131.距離感
「怜彬殿、キーサ帝国について情報がが入ってきましたよ」
「本当ですか!水覇殿」
ついさっき、水覇殿に呼び出されて執務室に到着した直後にそう告げられた。
一体…どんな情報だったのかしら。
「どうやら、キーサ帝国は本気で秋唐国と貿易したいと考えているようです」
「そうなんですか…。それじゃあ、問題なさそうですね」
「うーん…。それがそうでもないんですよ」
「え?どういう事ですか?」
少し眉をひそめて難しそうな顔をする水覇殿。
その表情を見た瞬間、わたしは物凄く不安な気持ちになった。
「秋唐国に来る予定の人物が第三王子のアシュラ殿なんですが…」
「アシュラ殿がどうかされたんですか?」
「かなりの問題児のようで、行く先々で揉め事を起こしているそうなんです」
「まぁ…。困った方なんですね」
水覇殿によると、キーサ帝国の第三王子のアシュラ殿は今年20歳。
王位継承の順位は低いものの、ずば抜けた記憶力と洞察力、類まれなる身体能力の持ち主で
次期国王の呼び声高い人物だそうだ。だが彼の上には二人兄がいる。
第一王子と、第二王子との間でそれぞれ確執があり二人を取り持つ立場を取っているが
実の所、二人を競わせて両方とも潰し合わせているそうだった。
かなりの癖がある性格であることには間違いなかった。
そんな人が…、秋唐国に来るなんて…。
「かなり油断ならない人物であることは間違いないね」
「それなら、きっちり対処する方法を考えないといけませんね…」
「そうですね。彼には歳の離れた妹がいるんだけどその子には目がないらしい。今回の来国のきっかけは彼女だ」
「というと?」
「秋唐国の宝石が全部欲しいと駄々をこねて今回の来国がきまったそうだ」
「凄いですね‥‥。ザ・王女様って感じですね」
アシュラ殿がご執心の人物。第二王女のシャチー殿。
今年8歳になる彼女の誕生日プレゼントを探すために秋唐国に来たと言われている。
8歳の女の子なら可愛い年ごろなのだろうが、宝石が欲しいためだけに他国と貿易までさせる
発言力は相当なものだろうと思った。
それともアシュラ王子が好きすぎて大げさになっているのかしら…?
「シャチー王女さえ押さえてしまえば、アシュラ王子を手中に収めるのも簡単でしょう」
「なるほど…。シャチー王女と仲良くなれば貿易も有利に進められるという事ですね」
「その通り!怜彬様ならお手の物でしょう」
「いえ…。こればっかりは会ってみないと何とも言えません…」
「これがアシュラ王子と、シャチー王女を調べて分かった人物像の資料です」
「そんな物まで…。何から何までありがとうございます」
「いえ!お気になさらず。秋唐国が平和であればこちらも平和ですから」
にっこりと綺麗な笑顔で資料を手渡された。
ずっしりと重く分厚い資料にはどんなことが書かれているのだろうか?
それにしても…。よくこの短期間でこれほどまでの情報を入手るすることができわね…。
さすが夏陽国の情報網!!
「出来る限りご迷惑をおかけしないよう話を進めます」
「そうですね。でも何かあれば全面的に協力しますから遠慮なく言って下さいね」
「わかりました。ありがとうございます!水覇殿」
水覇殿がサポートしてくるのはとても心強い。なにしろ腹黒イケメン…。
どんな相手に対しても冷静かつ合理的に話を進めることのできる天才だ。
彼から手渡された資料を手に取りながらわたしは別邸へ戻って行った。
はぁ…。とは言っても…。キーサ帝国との貿易は正直気が乗らない。
聞けば聞くほど友好的な相手とは思えないからだ。最初から決めつけるのは良くないと思うけど…。
会ってみたら意外といい人達かもしれないし!きちんと資料を読んで何事もなく取引ができるようにしよう!
