123.炎覇《えんは》の日記5
いよいよ炎覇の日記ラストです!( *´艸`)
それからわたしと雷覇はどんどん日記を読み進めていった。
毎日泣いたり笑ったり過ごしている雷覇達。
雷覇達が5歳の時には初めて一緒に馬に乗ったり、遠出をしたりしていた。
8歳になる頃には、みんなわんぱくでいたずらばかりするようになり
さすがの炎覇も怒ったと書いている。彼の怒った姿は想像できない。
ニコニコしながら怒るのかしら?雷覇に聞いたらそうではなく真顔で
正座させられて、延々とお説教されたそうだ。その時の炎覇が今でも怖いと言っていた。
そして…とうとう、雷覇達が10歳になった頃に差し掛かる。
わたしも、雷覇も真剣な表情でその時の日記を読んだ。
『〇年〇月〇日
今日、日記を書くことさえ迷っていた。でも書いていないと自分の心が整理できない。
夏輝が事故で亡くなった。
朝まで元気だったのに…。いつものように起きて子供達と食事をして
馬に乗って少し散歩に行ってくるといって出掛けていったのが最後だった。
次に会った時、夏輝は冷たくなって帰ってきた。
子供達もわたしも誰1人泣かず、声も出さず。ただじっと夏輝を見つめていた。
信じられなかったのだ…。この日記を書いているときでさえ僕は信じられていない…』
日記はそこで途絶えていた。
涙の後だろうか、紙がよれていて字が所々滲んでいた。
言葉が出ない。こんなにあっという間に亡くなってしまったなんて…。
炎覇がずっと独り身を貫いていたのは、もしかしたら夏輝殿の死を
受け入れられなかったからかも知れないと感じた。
『〇年〇月〇日
久しぶりに日記を書く。夏輝が亡くなって1週間たった。
今だにぼくは、彼女の死を受け入れられない。目の前が色褪せて白黒に見える。
何を食べても味がしない。何を聞いても何も感じない。そんな毎日だ。
死にたい。彼女の元へ行きたい。何度も何度も頭によぎる。
かろうじて、踏みとどまっているのは子供達の存在だ。
彼らは最近、僕と一緒に居ようとする。起きている時も寝ている時も。
僕の気持ちを察しているかもしれない。
水覇は毎晩、寝るときに泣いている。お母さんに会いたいといって。
どれだけ辛いだろうか…。母親が一番恋しい時だ。寂しくないはずがない。
心配なのは雷覇だった。彼は全く泣かないのだ。
いつも通りにしているが、明らかに様子がおかしい。大丈夫だろうか?
しばらく傍で様子を見ることにする』
『〇年〇月〇日
今日夏輝の夢を見た。彼女は笑ってごめんねと言っていた。
子供達を頼むとも…。あっさりしていた。彼女らしい。
夏輝はいつも前を向いて真っ直ぐ歩いていた。どんな時も。
自分にできることをいつも最大限やり通していた。
その日から僕は立ち直ろうと決意する。このままではダメだ。
夏輝の失った悲しみはずっと消えない。でも未来のある子供達まで
立ち止まったままではいけないと思ったからだ。
夏輝が残した宝物。大丈夫。僕は一人じゃない。
雷覇と水覇がいる。この子達と一緒に生きて行かねば!』
日記の筆跡がだんだんと力強くなってきている。
炎覇は、日記で自分の気持ちを書くことによって
思いを吐き出しているのかもしれない。
ほんとうに、夏輝殿の存在は炎覇にも雷覇達にとっても大きい。
以前、雷覇が言っていた、太陽が無くなった様だったと。
横にいる雷覇が気になって様子をみた。
すると彼は泣いていた。大粒の涙を流して、一点を見つめていた。
「雷覇…」
わたしは慌てて、彼を抱きしめた。過去の辛い記憶がよみがえったのだろうか?
