第30話 おっさんズと戦への道 その4
王都の港に並ぶ多数のガレー船。
既に荷物の積み込みが終わり、次々と船員が乗り込んでいる。
その威容を見て、大公は満足気に笑う。
「陛下、ご覧ください。 これに見える我が艦隊を」
「おお、素晴らしいな。 頼もしい限りだ。 ところで、あっちの大きな船も卿の艦隊に参加するのか?」
王が指さす方には、ガレー船より二回りは大きい帆船が4隻停泊している。
「流石は陛下、お気づきになられましたか。 あれも今回共に出陣いたします」
「なるほど、だが戦いには向いていないのではないか。 大きすぎて敵船に横付けして斬り込むのは難しいだろ」
「いえいえ、問題ございませぬ。 あの船は違う戦い方を致します」
「ほう。 申してみよ」
「御意」
帆船には魔導士が乗り込み、魔法によって、離れた所に居る敵船を攻撃するという。
ガレー船は船体が小さく、居住性も良くない。 それはデリケートな魔導士には耐えがたい環境だが、帆船は違うという事だ。
さらに支援する弓兵も乗り込んでいる。
「なるほど、流石は海を制すると言われるだけの事はあるな」
「いえいえ、大した事はありません。 それに、小型船も余所とは一味違いますぞ」
「ほう」
大公の自慢は続く。
通常のガレー船の戦法は機動性を生かして敵船に横付けし、漕ぎ手が櫂を剣に持ち替えて白兵突撃するというものだ。
そのため、船自体は沢山の漕ぎ手が居るというだけで、特に変わったところはない。
だが、大公のガレー船には諸侯のものとは違う点がある。
ボートを思い浮かべてもらうと判りやすいが、一般に船の船首部分は水と接する部分より上の部分はより前にある。
ところが、大公のガレー船は逆に水中に向かって伸びている。
近年の軍艦で言えば、ズムウォルト級のような形なのだ。
この「伸び」は水中に於いてはさらに長く硬くなっている。
そう、いわゆる衝角が付いているのだ。
このため、諸侯のガレー船が敵に近づくと向きを変えて横付けしようと機動するのに対し、大公のガレー船はそのまま船首を敵に向けて進み続ける。
斬り込みではなく、一方的に撃沈する戦法だ。
そして船首には細長い板が設置され、後方の端にはかぎ針のような物が上に伸びている。
これは、船首を敵船に向けて突入し、前方の端を軸として回転させて、前方に向けて敵船との間に橋を架けるためのもの。
衝角突撃で沈まない敵船には斬り込むのだが、そのための通り道をつくり、迅速に兵を送り込めるのだ。
このため、大公の艦隊は
遠隔攻撃する大型の帆船
衝角突撃&斬り込む小型のガレー船
という二種類の軍船から構成されている。
一方、諸侯は単一の旧式ガレー船だけで構成されているので、その海軍戦力は世代レベルで違っており、全く比較にならないのである。
「いかがですかな」
この艦隊は大公自身がアイデアを出し、直接指導して育てたもの。
思い入れも大きく、熱弁をふるう姿に王も圧倒される。
「そ、そうか、吉報を待っているぞ」
「ははっ」
*****
スブリサでは会合が終り、マリエルを残してリサエルは帰って行った。
入れ代わりでは無いが、天界からエミエルが現れる。
アキエルはエミエルに事情を説明する。
「と言う訳だから、ティアちゃんも泊まる事が多いと思うんで、一緒にお願いね」
「判りました。 お任せください」
ティアマトも久しぶりにマリエルと話が出来ると喜んでいる。
以前は時々話をしていたが、戦いが始まって以来敵味方に分かれたため、余り話をする機会も無かったものだ。
たとえ安全が保障されている立場であっても、戦いの影響はあるのである。
ひと段落付いたところで、執政官は周りに声をかける。
「では、続いて迫りくる王の軍勢に対する対策会議を開きたいと思います」
「そう、じゃ私は帰るわね」
「アキエル殿にも参加して頂きたいのですが」
「天界は地上の戦争に介入しないわよ」
「そ、そうなのですか」
「み使いの活動を規制したりはしないけど、基本中立よ。 軍の動きを教えたけど、これだって今回限りの事」
「承知致しました」
執政官が納得したところで、アキエルは大英に封筒を渡す。
「後で見ておいて。 それじゃ、またね」
そう告げると、アキエルはゲートを開いて、天界に帰って行った。
「しかし、我らが敗れれば、み使い殿も戦えなくなるのだが」
ゲートが閉じた後の何もない場所を見ながら語るゴートにティアマトが答える。
「負けるわけないじゃない。 み使いが参戦して良いって事なんだから」
「うーむ」
「人間の事は人間が決める。 これが原則よ。 破れば厳罰なんだから。 み使いの活動を認めているのは、み使いだって人間だからよ。 いくら天界の力を使っていてもね」
「心配ありませんよ、負けそうなら、そんな危ない所にティアマト様を置いて帰ったりしませんわ」
むしろマリエルのほうが状況を理解しているのであった。
対策会議が開かれる。
マリエルもその場にいるが、会議の内容などに関して、王側はもちろんのこと、契丹達にも秘密という条件でオブザーバー参加している。
チョーカーを付けている以上、手紙は送れないし、通信すればその内容は筒抜けなので、条件が破られる心配はない。
王側は圧倒的な数の軍勢であるが、大英達はかなり楽観視している。
それはそうだろう。 スブリサの人達は恐れているが、向かってくる兵力は1個師団にも満たないものだ。
