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模型戦記  作者: BEL
第5章 王国の混乱
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第30話 おっさんズと戦への道 その1

 大英達が乗ったUH-1はスブリサの城内に着陸する。

一行はヘリを降り、大地を踏みしめる。



「これは何とも、まだ くらくら しますな」



 初めてヘリに乗ったバンホーデルはまだ本調子では無いようだ。

ゴートも驚きを隠せない。



「まさかその日のうち、それもまだ日が高い頃合いにスブリサまで戻って来れるとは……」



 何日もかけて王都まで行ったと言うのに、帰りは僅か1時間余り。

何が起きたのか理解が追い付かない。


 男たちが呆けている中、肝が据わっている人物が一人。 太后だ。

太后は迎えに現れた領主や執政官達に告げる。



「皆の者、戦の準備を」


「母上! ……戦ですか」


「そうです。 覚悟を決めなさい」



 慌ただしく戦いの準備が始まる。



「よっ、おかえり」


「おお」



 一足先に戻っていた秋津は大英を迎える。



「やっぱり戦いという事だな」


「ま、相手がその気だったからな。 和平工作は時間稼ぎにしかならない。 なら、そのリソースは戦いに備える方に使うべきだろう」


「どうするよ、人間相手の装備は揃っているか」


「ああ、問題ない。 対空・対戦車に特化するような揃え方はしてないしな。 大体兵器は魔物と戦うために設計されている訳じゃ無い。 本業をやってもらうだけだ」



 そこへ執政官が声をかける。



「大英殿、秋津殿、これから方針を話し合います。 ご参加を」


「おう、今行く」



 ザバック辺境伯とバンホーデルも加わり、会議の時間となるのであった。



*****



 王都を囲む城壁の外に、臨時の駐屯地が開かれている。

そこには王都直轄地から徴用された雑兵たちが集められ、装備の貸与と訓練が行われていた。

そんな駐屯地の一角に、諸侯から派遣される予定の騎士団・兵団の指揮官クラスが集められている。

近く開始される侵攻作戦について、会議が行われているのだ。


 作戦を指揮するのは王立第1騎士団団長のスーズダリ=ウリューアンである。

50歳前後でガタイは良く、騎士としての実力も備わっており、若い日には様々な逸話を残している。

王家との仲も良く、ウリューアン家は代々第1騎士団を任されている家柄であるが、ただの世襲貴族ではない。 その統率力は本物である。

ただ、能力と人格に比例関係は無い。 真面目な前宰相とはウマが合わなかったようだ。 だが、現宰相(大公)とは気が合うようだ。


 元々は第1騎士団だけを預かっていたが、総団長を置かず全騎士団を自分で統括していた前宰相が居なくなったこともあり、現宰相より総団長代理に任じられた。

このため、現在は第1騎士団の長であると同時に全騎士団を統括する立場でもある。

陸自風に言えば、「東部方面隊総監」兼「陸上幕僚長」みたいな立場だろうか。


 副官が一通りの説明を終えた所で、ウリューアン総団長代理は集まっている面々に語りかける。



「以上が概要であるが、我々も今回の様に大規模な兵力を運用した経験は無い。 編成や作戦についても、思い至らぬ点もあろう。 そこでだ、ここは諸侯の元で活躍されている精鋭を指揮する有能な指揮官が揃っている場である。 皆の者から忌憚なく意見や提案を受けたいと思う」



 その声を聞き、すくざま数人が手を挙げる。

その中から副官が発言者を指示する。



「カンフル卿どうぞ」


「ははっ、ご指名に預かり光栄の至り。 編成についての質問ですが、見ればここに居るはずの者が欠けているように見えます」



 カンフル卿と呼ばれた鼻の下の髭が特徴的な形状に整えられた中年男の問いに、ウリューアンが答える。



「それは、ヌヌー伯領から誰も参加していない事についてでありますかな」


「はい、流石は総団長代理殿。 我らの疑念をお見通しでございますな。 仰せの通りでございます」


「ヌヌー伯は代替わりから日も浅く、若き新領主は兵を率いるには些か経験不足。 その不足は政務についても同様であり、側近たる各騎士団長も国元を離れられぬという説明を受けた」


