【番外】ラカンの憂鬱
「ラカン殿。折り入って相談したいことがある」
ある日の午後。神妙な顔をした雷覇様にわたしは呼び止められました。一体、何の用でしょう?全く思い当たる節がありませんでした。何か粗相をしたのではないか?不意にそんな不安に襲われました。
「私でよければ…。相談とはどういった事でしょうか?」
「…。精神をコントロールするにはどうしたらいいだろうか?」
極めて真剣な眼差しで雷覇様が尋ねます。…。精神をコントロール?なぜわたしに?
単純に疑問に感じたので聞いてみました。
「ラカン殿はいつも、感情を表に出さず冷静かつ正確に仕事をこなしているだろう?俺もそうなりたいんだ」
「私の場合は、もともの性格も大きいのですが…」
「頼む!!何とかしないと怜彬と一緒にいられないんだ!!」
なるほど。納得致しました。きっと雷覇様は、怜彬様と一緒にいるたびに冷静さをかいてしまわれる…。そのせいで怜彬様と一緒にいられない。そう考えていると私は推察致しました。
好きな人のために目下のものに頭を下げる…。この人は本当に素晴らしい人だと思いました。
そして、とても怜彬様を大切にされている。
そんな人に愛されている怜彬様…。思えば、彼女を愛さない人などいるのでしょうか?見た目が素晴らしいのはさることながら、天真爛漫で、思いやりにあふれる優しい女性。
一緒にいるだけで、その人の心を明るくし幸せな気持ちにさせる…。怜彬様は最初からそんな女性でした。
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怜彬様と初めて会ったのは私が8歳の時。今から20年以上も前の話です。その頃の怜彬様はまだ、2歳。ご生母様もご健在で、毎日とても楽しそうに暮らしていらっしゃいました。
好奇心旺盛で活発な女の子。それが怜彬様でした。いつも目を離したらどこかへ行こうとして大変でした。
私の両親は元々、王宮で料理人をしていて王宮に住んでいました。ご生母様が私の父の料理をとても気に入って下さり、よく話をしにわざわざ、厨房まで足を運んで下さっていました。
そのご縁もあり、わたしは怜彬様の遊び相手兼、お世話役として傍にいることになりました。
「ラー。だっこちて」
「いいですよ。怜彬様」
3歳になったころ、徐々に話せるようになった怜彬様はよく私に甘えてきます。とっても愛らしいです。ラカンはまだ言えないため、私のことはラーと呼んでいます。
「ふふふ。本当にラカンにべったりね…。怜彬は」
穏やかに笑う、ご生母様。アメジスト色の瞳をもち、赤みがかかった茶色の綺麗な髪をした女性。身体が弱く、あまり外に出ることはありませんでしたが、体調のいい日はこうして、よく怜彬様とお庭をお散歩されていました。
「ラカン…。私になにかあったらこの子をお願いね…」
今にも消えそうな空気…。この頃のご生母様は、徐々に体が弱っていくようで見ているこちらはとても辛かったです。
「わかりました!私が怜彬様をお守りします!!」
子供心に心配させてはいけないと、私はご生母様にそう伝えました。ご生母様はとても安心した表情をされて微笑んでくれていました。とても嬉しかったのを覚えています。ご生母様は私が初めて好きになった人でした。その人がなによりも、大切にされている娘様なら尚更、私は怜彬様を大切にしよう…。一生傍にいて守っていこうと決めました。
それから程なくして、ご生母様はこの世を去りました。
怜彬様は、寂しいはずですが泣き言も言わず気丈にふるまっておられました。
小さな女の子なのに…。とても切なくなりました。その頃から、母親の面影を追っているのかよくお庭に出ては、お花の手入れをされたり、植え替えたりされていました。
一番驚いたのは、5歳の誕生日プレゼントに自分の庭を作ってほしいと言った事です。
それからのめり込む様に、本を読んだり、庭師に植物の世話の仕方を聞いたりして庭つくりをされていました。
「ラカン!その花はこっちよ。ここの植木鉢は後で植え替えるからそのままにしておいて!」
「かしこまりました。怜彬様」
「ふう!!自分でお庭を作るって大変ね!!」
「そうですね。でも慌てずゆっくりやってまいりましょう」
「うん!ラカン、ありがとう!!」
太陽のように眩しい笑顔で笑われる怜彬様。その笑顔を見るたびに、ご生母様の事を考えます。彼女はこんな元気にしている。毎日たくさん笑っていますよ…。と伝えたい。
時々、お墓に行っては最近あった出来事を報告しています。きっとご生母様も怜彬様の成長を喜んでいると思います。
怜彬様が10歳になった頃、怜彬様によく似た、怜秋様が産まれました。弟ができた!!と嬉々としてはしゃいぐ怜彬様。
毎日会いに行っては、面倒を見るようになっていました。
怜秋様のご生母様は、怜秋様を産んですぐに亡くなってしまわれました。
「あのね…。ラカン」
珍しく、神妙な面持ちで怜彬様が話します。
「どうされました?怜彬様」
「わたしがね、怜秋を守る!絶対にかわいがって、寂しい思いをさせないの」
ちいさな怜秋様を見つめながら、決意したように怜彬様が仰います。
「怜彬様…」
胸が締め付けられるような気持になりました。こんな小さな女の子が、もうそんな事を考えているのか…。
「ラカンがいつもしてくれている事を、わたしもするの!」
「だから、ラカンはずっとわたしの傍にいてね!!」
わたしは泣きそうになりました。怜彬様の気持ちがとても嬉しかったのです。
「はい…。怜彬様。私は何があってもお傍にいますよ…」
そういって私は小さな女の子を抱きしめました。
どんなことがあっても、何があっても怜彬様の傍にいてこの子を守ろう!!
そう心に決めた日でした。
それからはしばらくは穏やかな日々を送っていました。怜彬様のお兄様と怜秋様の三人でよく過ごされていました。その時の怜彬様はとても幸せそうでした。
その後、国王様が亡くなり、お兄様もあっという間にこの世を去りました。
一人。また、一人とみんな怜彬様の前からいなくなってしまいます。
怜彬様が毎日、一人隠れて泣いているのを知っていました。どれほどの悲しみを背負っているのだろう…。
私にはとても計り知れませんでした。だからこそ、私のできることを最大限しよう。怜彬様が望むなら、どんな願いも叶えよう。そして傍にいよう…。私は心に固く誓いました。
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そんな愛すべき、守るべき怜彬様の婚約者様が私に、教えを乞うています。…。非常に複雑な気持ちです。
しかもちょっと面倒くさそうで憂鬱です。
しかし、これも怜彬様の為!!
私が雷覇様を指導することで、怜彬様の心の安寧がえられるなら喜んで致しましょう!!
「わかりました…。雷覇様。お引き受け致します!」
「本当か?ありがとう!!ラカン殿」
「はい。その代わり、やるからには徹底的にいかせていただきます。国王だからと言って容赦は致しませんよ?」
「望むところだ!!頼む」
さすがは、夏陽国の銀獅子様です。気迫が違います。今までわたしが培った、経験を全てお教えしましょう!!!
そして必ずや怜彬様を幸せにして頂きましょう!!
怜彬様が幸せであることが私の望みです。
雷覇様がパワーアップされたら、怜彬様が大変になるような気も致しますが…。
その時は私が美味しいお茶でも入れてさしあげましょう!!
願わくば、怜彬様の毎日が笑顔でありますように。
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