歴史上の古代帝国の戦争なら20万とか30万といった兵力が動員されている。
それと比べれば、大した数ではない。
王国自体の人口の問題もあるし、王国以外に周辺に国家が無く、国家を形成していない蛮族による襲撃もあまりない。
このため、多大な軍隊を必要としない環境故、桁が一つ以上下なのだ。
まぁ、スブリサの騎士団の人数を見れば、「そりゃそうだ」と言えるだろう。
迎撃戦闘は大英の召喚軍が隣の貴族領に進出して行い、騎士団は領内に待機し、間者による工作活動などを警戒する。
この方針が決定された。
こうして迎撃態勢は整えられていく。
既にザバック辺境伯領との間には、中継車両を配置し、伝言ゲームの形ではあるが、互いの城で通信が出来る。
早馬を走らせるのとは比較にならない速度で、情報のやりとりが可能となっている訳だ。
なお、電線を製造する事が出来れば、簡単な電池と併せて有線電信を作れるので、銅線とボルタ電池について鍛冶師のパンチャーラに試作を依頼する事となった。
今回の戦いには間に合わないだろうし、音声通話は無理なんで、これまでは無線通信があるから考えられていなかったのだが、今後の事を考えると、通信網の整備が必要になるという判断だ。
会議の後、大英は部屋に戻ってアキエルから受け取った封筒を開ける。
そこに入っていた手紙には「逆召喚」についての説明が記載されていた。
それによると、召喚済みの装備を逆召喚によってキットに戻す事が出来、そのキットを再度召喚すれば、ほぼ元の状態で召喚される。
兵員の記憶は失われないが、消費した弾薬・燃料は復旧し、軽微な損傷は修復される。
補給問題解決の切り札である。
なお、逆召喚と再度の召喚では経験は得られないが、魔力コストは通常の召喚と同じくかかる。
なので、これを実施すると本来の召喚に差し支えるので、多用は禁物だ。
逆召喚後、再度の召喚を行うには、一定の時間経過が必要となる。
基本的にはスケールの逆数を日数とする。 これは将来短縮する予定。
現状1/35なら、35日。 ただし、損傷が大きい場合は伸びる。
逆召喚を使っても、装備として失われたものは戻らない。
具体的には、フィギュアとして存在しているホムンクルスが死亡した場合、復活しない。
(自動補完機能で生成されたホムンクルスについては、戦闘での記憶・経験がリセットされた「別人」が生成される)
一定以上の被害を受けた場合、逆召喚不可。 撃墜された航空機や炎上した戦車などは、逆召喚の対象にはならない。
外にも細々と記述があるが、まぁ読むほうも大変なので省略。
マニュアル読んでも楽しくないでしょう。
それから数日が経過し、大英はいつ現れるか判らない敵の情報を得るために、1日2回の航空偵察を開始した。
飛んでいる場所は隣の貴族領なので、現代の感覚からすれば領空侵犯なのだが、飛行機という概念が無いため、そんな事で抗議して来る者は居ない。
そして、さらに数日後、ついにその日がやってきた。
街道沿いに飛んでいた93式中間練習機は、前方に数千人規模の整列された集団を発見する。
そのまま集団上空を飛行し、後席の飛行兵がタブレット端末を取り出し集団を撮影して、情報を持ち帰る。
こうして、事前の計画通りに全軍が動き出す。
用語集
・遠隔攻撃する大型の帆船/衝角突撃&斬り込む小型のガレー船
リアル世界だと魔導士は居ないので、代わりに投石器を積み込んだようです。
あと、帆船では無く、大きくなってもやっぱりガレー船。
衝角と共に装備したんだとか。
ちなみに衝角を運用するには速力が必要なので、その辺からは二段櫂船へ進化しているとのこと。
大公のガレー船は一段のままなので、速力不足で十分な効果は期待できない気がしますね。
100%万全な状態で十分な助走距離を取って全力突撃すれば期待した効果は出るでしょうが、実戦でそれは難しい。
実戦経験がない故のアイデア倒れですな。
まぁ、うまくすれば相手を転覆させるくらいは出来るかもしれません。
・ボルタ電池
銅と亜鉛と硫酸があれば作れる。
近代まで作られなかったのは素材の問題では無く、使い道も無い上「そんな物が作れるとは気が付かなかった」だけの話。
大英の家には百科事典があるので、ネットが無くても詳細は判るのだ。
もちろん、発電さえできれば違う素材の電池(ダニエル電池など)でも良い。
バグダッド電池の実験結果があれば、話はもっと楽なのだろうが、残念ながらそれを記述した資料は大英の家には無い。
・逆召喚
「模型戦記のおまけ」では言葉だけ出て来ていたもの。
実施する意味のない機能に見えていたが、それは開発途上で重要機能がまだ実装されていない仮実装だったため。
詳細はいずれ「模型戦記のおまけ」に記述する予定。
なお、本文に記載の制限の一部はバージョンアップで緩和される予定となっている。
例えは、現在のバージョンでは、フィギュアとして付属している戦車長が戦死すると、逆召喚・再召喚しても戦車長が居ない状態になる。
フィギュアの無い自動補完の砲手や装填手なら、別人が復活するのですがね。
なので、経験リセットされた「別人」を生成して戦車長として配属する機能を開発中。
・後席の飛行兵
たまたま複座機だったため、発見と同時に撮影が出来た。
これが単座のグラディエーターなら、別途撮影用に複座機を出してもらう必要があった。
ただし、グラディエーターなら帰投しなくても通信で敵発見を知らせただろうけどな。