「なんと、そのような戯言、真に受けておいでですか」


「無論これは単なる言い訳であると心得ておる。 1個騎士団だけでも派遣せよと督促しておるが、未だに良い返事は無い」


「馬鹿な、代々宰相を出した家柄なれば、このような一大事には率先して馳せ参じるべきところではありませぬか」


「卿の言う通りである。 これは王家に対する反逆と捉えられてもおかしくない」


「では、スブリサ・ザバックだけでなく、ヌヌーも討伐対象とされますか」


「そうであるな、皆はどう思うか」



 場がざわつき、再び数名が挙手する。



「スーエ卿どうぞ」


「はっ、クタイ伯領第2騎士団長グシ=スーエです。 ヌヌー伯領はスブリサへの進軍途上にありますれば、全軍を持って踏みつぶして行ってはどうでしょうか」


「ふむ、良い提案であるな。 ほかの意見はあるかな」



 すぐに数名が挙手し、意見を述べる。

それらは


 ・ヌヌー伯領近傍に全軍を集結させ、踏みつぶす

 ・進軍時に寄り道をして、その時点での全軍(北部諸侯軍)で叩く

 ・一部を分けた分遣隊を編成し、分遣隊で討伐し、本隊はそのまま無視して進軍する

 ・当初は無視してスブリサ・ザバックの討伐を優先し、完了後に全軍で討伐する


であった。

無視して放置と言う意見は無く、討伐する事は規定事項のようだ。


 その様子を見て、バラ辺境伯領から来ていたテン=ルペリアンも挙手する。

テン=ルペリアンは30代女性で、指揮官クラスだけの集まりであるため、女性が会議に参加していること自体珍しい事であった。

副官は一瞬戸惑いを見せたが、「どうぞ」と発言を認めた。



「発言の機会をいただきありがとうございます。 バラ辺境伯領第3騎士団団長のテン=ルペリアンです。 ヌヌー伯については王家の名において処罰を行えばよいのではないでしょうか。 スブリサには驚異の神獣があり、軍を分けたり、余計な戦いで消耗させるのは得策とは思えません」


