第30話 おっさんズと戦への道 その3
現在スブリサでは都と前線の2つの村を結ぶ街道をキャラバンが往復している。
村の北側の土地に畑を増やしているものの、まだまだ自立できるだけの食糧生産は出来ていない。
その上、騎士団までも駐屯しているのだ。 食料のみならず、様々な物資が不足する。
そこでキャラバンにて食料などを運び込んでいるのだが、そのキャラバンが襲撃を受けるという事象が発生した。
その日、目視にて周辺を監視していたZSU-23-4M シルカのクルーは遠方低空を飛行する「何か」を見つけた。
双眼鏡で見ると、それは鳥のように羽ばたくが、ちょっと鳥とは違う姿の生物のようだった。
直ちに発電機を始動し、レーダーを作動させる。
その結果、見えたのだからかなり近くに居ると思ったら、思いの外距離がある事が判明する。
それはシルカが装備する23mm砲の有効射程外である3キロほど先であった。
その直後、その「鳥状生物」が光を放ち、地上では炎が上がった。
「何だ、何が起きた?」
「これは……何か地上に居ますね。 街道なので、この時間だとキャラバンではないでしょうか」
「なんてこった。 直ちに閣下に報告だ」
報告を受けた大英は、間に合わないと思いつつも鍾馗を緊急発進させたが、予想通り後退する敵には追い付けず、現地についたころにはシルカのレーダーからも消えていたため、追撃も行われなかった。
そんな訳で、遅ればせながら現地へと向かった大英達は調査にかかる。
そこには焼けただれた馬車と、項垂れる騎士が道端の大きな石に座っていた。
キャラバンには護衛の騎士や兵が付いていたが、全く太刀打ちできなかったようだ。
生き残った騎士が話すには……
ソレは空からやって来た。
鳥とは思えぬ巨大な姿をし、口から炎を吐いた。
と言うことだ。
秋津は状況を見て感想を述べる。
「シルカも光と炎を見たと言うし、何か火を吹く巨鳥か竜のようなものが来たって事かな」
「だな、今の話と報告から推測すると10メートルくらいはありそうだから、自然の鳥では無さそうだ」
「いや、大きさ以前に火を吹く鳥とか居ないだろ」
「そりゃそうだな」
「で、どうする。 対空戦車でも護衛につけるか?」
「それは難しいな、キャラバンと行動を共にしていたら、燃料が持たない」
キャラバンは現状1日おきに運航している。
その時々によって主食や野菜、酒や薬草、武具と運んでいる荷物は異なる。
その荷物を荷馬車に積んでいるのだが、荷馬車の速度は自転車並みなのだ。
その燃費が悪そうな低速で1日おきに往復するのに随伴なんてしたら、2か月以内に燃料タンクが空になる。
「でもよ、戦闘機飛ばすよりマシじゃねぇか」
「そうでもない、常時随伴する車両と違って、敵が来た時だけ飛ぶから。 まぁ、シルカの電源用にも燃料食うけどな」
レシプロ戦闘機の燃費は意外と悪くないらしい。 それをパイロットから聞いていた故の判断だ。
シルカの電源とは、レーダーを動かすための発電機のこと。
「それも大変だな」
「なに、敵の狙いがキャラバンなら、キャラバンが動いている時間帯だけレーダーを動かせばいい話さね」
「『爪に火を点す』ような使い方だな」
「補給問題がクリアされない限り、仕方ない」
こうして、鍾馗をアラート待機させて、シルカのレーダーで探知次第発進させるという方針が決まった。
それまでキャラバンは結構大雑把な時間に運航していた。
機械時計が無いから、時分という概念が無いためだ。
だが、それではレーダーを動かすシルカも待機する鍾馗も困るので、時計を渡して決まった時間に運航してもらう事にした。
だが、翌々日に次のキャラバンが送られた時には、何事も無かった。
そして、敵が現れる代わりに、意外な話が降ってきた。
「え、向こうの天使が来る?」
