第30話 おっさんズと戦への道 その2
大英達がスブリサに帰還した時に、スブリサの城で会議が行われた。
大英は「神獣」の力を見せつけたので、真っ当な判断力なら歯向かう事は無いだろうけど、そういった楽観論は失敗の元。
認識能力が不足していて、勝てると誤認している可能性も十分にあるという前提で対応が必要だと報告した。
会議に参加したザバック辺境伯にも「神獣」について説明がなされ、必要に応じザバック領内にも展開し、防衛に当たる事が決められた。
こうして、スブリサ・ザバック同盟が結ばれ、戦いに向けて準備が進められていくのであった。
数日後、スブリサの都に客人が現れる。
城門の手前で、馬車が止められる。
「止まれ、見かけぬ顔だな。 何者であるか」
「私たちは巡回司教です。 天使殿にお会いしたく王都より参りました」
「な、なんと、暫しお待ちを」
大英を訪ねて来た契丹達は、教会の一室に案内される。
そして大英と秋津が到着、それに執政官と神官、それにゴートが立ち会う。
席に着くと、開口一番秋津が契丹に告げる。
「あんたか、今日は何の用だ」
「本日は、そちらの方とお話がしたく参りました」
契丹はそう語ると、大英に手を向けた。
大英は無言で応じ、契丹は話はじめる。
「私は平和を愛する日本人として、戦いを止めるために来ました」
「そうですか、ならば、なぜ此処に? 軍を差し向けようとしているのは王……というか、新宰相では?」
「そのような表面的な話をしに来たのではありません」
「なるほど。 原因の除去が必要だという訳ですね」
「ええ、その通りです。 では、本題に入りましょう。 この戦いを避ける方法ははっきりしています。 スブリサがレリアル神を主神と定めれば避けられます」
「それは太后様が拒否された事です。 私にそれを覆す権限はありませんよ」
「いえ、貴方の『力』をアテにしての暴挙でしょう。 貴方が『協力できない』と言えば、考えを改める事でしょう」
「それは出来ません。 自分らはこの地の方々と協力する以上、彼らの考えを尊重したいと思います」
「しかし、スブリサの方々の考えは、もはや異端となったのです。 貴方も日本人なら民主主義の原則に則るべきだ。 皆レリアル神を正しき神として信仰している」
「世論が……と言いたいのですか」
「ええ、一部の者の拘りよりも、多くの人々が出した答えにこそ、価値がある」
「なるほど、いかにもマスコミが喜びそうなフレーズですね」
「?」
「その『多く』はどの様な判断基準で答えを示したのか。 まさか『周り全てが改宗したと聞かされて、バスに乗り遅れまいとしただけ』なんて事は無いでしょうね」
ここで契丹は大英が「一般的な年配の日本人」では無い事に気づく。
もちろん、ニートなオタク軍国主義者は一般的では無いが、オッサン世代は若者と違いマスメディアに従順な情弱という「通常のケース」では無いと。
(なるほど、見た目だけでなく精神も若いという事ですか)
そして、元々はもう少し若い世代をターゲットとする「ネット民対策」に切り替える。
「そのような事はありませんよ。 貴方は想像で語られているようですが、私は実際に人々と会い、説得し、納得して改宗して頂きました」
「ほほう、どんな説得をされたのか、宜しければ聞かせて頂けますか」
「それは難しいですね。 人々の考えは千差万別。 説得方法も千差万別。 一つ二つ語ったところで、意味は無いでしょう」
大英の瞳の様子が変わる。 本気で潰しにかかっても構わないと判断したようだ。
既に秋津から「あいつは進歩主義者じゃねーか」と聞かされていたので、それを前提に「論戦」に臨んでいたのだが、ギアがトップに入る。
「貴方の主張は数の暴力という物ですね。 多様性を貴ぶ21世紀の思考とは相いれない。 あぁ、そういえば貴方は独裁主義を信奉されているのでしたか」
「な、何を仰りますか、進歩主義は独裁主義ではありません」
「そうなんだ。 進歩主義ですか。 20世紀に失敗が証明された古い思想ですね。 やっぱり現代には合わないですね」
「何という事を……」
絶句する契丹。 彼の頭の中は混乱しはじめる。
若い時分ならともかく、ここ二十年ほどは反論らしい反論など受けて来なかったのだ。
「さすが契丹さん」「素晴らしい」「全くその通りですね」
会話を交わした相手は皆彼を賞賛し、浅はかな意見を持つ者も容易に論破されて、「目からうろこが落ちました」と感涙にむせび感謝する。
それが、今全く予想外な事態に遭遇している。
簡単に論破出来るモノを知らないネット民だと思ったら、全然うまくいかず、逆に自分が押されている。
そんな事があるハズが無い。 あるハズが無いのだ。
「どうしました? 反論が無いなら、諦める事ですね」
「い、いや、そもそもこの地は私たちの世界とは違う世界。 21世紀の常識を押し付けてはいけません」
失言である。 人は冷静さを失うとミスをしがちになる。
この発言は「進歩主義はもう古い思想で、従う意味は無い」を認めてしまっている。
「残念ながら、こちらの世界でも、国の主神と諸侯の主神が違っているという『多様性』状態を容認していたんですがね。 それを否定したのは『つい先日』の話。 貴方の活躍で気を大きくした新宰相が暴走したのであって、『この世界の常識』とは合わないのですよ」
「な、私の責任だと言うのですか」
