自分の庭園へ一緒に来てもらった。

部屋に飾るお花を一緒に選んでもらおうと思ったからだ。


黒綾こくりょう殿!付き合ってくれてありがとうね!」


「いえ…。僕で良ければお手伝いします」


黒綾こくりょう殿は笑っているものの、覇気がなかった。

なんとか元気になってほしいな。


「じゃあまず、そこの赤いお花を切ってくれる?それからそれに合うお花を選んでね」


「わかりました…。綺麗なお花ですね」


「そうでしょう!!わたしが育てているのよ」


わたしは褒められたのが嬉しくて、ついいつもの調子で花の説明をしてしまった。


「あっ・・。ごめんなさい!面白くないよね?」


「そんな事ないです!そうですか…。ここの花は怜琳れいりん殿が…」


お花を見ながら黒綾こくりょう殿が何かを考えているようだった。

お兄さんのことかしら…。


「亡くなった母がお花を見るのが好きな人だったの。それで自分でも育ててみたくなって」


「そうなんですか…。それで怜琳れいりん殿もお花が好きなのですね」


「うん!大好きよ!花を見ると元気になるし、草木を見ると落ち着くの」


わたしはいろいろな草木を切りながら、黒綾こくりょう殿と話した。


「…。黒綾こくりょう殿はお兄さんとどうなりたい?」


思い切って聞いてみた。このままではいけない気がしたからだ。


「僕は…。兄さんとは仲良くしたい…です」


「そうよね…。お兄さんが国王になっても?」


「はい。元々僕は、王位継承には興味がなかったんです…」


「そうだったの…。お兄さんとは小さい頃から仲悪いの?」


「いえ…。小さい頃は仲が良かったです。今でも大好きですよ…」


花を見つめがながら黒綾こくりょう殿話す。

とてもせつなそうな顔をしていた。

それでも、ぽつりぽつりとお兄さんの話をしてくれた。


「兄さんは、何でもできるんです…。武術も学術もよくできて、僕よりも統率力もあって

10歳も年上だから凄くかっこよくて…憧れてました」


「そうなの…」


「小さい頃は一緒に遊んでもらったり、剣術を教えてもらいました。僕は下手だったけど

それでも根気強く教えてくれました…。優しい…人なんです…ほんとは」


だんだん、黒綾こくりょう殿の声が震えてくる。

目には涙が滲んでいた。


「僕は…。王位は継ぎたくない…。でも父が俺に譲るって聞かなくて…。

それから兄さんは辛く当たるようになって、目も…合わせて…」


黒綾こくりょう殿…」


わたしは彼の背中を撫でた。必死に涙を堪えている姿が

痛々しい…。大好きな人に嫌われるのはどんなに苦しいだろう。


怜琳れいりん殿…。僕…どうしたらいいですか?兄さんとは争いたくない…」


ポロポロと涙を流しながら訴えてきた。

黒綾こくりょう殿はお兄さんと仲良くしたいのね…。


「今は…。どうしたらいいのか、わたしにも…わからないわ」


「…」


「でも…。お兄さんが本当に黒綾こくりょう殿を嫌っているとは限らないと思うの」


「嫌ってるに決まってる!!僕が話し掛けても、冷たい目で見られる…」


そう言って、黒綾こくりょう殿はわたしに抱きついてきた。

驚いたけど、振り払えなかった。


「どうしたら…。兄さんにわかってもらえるんだろう…。僕は兄さんと一緒にいたいだけなのに…」


黒綾こくりょう殿。わたしにも弟がいるから、わかるの…。簡単に嫌いになったりできない、きっと何か訳があるのよ…」


「うっぅ…」


わたしを抱きしめながら、黒綾こくりょう殿はむせび泣いていた。

きっと、出会った頃から、いろいろな事を溜め込んでいたんだろう。

わたしは黙って彼が泣き止むまで抱きしめていた。


辛いだろうな黒綾こくりょう殿…。

何か彼にできることは他にないのかしら…。

わたしは背中を擦りながら考え続けた。


わたしの様子を見に来た、雷覇らいはに声を掛けられた。


黒綾こくりょう殿は大丈夫か?」


「うん。今泣きつかれて寝ちゃってて…」


黒綾こくりょう殿は今、わたしの膝の上で寝息を立てていた。

まだ18歳だもの…。不安にもなるわ。

子供ではないけど、大人でもない…。


「ムツリを呼んできて運んでもらおう」


「うん。お願い…」


彼の寝顔を見ながら思った。もしわたしと怜秋れいしゅう

こんな事になったら…。考えるだけで悲しくなった。

わたしは女だから跡継ぎの候補から外される。

同性の兄弟だと、そうはいかない。

彼の悲しみは計り知れなかった。


しばらくして、ムツリが来て黒綾こくりょう殿を連れて行った。

黒綾こくりょう殿を見送った後、わたしは

しばらく雷覇らいはと庭園で作業を続けた。


彼が起きた時に、元気なるような花を飾ろう。

ご飯も沢山用意してもらおう…。


怜琳れいりん…。考えたんだが、黒綾こくりょう殿と兄上を極秘で

会わせようと思うんだ」


「え…。そんなことができるの?」


「出来ないことはない。黒秦国こくしんこくに密偵を送ればなんとかなると思う」


確かに、今のままではお互い誤解したまま争うことになる。

黒綾こくりょう殿は後を継ぐ気がない。

そのことが分かれば、和解できるかもしれなかった。


「いいと思うわ!絶対に話して見たほうがいいわよ」


「兄上は、わざと黒綾こくりょう殿を逃したんじゃないかと思うんだ」


「どういうこと?」


「そもそも、夏陽国かようこくまで拉致してくることが不自然だ。

最初から殺す気なら、黒秦国こくしんこくで殺してから、こちらに連れてきたほうが

バレるリスクが少ない。」


確かに…。雷覇らいはの言っていることは一理ある。

黒綾こくりょう殿は自力で逃げてきたって言っていたけど

見張りはいなかったのかしら…。あまりにもずさんではないか?


「もしかしたら、お兄さんが逃してくれたのかしら?」


「その可能性もある。だから確かめたほうがいいと俺は思う」


「そうしましょう!黒綾こくりょう殿はお兄さんが大好きなの。

このままでは悲しいわ…」


雷覇らいは…。ありがとう。ちゃんと考えてくれて」


「いや…。俺は早く解決して怜琳れいりんと一緒にいたいだけだ…」


少し照れくさそうに雷覇らいはが言った。

本当は黒綾こくりょう殿のことを心配しているんだろう。

なんだかんだで、黒綾こくりょう殿と雷覇らいはは仲がいい。


私は嬉しくなって、雷覇らいはの頭を撫でた。


怜琳れいりん…。それはどういう意味だ?」


「なんとなく?雷覇らいはが、焼きもちやかなくていい子だな~って思って」


「流石に…。今回は焼かないぞ…」


ちょっと照れくさいのか、雷覇らいはが顔を隠すようにわたしに抱きつく。

車椅子に乗っているからどうしても、わたしが見下ろす形になる。

わたしはギュッと彼を抱きしめて、頭を撫でた。

やっぱり、怪我してからの雷覇らいははかわいい…。

この前泣いた時といい、雷覇らいは自身もわたしに

飾らない姿を見せてくれてるんじゃないかな。

そうだったら嬉しいな…。

そんな事を考えながら、しばらく2人で庭園で過ごした。


最後までお読み頂きありがとうございます

\(^o^)/

ブックマークしてくださった方もありがとうございます!

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