「ふむ、その処罰が兵を持っての討伐なのである。 討伐しないという選択は無い」


「なんと、先ほどのお話では討伐対象とするかどうかは、我々の意見次第のように伺いましたが」


「その様な事は無い。 討伐方法を問うたものだ。 下がりたまえ」



 不快感をあらわにするウリューアン。

そして周りに失笑が広がる。

そこかしこから、ささやき声が聞こえる。



「やれやれ、皆に意見を求めるって話をそのまま真に受けるとは、辺境の田舎者はこれだから」


「総団長のサロンに加わっている者だけに発言権があるのに、気づいてないんだな」


「たまに居るんだよな、こういう空気を読めてない奴」


「大体女のくせに意見を言うとか、何考えてんだか」


「だよな、それにしても総団長の隣に居る書記官以外に女が居たとはな」


「そういや、あの書記官は誰なんだ? サロンじゃ見た事ないぞ」


「なんだ知らないのか、総団長の夜のお供だぞ」


「ああ、そっちか。 通りで書記官の割には色っぽい装束だと思った」



 ウリューアンの隣には、ウリューアンから見て右に副官が立ち、左に布の少ない衣装に身を包む書記官が座っていた。

そんな書記官を邪な目で見つつ話は続く。



「戦場には魔導士以外女が居ないから、お気に入りを書記官名目で連れてきたって話だ」


「そういや総団長は魔導士嫌いだったな」


「嫌いでなくても魔導士の女は、あんま言う事聞かない気がしなくね」


「そうだな、頭がいい奴ってなんか苦手だな」


「ルペリアン卿もお供に入れてもらえば発言を聞いてもらえたかもな」


「あんな年増が入れるわけ無いだろ」


「はははっ、そうだな」



 ささやきとは言いつつ、しっかりルペリアンの耳にも入るような声だ。

彼女は悔しそうな顔をしつつ、発言を止め座る。

余談だが、ルペリアンは魔導士としての力も併せ持つ魔法剣士なので、若かったとしても「お供」にはなれなかったかもしれない。

まぁ、本人にその気は全くないから、どうでもよい話だな。


 そして噂話の通り魔導士を嫌っているためではないのだが、この場に王立近衛魔法団を預かるハイシャルタットは居ない。

対神獣部隊として、討伐軍本隊からは独立して行動する事も関連しているのかもしれない。


 なお、サロンのメンバーには予めヌヌー伯討伐の話が通してあり、「皆に問う」と言うのは、ある意味形式的な儀式のようなものであった。

当然、その後の流れも「台本」に従った茶番に外ならず、ルペリアンの発言はイレギュラーでしかないものであった。



結局、以下のような流れで作戦は決まった。


 ・部隊を2つに分け、本隊はスブリサ・ザバックの討伐に向かい、別動隊でヌヌー伯領から出る街道を封鎖し、背後を突かれないようにする。

 ・本隊はスブリサ・ザバック討伐完了後にヌヌー伯領へ向かい、改めてヌヌー伯を討伐する。


そして別動隊にはバラ辺境伯領など辺境から参加する2個騎士団と1個兵団が割り当てられた。



 ウリューアンはルペリアンに告げる。



「ルペリアン卿はヌヌー伯討伐に参加せずともよい。 低い士気では作戦にも差し障りが出よう。 街道封鎖の任のみしっかりやり給え」


「御意」



 本当は抗弁したい所であるが、何か言ったところで既定路線が変わる事は無い。

その事に気づいたルペリアンは、ただ指示に従うのみであった。



*****



 大英についての調査から帰ってきたヨークは契丹に報告を行っている。



「……と言う訳で、意味のある情報は全く得られませんでした。 申し訳ございません」


「そうですか。 いえ、よくやってくれました。 これでそのオオヒデ氏については良く分かりました。 ありがとうございます」


「え、そうなのですか?」



 ヨークだけでなく、一緒に報告を聞いていたプランタジネットも驚く。



「はい、今お聞きした事より、彼は『引きこもり』である事が判ります。 そして兵器の召喚者であるという情報から、軍国主義者であると考えられます」


「なるほど」


「これらの特性は、私たちの世界では『ヒキニート』と呼ばれるタイプの人物に該当する可能性が高いと言えましょう」


「そうなのですか」


「はい、一般的な平和を愛する日本人とは異なる考え方を持ち、社会性が欠如している人物であると見受けられます。 これはオタクなどに見られる特性です」


「流石は契丹様、『情報が取れない』という事からここまでの推理を展開されるとは」


「いえ、大した事ではありません。 それより大事なのは、こういうタイプの人物をどうすれば説得できるかです」


「難しいのですか」


「はい。 この手の人物は人の話を聞きません。 人との接触が少ないため、おそらく話を理解する能力が訓練されなかったのでしょう」


「それは困りますね」


「説得と言うより、うまく丸め込む事を考えるべきですね。 悪く言えば騙すという事です」


「騙すと言うのは良くない響きですが、正しき事の為なら仕方ありませんね」


「はい。 コミュニケーション能力に乏しい相手を誘導するのも、理想を実現するには必要な事です。 では、さっそく出発しましょう。 戦いを回避するのに残された時間は僅かです」


「はい」



 こうして、契丹達は大英説得のため、行動を開始する。


用語集


・サロン

本来の意味はwikiによれば、フランス語で宮廷や貴族の邸宅を舞台にした社交界の事。 とある。

本作でも大体同じ意味であるが、クラブとか勉強会といった意味見合いで捉えると良いかも。

まぁ当然フランス語を話している訳ではないので、翻訳前は違う単語なハズ。



・抗弁したい所

「何でスブリサに近い自分らが、わざわざ遠いヌヌー伯領に行くのか。 最初からヌヌー伯領の隣の諸侯に任せれば良いのでは無いか。」

と聞きたいところですネ。

まぁ、建前はともかく真の答えは判ってますとも。

近隣諸侯の騎士団長はサロン参加者。 戦場で功績を挙げる機会を確保させるという事ですナ。



・オタクなどに見られる特性

ここで契丹は、オタクが軍国主義と言っているのではありません。

「一般的ではない変な趣味嗜好を持つ」という意味で使っています。

近年の定義だと「特定の分野にて常人の域を超える情熱を持つ」と言った方が合っていると思いますが、彼の脳内情報はアップデートされていないようです。

オッサンにはよくある事ですね。


もう一つの「社会性が欠如」は今も似たようなものですが、こちらも現実というより、記号的なものですね。

オタク同士の会話はかみ合ってない(互いに相手の話は聞いてない。言いたいことだけ語っている)と言うのはよくあるギャグです。


修正

2022/03/19 誤字訂正「終結」→「集結」

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