それにしても…この資料、すっごっく重いわ…。
昨日、雷覇に特訓してもらったおかげで今日は腕が筋肉痛だ。
ちょっと動かすだけでも体がきしんで痛い。
因みにわたしはもう、車椅子生活はしていない。別邸で問題なく生活できるようになったからだった。
やっと雷覇に車椅子に乗らなくていいと言われていたけど
こんなに重いなら乗ってた方が良かったかも。ちょっと後悔しかけたその時後ろから声を掛けられた。
「怜彬殿!」
「黒綾殿!」
振り返ると眩しい笑顔でこちらに歩み寄ってくる黒綾殿がいた。
黒爛殿が来ていた時以来、久しぶりに顔を合わせた。
「重そうですね。持ちますよ!」
「ありがとう!ずっごく助かるわ!」
「キーサ帝国の資料ですよね?」
「そうなの。秋唐国と貿易したいと言いでしてて…」
「お話しは聞いてますよ。資料を作ったのは僕ですし」
「あら!そうだったの」
「はい。上がってきた報告を僕がまとめました」
凛々しく微笑む黒綾殿。
こんなに長く話したのは本当に久しぶりだった。あのことがあって以来めっきり会えなくなった。
わざと無視したわけではないけど、わたしはほとんど別邸にいたし黒綾殿も
ずっと水覇殿の元で仕事をしているため、会う機会が無くなってしまっていた。
「ありがとう!じゃあすごく読みやすくて分かりやすい資料になっているのでしょうね」
「また、分からないところがあったらいつでも聞いてください!」
「ふふふ。そうさせてもらうわ…」
「怜彬殿…。あの…」
「どうしたの?」
立ち止まって気まずそうにこちらを見つめる黒綾殿。
「足の怪我…。治って良かったです!」
「ありがとう。随分かかっちゃって今リハビリ中よ」
「すみません。僕のせいで…」
「黒綾殿のせいじゃないわ。本当に気にしないで!」
わたしはまた思わず頭をなでそうだったけど手を止めた。
もう彼には触れない方が良い…。吹っ切れたと思うけど少し前まで好きだと言ってくれていた相手だ。
これ以上余計なことをして、彼を傷つけたくなかった。
「怜彬殿…ありがとうございます。ずっと気になってて…」
「心配してくれてありがとう!本当にもう平気だから」
「はい!あ…これ別邸までお持ちしますね!」
「ええ。お願いするわ」
そう言って再び二人で並んで歩き出す。やっぱり優しいのね。黒綾殿…。
わたしの怪我の事ずっと自分のせいだと思っていただなんて…。
わたしの判断で怪我をしたのだから、責任はわたしにある。
黒綾殿には何の過失もなかった。気にして欲しくないけど…。
わたしが逆の立場なら凄く気になるわね…。
「黒綾殿!そんなに気にしてくれているなら…お願いしたいことがあるのだけれど…」
「はい!僕で良ければなんでもしますよ」
パァっと光が差したように表情が明るくなる黒綾殿。ううう。この笑顔は変わらずかわいい!!
「今度、秋唐国へ帰る際に少しでもリョクチャ事業の事を進めておきたいの」
「はい」
「だからね…帰るまでに黒秦国の生地をできるだけ沢山集めておいて欲しいの!」
「分かりました。それくらい朝飯前ですよ!」
「どんな生地にするかは、黒綾殿にお任せするわ」
「ありがとうございます!選りすぐりの生地をご用意しますね」
「うん。お願いね!」
あの事件以来、何となくリョクチャ事業の話も出来なくて止まっていたけど
逆にそれじゃあ黒綾殿にとっては良くないわよね!
わたしはこれからは遠慮せずに、今まで通り話をして行こうと思ったのだった。
「じゃあ…僕はこれで!」
「運んでくれてありがとう。助かったわ」
「それでは失礼します」
「またね!」
黒綾殿は軽く会釈してその場から立ち去った。
運んでもらって本当に助かったわ~。水覇殿ってば容赦ないんだから!
「黒綾殿と何を話してたんだ?」
「え…?」
振り返ると少し怒ったような雰囲気の雷覇がいた。
今日はこれから会議って言ってなかったかしら?
「リョクチャ事業の話をしていたの」
「そうか…」
プイっと不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。もしかして…焼きもちかしら…。
わたしは努めて普段通り会話することにする。特にやましいこともないしね!
「キーサ帝国の資料を水覇殿から貰ったんだけど重くって…困ってるところを助けて貰ってたの」
「ふーん…」
そう言いながらわたしの持っていた資料を取り上げて部屋まで運んでくれる雷覇。
前みたいに怒らなくなってよかったけど、拗ねるところは変わらずね…。
その態度も愛おしいと思ってしまうのだから、わたしは本当に雷覇が好きなのだろう。
それに、さりげなく荷物を持ってくれるところも優しい。
わたしは雷覇を後ろから抱きしめた。
「れっ…怜彬!どうしたんだ?」
「くす…雷覇…会議はどうしたの?」
相変わらず雷覇はわたしからくっついていくとびっくりする。
背中がぐっと固くなって強張っているのが布越しに分かった。
「急遽に中止になったんだ…。水覇が急用で帰ってしまったから…」
「じゃあ…もうお仕事は終わり?」
「ああ。今日はこの後は何もないよ」
雷覇がぎゅっとわたしの手を握り締めてそっととって指を絡ませてくる。
少し肌がしっとりとしていて温かい。
「雷覇って、わたしの方から近づくと緊張してるよね」
「そんなことはない…。ただ…」
「ただ。なに?」
「押さえることに必死なんだ…」
そう言って雷覇が指をほどいてくるっとわたしの方に向き合う形で振り向いた。
見上げると、少し切なそうな顔をした雷覇がわたしを覗き込んでいた。
「何をおさえてるの?」
「怜彬…。わざと聞いてるのか?」
「え?どういうこと?」
「はぁ…ほんとに…」
雷覇がため息をつきながらぎゅっとわたしを抱きしめてきた。
すっぽり彼の腕におさまってしまったわたしはそっと雷覇の背中に手をまわした。
なんでがっかりされてるのかしら?ため息をつかれるようなこと…言ったかな?