雷覇の頭をなでて必死に慰める。
こんな時どうしたらいいのだろうか?何か言ってあげたいけど何と言っていいかわからない。
「怜彬…。おれは…悲しかったんだ…」
「何が悲しかったの?」
「母さんが死んで‥‥いなくなって…悲しかった」
「うん…分かるわ。辛いわよね」
むせび泣きながら思いを吐露する雷覇。
まるで小さい子供のようだった。
「ずっと…ずっと蓋をしてた…自分の気持ちに…」
「うん…」
「だから…剣にのめりこんだ…忘れたくて、思い出したくなくて」
「そうだったの…」
「自分の気持ちをどうしたらいいか…わからなかった…」
わたしはずっと雷覇の頭を撫でてひたすら、彼の言葉に耳を傾ける。
今、ようやく彼は母親の死を受け入れようとしている。乗り越えようとしていたと感じた。
きっと辛すぎて、こころが感じることをやめたのね…。だから泣けなかったのだわ。
あまりにも現実が辛すぎると、何も感じなくなる。その感覚はわたしもよく知っている。
炎覇を失ってしばらく経った頃に体験したことだ。
「雷覇…。大丈夫…大丈夫よ」
「怜彬…怜彬…」
きっと何かにのめり込まないと正気を保てなかったのだろう。10歳の子供が痛みから耐えるには
それしかなかったのだろう。そう思うとわたしも泣けてきた。
雷覇の気持ちが痛いほどよく分かる。
「ずっと怖かった…誰かを失う事が…だから誰も好きになれ‥なかった」
「うん…」
「でも、戦っている時だけ…解放され…たんだ。悲しみから…」
「そう…雷覇は頑張ったのね…」
「子供の時は…無意識だったが…大人になった今ならわかる…」
「受けとめる準備ができたのね…」
「ああ…」
そう言って雷覇はまた静かに泣きだした。
わたしは黙って彼を抱きしめる。雷覇もわたしを抱きしめ返す。
今、傍にいるのがわたしで良かった。雷覇を支えることが出来て良かった。
支えることが出来たのは炎覇と過ごした日々やその後の出来事のお陰だった。
全部…。意味があったんだわ…。
あの時辛くて悲しくて、泣いていた日々は今日、この日の為にあったんじゃないかと思った。
「雷覇…。わたしはずっと傍にいるわ。何があっても雷覇と一緒にいるわ」
「怜彬…」
「大丈夫!雷覇は一人じゃない。わたしもいるし、水覇殿やサイガ達もいるわ」
「そう…だな…」
少しずつ落ち着いてきたのか、雷覇の声のトーンが明らかに変わった。
雷覇に何としてでも伝えたかった。一人じゃないと…。
失ったものは取り戻せないが、これからは作っていける。
どんな未来も自分次第だと伝えたい…。
「雷覇…。わたしは夏輝殿に感謝してるの」
「感謝?どうしてだ…」
「だって雷覇を産んでくれたから。夏輝殿がいないと雷覇はいないもの」
「怜彬…」
「夏輝殿が亡くなって悲しいけど、夏輝殿は幸せだったと思うわ…」
「そう…だろうか。母さんは幸せだったんだろうか」
「幸せに決まってるわ!炎覇の日記を読めばわかる。雷覇を見てれば分かるわ…」
「そうだと…いいな」
「雷覇、これからは辛い時は全部言ってね…わたしは大丈夫だから」
「ああ…。ありがとう。怜彬」
そう言うと雷覇はまたわたしに縋りつくように抱き着いてきた。
雷覇の弱い所も強い所も全部、受け止めたい。
癒してあげたい、支えてあげたい…。そんな気持ちでいっぱいだった。
これが…。愛するという事かしら?
雷覇がわたしの前で泣いてくれて嬉しい…。
初めて雷覇の本音が見えた気がした。
わたしはしばらくの間、雷覇を抱きしめて頭を撫でていた。
「落ち着いた?」
「ああ…。見っともないところをみせてすまない…」
「わたいは平気よ…。何か飲み物持ってくるわね」
「それなら…俺が」
「大丈夫!リンリンにお願いするから。雷覇は座ってて」
「ありがとう…」
気が抜けたのか、雷覇の顔つきがいつも以上に幼く見える。
瞼も腫れていた。あれだけ泣いたら無理もないか…
本当なら10歳の時にあれくらい泣いていたら良かったんでしょうね…。
わたしはリンリンに飲み物と冷やしたタオルを持ってくるように伝えた。
「雷覇、飲み物よ」
「ありがとう怜彬…」
飲み物を受け取って、静かに飲む雷覇。何を考えているのかしら?
でも泣いた後って疲れるけど、すっきりするのよね~。
「これも目に当てて。ひんやりして気持ちいいわよ」
「怜彬がやってくれないか」
「いいわよ」
わたしは雷覇の頭を膝の上に乗せてそっとタオルを当てた。
その時雷覇がわたしの手を握り締めてきた。
「怜彬…。そばにいてくれてありがとう」
「ふふふ。どういたしまして」
「怜彬がいて良かった。ほんとに…」
「わたしも嬉しいわ…。雷覇の隣にいれて」
「すごく心が軽くなった…。あんなに泣いたのは初めてだ…」
「あら?赤ん坊の時も泣いていたじゃない」
「ハハハ…そうだな…よく泣く子供だったな…」
雷覇の手を握り返して指を絡ませる。
節だったゴツゴツした大きな手…。手のひらの皮が厚い。
何度も剣を握っているからだろう。手まめが何度もできてつぶれた跡があった。
彼がいかに訓練したかを物がったている。
必死になって振り続けたのだろう…。
わたしは、雷覇の目にあるタオルを取り換えた。
「ああ…きもちい…」
「冷たいタオルって気持ちいわよね。わたしも泣いたときは、必ずしていたわ」
「そうか…」
それから3回タオルを取り換えて、雷覇が起き上がる。
目は少し腫れてるいるが顔つきは元気そうだった。
「日記どうする?また明日にする?」
「いや…。このまま読んでしまおう。その方が良い気がする」
「分かったわ」
そうして、また二人で並んで日記を読み始める。
炎覇が日々、夏輝殿の死と葛藤しながらも
懸命に生きている姿がつづられていた。そしてじょじょに立ち直っていっていた。
それと同時に雷覇達の成長も目まぐるしい。
12歳で初めて模擬戦に参加し、15歳で初陣を迎える。18歳には銀獅子の異名をもつ。
息子達の成長をとても喜んでいた。炎覇らしい。自分の事より相手の事を思いやる優しい人。
この日記には雷覇達と夏輝殿への愛で溢れている。
素晴らしいものを残してくれたと思った。
日記は、炎覇の引退を機に止まっていた。これで一区切りって事かしら?
