第29話 おっさんズと王都争乱 その2
議場は混乱を極めていた。
議場に居た諸侯は皆閃光で目をやられ、騒然となっていた。
王立近衛魔法団団長のハイシャルタットは恐慌状態の王に駆け寄る。
「陛下、お気を確かに。 今目を治します」
「お、おお、頼む」
閃光による一時的な視力の喪失だが、既にハイシャルタット自身を含め、魔法団の面々は治療魔法で回復している。
「お前たちは、宰相殿や諸侯の方々を」
と指示しかけた所、大公から別の指示を受ける。
「いや、奴らを追うのだ、全員を捕らえられなくても良いが、一人も逃してはならん」
「判りました」
「お前たちは奴らを追え、私も後からゆく」
ハイシャルタットは部下に議場を脱出したスブリサの面々を追う様指示し、王の治療を続けた。
そして「目が目が!」と騒ぐ諸侯に対し「時間が経てば自然に治りますので、そのまま動かず待機してください」と伝えた。
治療すれば数十秒で回復するが、その効果から、何もしなくても数分で治るだろうと推測できた。
王の治療を終え、大公の治療を行いつつ呟く。
「これほどの効果の閃光魔法を使うとは、そんな使い手がスブリサに居たとは……」
「何だ、判らぬのか」
「はい、あのような魔法を行使できる魔術師は限られております。 スブリサで試験に合格している者は神官とカテドラルという若者ぐらいだったはず。 あのような若い娘が使うなどとは想定していませんでした」
「そうなのか、あの娘だけでは無く、近く居た年配の男も魔術師だと聞くぞ」
「辺境では国の試験を受けておらぬ者も多いと聞きます。 中央で通じる実力が無い者故受けていないのだと思っていましたが、考えを改めないといけないかもしれませんね」
話をしているうちに大公の視力も戻る。
「もう大丈夫だ。 それより、これはまずいかもしれんぞ」
「と言われますと?」
「スブリサ卿はこの王都に『神獣』を連れてきているという。 もしやあの男は『神獣使い』なのではあるまいか」
「なるほど、王都の試験には何かを従えるような魔術はありません。 その者が単一魔法の遣い手なら、これは盲点かもしれませんね」
「お前も追跡に加われ、油断するでないぞ」
「承知いたしました」
*****
閃光の影響を受けたのは傍聴席も同様だった。
契丹は隣に居るプランタジネットに問う。
「これは、目くらましというものでしょうか」
「その様ですね。 すぐ見える様になりますので、しばしお待ちを」
プランタジネットの治療で契丹は直ぐに視力を取り戻す。
「ありがとうございます」
「いえ、当然の事です」
「それにしても、この様な暴挙に及ぶとは、なんと思慮に欠けるのでしょう」
「と、言いますと?」
「ご覧なさい、諸侯の反応を。 これではスブリサは王のみならず、諸侯までも敵に回したと言って良いでしょう」
「そうですね。 しかし、傍聴席には向こうの天使が居たようですが」
「ええ、そうですね。 先日の方とは別人ですが、かなり好戦的なようですね。 自らの主張を通すために武力に訴えるなど、文明人のする事ではありません」
色々突っ込みたい発言ではあるが、そこは気にしないでおこう。
「それにしても、これでは戦いになってしまうでしょう。 私はこれを止めなければなりません。 力を貸して頂けますか」
「レリアル様からは依頼は出ておりませんが、宜しいので?」
「はい、平和を愛する日本人の一人として、この流れは見過ごせません。 それとも、レリアル神はこの流れを期待されていましたか」
「いえ、ミシエル達は彼らと戦っていますが、第二戦線を開く事は期待しておられません。 あくまでスブリサの孤立化が目的。 このまま戦争になれば、王国自体が崩壊し、スブリサは後顧の憂いなく自由を得てしまうでしょう。 それはレリアル様の望む所ではありません」
「それを聞いて安心しました。 当初の目的を達するためにも、戦争は防がねばなりませんね」
「そうですね」
「ではヨーク、調査をお願いします。 このまま戦争になるなら、何処を突けばそれを止められるのか、キーマンを特定し、その説得に資する情報を集めるのです」
「合点承知、キーマンはおそらくここに来ていたあの天使かと」
それを聞き、契丹も同意する。
「私もそう思います。 頼みましたよ」
*****
氷の魔法が付与された矢による事実上の十字砲火に大英達は耐えている。
そこへ、一陣の風が吹き、飛来していた矢が吹き飛ばされる。
その様子を見たゴートが感嘆する。
「おお、この風は」
「母上、遅くなりました。 どうやら皆さんも無事のようですね」
南東側の路地からサファヴィーが護衛の騎士4名と共に現れ、風の魔法で矢を防ぎつつ合流する。