「貴方が他の諸侯を改宗したから、余計な野望を生んだのではないですか? 違うと言うなら、そうですね、最初から『大公』の野望を実現するために活動されたのかな」
信仰が統一されそうな事態が原因で「統一の野望」が生まれた。(独裁者に野望を思いつかせた)
統一の野望を実現するため、「信仰を統一」した。(独裁者の片棒を担いだ)
どちらに転んでも、責任は「契丹にあり」という指摘だ。
もちろん、契丹はレリアル神から依頼を受けたのであって、その行動は大公の考えとは無関係。
だが、結果として、この事態を招来した。
「何を言われます。 私は王都に行くまで宰相殿とは会った事もありません」
「でも、独裁者と相性の良い『思想統制』を実施したのでしょう?」
「!!」
「これから起きる戦争は、『貴方が原因を作った』んです。 野望を持つ者に自信と力を与え、暴走を招いた。 進歩主義や元進歩主義の大国、どれも世界の癌ではないですか。 元々独裁の為の道具となる思想で、人々を不幸にする悪魔の考え方でしょう」
「な、な、なんという……」
水面に顔を出した鯉のように口をパクパクさせる契丹。 彼ともあろう者が狼狽し、二の句が継げない。
たまらずプランタジネットが助け舟を出す。
「契丹様、お気を確かに。 そして大英様、契丹様はレリアル様からの依頼を忠実にこなされただけです。 大公の思惑とは無関係ですし、このような事態もレリアル様は予想していませんでした。 神でさえ予想できなかったことなのです」
「それは事実ですか、最初から計画していて、『こんな事になるとは思わなかった』(棒読み)では無いと?」
「当然です! 神を愚弄するとは許しませんよ!」
プランタジネットは思わず立ち上がって大英に手を向ける。
「そこまでになさい」
突如少女の声が部屋に響く。
皆が声の方を振り向くと、そこにはティアマトが立っていた。
「リサエル、その手を下げなさい。 み使いに危害を加える事は禁則事項よ」
「え?」
大英達はティアマトが何を言っているのか、すぐには理解できない。
プランタジネットは手を下げ、席につく。
「失礼いたしました。 気が動転してつい……。 お伝えしていませんでしたが、私の本当の名はリサエル。 レリアル様に仕える生粋天使です」
「そうだったんだ」
「そして、こちらのヨークとハノーヴァーも私と同じ生粋天使で、ボトエル、ゴデエルと言います」
「そうですか、では本当なのですね」
「ええ、この戦いへの流れはレリアル様が求めるものではありません。 正直に申し上げますと、周り全てをレリアル神を信ずるようにして、孤立化させ、士気を低下させるのが目的でした。 そうする事で、ム・ロウ様との戦いを優位にしようというお考えです」
「それが、分不相応な野心の持ち主を刺激してしまったと」
「はい」
「判りました。 では、契丹さんには結果責任だけ負ってもらえば良いですね。 これは事故である。 計画的犯罪ではない。 として」
「……はい」
自信を喪失して茫然となっている契丹を連れ、リサエル達は教会を後にした。
そしていったんレリアル神の元へと帰る。
「それにしてもいいタイミングだったな」
秋津の感想にティアマトは「最初から見てたし」と言う。
隣の部屋で映像通信システムを使って、ずっと見ていたと言う訳だ。
そして大英に向かって語る。
「神だって全知全能じゃ無いんだから。 ひいお爺様とは敵同士だけど、嘘は言わないわよ。 リサエルが怒るのももっともなんだから。 口には気を付けなさい」
「わかった。 すまない。 相手を追い込んでいて、ついやりすぎた」
「判ればいいわ」
大英も普段から言論界で活動していれば、「やりすぎる」なんて事は無いんだろうが、そういう世界とは離れて暮らしていたので、加減が判らないところもある。
それに「敵は徹底的にたたく。 情けや容赦は無い」という姿勢だから、なおの事だ。
無駄に敵を増やしかねないから、政治家にはなれそうにないですね。
まぁ、知らない人と会うのが嫌いな彼が政治家を目指すことはあり得ないけどな。
この会合から大英と秋津はある結論を得た。
「どうやら、大公はやる気だな」
「だろうな」
「そして、あの人たちが来たのは大公の依頼じゃ無く、『お花畑』的正義感からの自主的行動だろう」
「だよなぁ」
結局、契丹は大英説得を断念した。
彼の知る論客には居ないタイプの人間であった。
軍国主義ニートだと侮り、途中で違うと気づいても、所詮はネット民と蔑んだ。 それは完全に失敗だった。
初心に帰って十分に計画を立てて、論戦に挑めば、あるいは勝利できるかもしれない。
だが、たとえ論破出来たとしても、逆切れして王都を破壊する暴挙に出てしまわれては意味が無い。
断念するよう、うまく軟着陸させる自信は無い。
長い論客人生の中、こんな気分になった事は無く、敗北感は彼の自信を失わせていた。
普通の人間なら一度や二度の失敗でもすぐに立ち直るだろう。
だが、エリートは一度の失敗でプライドが砕かれてしまい、復活には多大なエネルギーと時間を要するのだ。
こうして、大きな戦いに向けた流れは、止まる事無く進んでいく。
用語集
・ 進歩主義や元進歩主義の大国、どれも世界の癌ではないですか。
元々現実の組織・国家とは無関係ですが、重ねて表記します。
ここ数日の世界情勢とは関係ありません。