「そ、話し合いの席を設ける事になったみたいよ。 なんか提案があるんだって。 受けるかどうかはあんた達に任せるわ」
えらく重大な事をあっさり告げるティアマト神。
そして翌朝、スブリサの都に馬車がやってきた。 乗っていたのはリサエルとマリエルの二人。
城の会議室に通され、話し合いとなる。
先方の到着の知らせを受け、大英と秋津もゴートと合流して会議室に向かうと、その途中で見知っていたが、見慣れない姿と出会った。
「どうもー、直接会うのは初めてよね」
そこに居たのは大きな丸眼鏡に深緑のロングポニーテールの女性。 天使アキエルだ。
ナポレオン時代辺りを髣髴させる軍服風の上着にタイトなミニスカートといういで立ち。
普段は白衣で映像ではバストアップしか見えていなかったので、結構新鮮である。
「おお、映像より美人」
「秋津君は正直だね」
レリアル側の天使が来るという事で、カウンターパートとしてアキエルが来たのだそうだ。
「では、参りますか」
ゴートを先頭に会議室に入る。
会議室にはこちらサイドとして領主と太后、執政官とティアマトが座っている。
そして、賓客としてリサエルとマリエルが居た。
二人は立ち上がると、挨拶する。
「先日は失礼いたしました。 本日はこのマリエルの付き添いとしてお邪魔しております」
そう語るリサエルは神話とかに出てきそうな白いローブのような物を纏っている。
そして、その隣に、やはり映像でしか見た事のないマリエルが立ち、一礼する。
「この度は会談を受け入れて頂き、ありがとうございます」
こちらはいつも通り…と言っても、大英達は全身を見た事は無いが、黒の膝まであるエプロンドレスであり、銀髪の上には白いカチューシャまで載っている。
なんというか、3人の天使は統一感のない姿であり、同じ天界から来たという感じはしない。
こうして、各々自己紹介の後、話が始まる。
話は主にマリエルと秋津の間で進む。
「現在そちらは『内戦』に突入するようですわね」
「そうだな。 近代兵器の力を見て尚も戦いの道を選ぶという困った話だ」
「二正面となりますが、戦えますか」
「やるしか無いだろ」
不機嫌そうに言う秋津。
「そうですか。 先日リサエルが申しましたように、この事態は私共が望むものではありません。 そこで、提案があります」
「提案?」
「私共が望んでいない事態ですので、この件が片付くまでの間、停戦を提案したいと思います」
「停戦……、いいのか? ここは挟撃する所じゃないのか」
「秋津君、正直すぎるのもどうかと思うわよ」
アキエルから突っ込みが入る。
「あぁ、まぁ……」
現代の感覚なら、そんな律儀な事は言わず、状況を最大限利用するのは当たり前。
だが、このままではレリアル神のプライドが許さないという事らしい。
マリエルは話を続ける。
「ただ、条件があります」
「条件?」
「ええ、停戦を確実にするために、指揮官たる私を人質として、こちらに置かせていただこうと思います」
「なんだって」
「もちろん、見えない所では何をするか判らないでしょうから、秋津様・大英様のお側にて、過ごしたいと」
「……」
斜め上に飛んで行った提案に、秋津も二の句が継げない。
代わりに口を開いたのは大英だ。
「つまり、うち等の戦いを近くで見たいという事ですね」
「はい、そうなります」
マリエルにとっては、リアライズシステムを使った召喚軍を運用する戦いを、扱う側の視点で見てみたいというのが本音なのだ。
「うーん……」と唸ってにアキエル目をやる大英。
すぐに意図を理解するアキエル。
「リアライズシステム自体は向こうも使っているから、そこは『機密事項』ではないわよ。 まぁ、マリエル達は使ってないと思うけど」
「そうですね。 モリエルさんから概要は聞いていますが、リアライズシステムを使う召喚天使と会った事があるのはレリアル様だけですわ」