「あの…雷覇?」
「‥‥」
急に無言になったかと思ったら、首筋に雷覇の唇が触れる感触がした。
わたしは思わず首を逸らして離れてしまう動作をとってしまった。
「きゃっ…」
逃げようとしたけどすっぽり捕まってしまっているため動けなかった。
ちゅっと音をわざと立てるようにしてまた首筋に口づけを落とされる。
前に印をつけられた時と同じだ…。ちょっと痛い。鼻の奥がツンとしてしまうような感覚。
わたしは目をぎゅっと閉じて雷覇の袖を掴んだ。
「あっ‥‥雷覇」
「怜彬が近づいてきたんだからな‥‥」
「そうだけど…でも…んんっ」
今度は雷覇が顔を近づけて思いっきり口づけされてしまった。
急にくらいついてくるような深さで何度も唇が重なる。いつもより…激しい…。
わたしは何度も雷覇に口づけされながら必死に応えようとする。
やっぱり…黒綾殿と話したのがまずかったのかな…。
「はっ…んっ‥‥」
唇が離れたと思ったらまた深く合わさっていく。
その間にも雷覇の舌が口の中に入ってきてわたしの舌と混ざり合う。
全身が蕩けそうな感覚だった。体中が熱くなって足がしびれてくる。
雷覇…。ああ…すごく身近に感じる…。
こうして唇が重なり舌を絡ませるだけでこれほど彼を近くに感じるものなんだろうか?
口づけの行為自体が不思議に思えてきた。
すごく胸ドキドキして、頭の奥がジンジンする。
雷覇の服を握り締める手に力がこもる。彼に掴まっていないと倒れそうだった。
「ら…いは…」
「怜彬…」
雷覇に腰を支えられてようやく立っている状態だった。
腰が抜けるってこんな感じなのかしら…。そんな事をぼんやり考えた。
わたしがふらついていたことに気が付いたのか雷覇に横抱きに抱かれて
ソファに連れていかれてしまった。
ふぅ…。足に力が入らない…。毎回思うけど‥‥凄い…。
熱にうなされたような心地になりながら雷覇の胸に頭をもたげる。
雷覇が優しく頭をなでてくれる。わたしはそれが心地よくてそっと目を閉じていた。
「怜彬…。これでも必死に我慢してるんだ。あんまり煽らないでくれ…」
「我慢って…口づけのこと?」
「それもあるし…それ以上の事もだ…」
「あ…」
そう言われて初めて気が付いた。どうしよう!!それ以上って‥‥。
我慢してるって…。雷覇はそんな気持ちでわたしといたの?
そう考えると途端に羞恥心が出てきて逃げ出しそうになった。
でも、いきなりそんなことしたら雷覇が傷つくからしないけど…でも!
さっきまでフワフワ夢見心地な気分から一気に現実に引き戻された感じだった。
「ごめんなさい…」
「いや‥怜彬から触れてくれるのは…すごく嬉しいんだ…」
「これからは気を付けるね…」
「ああ…そうだな…できれば手を繋ぐ程度にしてくれると…助かる…」
雷覇も照れくさそうに頬を染めながらこちを見つめてくる。
そうよね!雷覇は男性だもの…。そんな気持ちになるのは自然な事よね!
わーん!わたしってばなんて恥知らずな!!
穴があったら入りたい…。くっついたら、雷覇の機嫌が直るだろうって思って…つい。
よし!これからはわたしから、あまりくっついていかないようにしよう!!
でも…それを考えたら雷覇ってよく今まで我慢してくれてたな…。
今までのことを思うとそうとう堪えてくれてるんじゃないだろうか?
前にマーリンにも言われたな…よく我慢していると…。
このことだったんだ!!きっとそうだわ!ああ!恥ずかしい…。
「怜彬?大丈夫か?」
「ええ…平気…」
「でも顔が真っ赤だ…熱でもあるのか?」
「ちょっと…恥ずかしくなっただけよ…その…色々我慢させて…ごめんね?」
「っ・・・!!!」
雷覇の顔を覗き込みながら謝ったけど、その後また首筋に印をつけられて
思いっきり口づけもされてしまった。何かまずい事を言ってしまったのかしら?
ますます雷覇との距離感が分からなくなってきてしまった。
今度は触れてないのにどうしてー!!
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