「待っていましたよ。 館の者達は?」
「出発するよう連絡を送りましたので、まもなく全員王都から脱出するはずです」
王都のスブリサの館には無線機を1台持ち込んでいて、そちらには直接連絡が行ったが、サファヴィーとその館の分までは手が回らなかった。
そのため、サファヴィー達は広場から100メートルほどの距離にある喫茶店と言うか酒場と言うか、その手の店で待機し、ドンパチ始まったのを確認して館に伝令を走らせたのだ。
ちなみに伝令は騎士の一人で馬で走っているので、直ぐに到着するだろう。
いずれの館も、連絡あり次第脱出するよう手筈が整えられており、大英は短時間の時間稼ぎだけで十分だと見積もっている。
「母上、支援お願いします」
「判りました」
矢を防ぐ風の効果は十分であるが、サファヴィー一人では長く続けられない。
太后と協調することで、効果時間を延長しつつ消費魔力を二人で分担出来る。
「くそっ、何だあの風は! 全然矢が届かないぞ!」
王都の兵達は焦りだす。
敵の謎の抵抗(ライフルによる射撃)が無くなったと思ったら、今度は矢を寄せ付けない風である。
だが、彼らはまだ知らない。
もっとヤヴァイ物が迫っている事に。
それは南を封鎖する部隊を襲った。
聞いたことも無い轟音と共に巨大な「自分で走る車のような物」が背後から現れ、火を吹いた。
「うわぁ」
「があっ」
何人もの兵や魔導士が断末魔の悲鳴を上げ、一度に命を失う。
しかも、それは数秒間休むことなく続き、部隊は壊滅。
生き残った数名は散り散りになって逃げだした。
それは 7.62mm MG3機関銃 による攻撃。
生身の人間などひとたまりもない鉄の嵐。
マルダー歩兵戦闘車の同軸機銃が火を吹いたのだ。
その雄姿を見て大英は安堵の声を出す。
「おお、やっと来たか」
南側の敵を殲滅し、退路は確保された。
それまで一行はデザートシボレーを南からの攻撃に対する盾にするため、その北側に居たが、南の脅威が消えたため今度は南側に移動する。
後はシボレーの凍結部分を強引に解凍して、マルダーと分乗して脱出すればOKだ。
だが、その想定を覆す者が現れる。
北側にある門の向こうより火球が飛来し、シボレーを直撃。
その威力は大きく、解凍を通り越して炎上してしまう。
「くっ、魔法か?」
大英は門の向こうを見る。
「それまでだ! 素直に降伏するならよし、さもなくば命の保証は出来ない」
門の向こうに魔導士の一団が見える。
王国最強の王立近衛魔法団のうち、追跡に出た12名が現れたのだ。
大英は考える。
(マルダーはまだ後方だ。 時間を稼ぐか)
「ゴートさん、時間を稼げますか」
「うむ」
ゴートは炎上するシボレーの横に立ち、魔法団の魔導士に向かって叫ぶ。
「そなた等に問う。 こちらにはスブリサ辺境伯太后殿下、ザバック辺境伯閣下がおられる。 命の保証は出来ぬなど、それを承知で申しておられるか」
「こちらは魔法兵団なれば、雑兵の矢のように無差別な攻撃などしない。 心配は無用だ」
ゴートが時間稼ぎをしている間にマルダーが到着する。
だが、その車体直前に上から火の玉が降ってきた。
ゴートに対応しているのとは別の魔導士が、弓なりの曲射弾道で火の玉を放ったのだ。
対応している魔導士は門の向こうに姿が見えるが、他の者は城壁の陰で姿は見えない。
先ほどは門の向こうに10人以上見えたのだが……、こちらの火器に撃たれるのを懸念しているとしたら、一筋縄ではいかない相手だと言えよう。
「時間稼ぎは無駄だ!」
被害はないものの、何発も直撃すればどうなるかは分からない。
ディーゼルエンジンの装甲車両だから、そう簡単にやられはしないだろうが、安心はできない。
それに曲射が出来るという事は、盾にしてもそれを超えて撃たれかねない。
そしてマルダーの20mm砲では城壁は崩せない。 一方的に撃たれる危険がある。
せめてマルダーが初期型では無くA2型なら、ミラン対戦車ミサイルがあるから、城壁を破壊して……って弾数足りないか。
「むうう」
ゴートも苦悩する。
その時、通信兵が大英に駆け寄り、受話器を渡した。
受話器からは大英が待ちに待っていた親友の声が轟く。
「騎兵隊参上!!」
用語集
・全員を捕らえられなくても良いが、一人も逃してはならん
何人か殺しても構わん。 という事ですね。
・諸侯までも敵に回したと言って良いでしょう
改宗を拒否しているから、既に今更なのだがねぇ。
・ディーゼルエンジンの装甲車両だから、そう簡単にやられはしない
これがガソリンエンジンだったら、装甲を抜かれなくても、火炎瓶が直撃したような状況となれば、炎上の危険がある。