「あれ…?この紙だけ新しいわ…」
「ほんとだな。めくってみよう」
日記の最後のページは明らかに紙質が新しいものだった。
どうやら後から足したらしい。一体何が書いてあるのかしら?
ゆっくりと最後のページをめくる。
『雷覇と怜彬へ
きっと二人がこの日記を見つけて読んでくれていると思ってここにメッセージを残します。
二人は仲良く過ごしているだろうか?きっと雷覇の事だ怜彬の気持ち
お構いなしに突っ込んで行っているに違ない。
今まで恋人らしい人を作ったことがない雷覇の事だ。
不器用ながら愛情を伝えているだろう。雷覇!嫌われない程度に頑張れ!
怜彬は元気にしているだろうか?僕の事で思い悩んだりしていないだろうか?
それだけが唯一気になる事だ。君を残していく。残酷な事をした僕を許してくれとは言わない。
でも願わくば僕と過ごした日々を糧にして雷覇とともに生きて欲しい。
君と過ごした時間は紛れもなく、僕にとってのかけがえのない思い出だ。ありがとう。
二人ならどんなことがあっても乗り越えていける…。そう感じているんだ。
最近二人が笑って過ごす夢をよく見る。きっと未来の姿だと思うんだ。
でももしかしたら、僕の願望かもしれない。
雷覇と怜彬が笑って手を繋いで庭を歩いている光景を実現にして欲しい。
もしかしたらもうしてるかな?
二人がこれからどんな人生を歩むのかとても楽しみにしているよ。
最後まで日記を読んでくれてありがとう。
炎覇より。
あ!最後に僕の孫が産まれたらぜひこの名前を付けて欲しい!!
女の子なら安蘭と柚蘭。
男の子なら海覇と空覇。
頼んだよ!二人とも!じゃあね~。』
「炎覇…」
「親父…」
最後のページはわたしと雷覇に宛てたものだった。
途中までは良い話だったのに、最後の部分で拍子抜けしてしまった。
「なんだか炎覇らしいわね…最後まで明るいわ」
「そうだな…。俺と怜彬の事も予想していたみたいだな」
「凄いわね~。よくここまで予想できたわね」
「親父らしいよ…」
「ふふふ。そうね」
やっぱりこの日記はわたしと雷覇が読むと想定されていた。
彼からのプレゼントみたいなものだろうか?
そう思うと何だか嬉しい…。わたし達のことを祝福してくれているみたいだった。
「早く親父の願いを叶えてあげないとな!」
「炎覇の願い?」
「ああ。最後のメッセージは早く孫を作れという事だろう?」
「えっ‥‥?!」
「怜彬。早く怜秋殿に許してもらって結婚しよう!」
「そ…そうね…」
炎覇め~!!雷覇に変なスイッチはいちゃったじゃない!
さっきまで大泣きしていた雷覇はどこへ行ったのか?
もう、わたしと結婚することに闘志を燃やしていた。
ちゃっかり孫の名前までリクエストしてくるなんて…。
この日記をニコニコ書いている炎覇の姿が浮かんだ。
楽しみだな~とか言ってそう。
でも、炎覇が最後まで幸せそうな姿をしていて良かった。
雷覇も楽しそう…。
隣でニコニコしながら、次はどうやってお願いしようか言っている。
わたしは満ち足りた気持ちで彼の横顔を眺めていた。
炎覇については番外編で炎覇目線を書くか凄く悩みました。
でも彼は故人であって過去の人です。
あえて日記という形で炎覇の気持ちを表しました。(*^▽^*)
炎覇は本当にわたしの中でも理想的な人です。
小さい頃の雷覇達を書くのもとても楽しかったです。
最後まで読んで下さりありがとうございました!!(^_-)-☆