「あの男の事であるか……」
ゴートは自分が斬ったイマイチ要領を得ない男の事を思い出す。
そして、秋津と大英も話を了解した。
執政官はマリエル達に告げる。
「お話は判りました。 では、お受けするかどうか決めたいと思いますので、別室にてお待ちください」
「よろしくお願いいたしますわ」
マリエルとリサエルはティアマトと共に別室へと案内された。
秋津たちはどうするかを話し合う。
「で、どうするよ」
「楽にはなるけどな」
「ノウハウとか知られるのはマズいんじゃね」
「うーん、まぁモデラーだから運用にも詳しいとは限んないから、意味はあるかも知んないけど、バックボーンが無い人が見て身につくかな」
「アキエルさん、その辺どうなんだ」
「ん? 天使だからって特別すごい記憶力があるって事は無いわね。 あの子は戦には詳しいけど、神の戦いと君達の世の戦いはかなり違うから、大英君が云う『バックボーン』がある内には入らないでしょうね」
「そうか、じゃそっちは大丈夫かな。 ところで、うち等が気づかないうちに盗聴器的な物を仕掛けられたりはしないかな」
「それは心配しなくていいわ。 城も街も君たちが行く所は全部こっちでスキャンできるから、余計な物は置いたりできないわよ」
「となると、本人が居る間は本人の周りは『見える』んだよね」
「そうね。 向こうがその能力を知っているモノなら、映像を見て戦力分析は出来るかも」
「となると、飛行場とかは行けなくなるな。 今飛行機の追加が出来ないとなるときついかな」
「そうかー、じゃアレを付けてもらうかな」
「アレ?」
結論としては、受け入れる事となった。
別室で待機していたマリエル達が戻ってくる。
アキエルが代表して回答を告げる。
「ご提案を受け入れたいと思います。 ただし、一つ条件があります」
「条件ですか」
「ええ、こちらに滞在中はコレを付けてください」
アキエルは黒い輪の形をしたものを見せる。 マリエルは見ただけでそれが何かを理解する。
これは通信制限をかけるチョーカーだ。
これを付けると、音声通信は出来ても、映像通信は出来ず、衛星からの周辺撮影・3Dスキャン・魔力検出も出来なくなる。
そして勝手に外したり壊したりすれば警報も出る。
「なるほど、承知致しましたわ」
「滞在中の安全は保証致します。 エミエルを付けますので、何かあれば申し付けてください」
「ありがとうございます。 では早速今から宜しいですか」
「そうなの、準備出来てるんだ」
「ええ、そちらでも探知出来ていますでしょう。 王都から三千人規模の軍団が出発していますし、他の諸侯も兵団をまとめているようです。 あまり時間はありませんわ」
「そうね」
「な、三千人ですと……」
執政官は驚き、領主達にも緊張が走る。
スブリサの3個騎士団全部合わせても現状100人足らず。 桁が違う。
それを見たアキエルはさらに言葉を追加する。
「もっと増えますよ。 まだ王都には多数の兵が居るので、三千と言うのは先発隊ですね。 残りと諸侯の兵を合わせれば、ここに近づく頃には、おそらく八千人は超えると思います」
用語集
・アラート待機
スクランブル待機と呼ぶこともある。
・カウンターパート
神な上幼いティアマトでは務まらないという判断。
・不機嫌そうに
よくある表現を使うと「憮然として」になるだろう。
でも、実は誤用なので、ここでは使っておりません。
・100人足らず
怪我人は除く代わりに補助の従卒なども加えた数。 武装した村人は含まない。
そして王の軍勢も騎士だけでこんな数になる訳ではない。
遠征軍なので、非戦闘員も結構入っているし、戦闘員だって徴用した農民等が多数派。
なので単純に100対8000ではない。
でも、1個中隊で1個師団を迎え撃つようなものかね。
まぁ、ザバック辺境伯軍もあるけど、戦力的には似たような物。