第3話 おっさんズ、前線の村を視察する その3
一糸乱れぬ隊列で敵集団の中央に突撃する第1騎士団。
それを真正面から受け、剣やら斧やらハンマーやらを振るう太った豚頭人間たち。
そして小柄な犬頭人間は、騎士団を無視してバラバラに村に向かってくる。
それを個人戦で迎え撃つ第2騎士団の強者たち。
だが、数が多く、結構な人数が第2騎士団の迎撃を抜けて村の柵へ向かってくる。
それを弓で撃つ村人たち。
何というか、頭の悪い戦いが繰り広げられている。
敵も同レベルだから一進一退に見えるが、こんな戦いを「誇って」いるとは……。
大英は斜め上な展開に頭を抱えた。
そもそも、この村の柵は南側にしか無い。
馬鹿正直に真っすぐ進軍するのではなく、一部を迂回させて西か東に回せば、障害物に遮られる事も無く村に突入できる。
もちろん、北にも柵は無いが、さすがにそこまで回り込むのは遠かろう。
とはいえ、魔物側も全員徒歩。
うまく連携した迂回は無理なのかもしれない。
そのとき、豚頭人間の集団の後ろに隠れていた、犬頭人間の集団が柵に向かって突撃を始めた。
4体×4列程の塊が進撃する。
第1騎士団は隊列を維持しているため、突発的事態には対応できない。
第2騎士団は散開して個人戦をしているため、集団を阻止できる力はない。
バレリアが叫ぶ
「やべぇ、そいつらをなんとかしろ!」
叫びを聞いて、槍を持った負傷兵達が立ち向かおうとする。
だが、秋津はそれを抑え、「下がって」と告げる。
第2騎士団の負傷兵達は
「おいおい、一人でどうする気だ」
「どんだけみ使いサンが強いか知んねぇが、無理だろ」
と文句を言って前に出ようとする。
大英は
「大丈夫なんで、彼らを下げさせてください」
と執政官と護衛の騎士に依頼した。
執政官は
「と、とにかく、ここはみ使い殿に任せて」
と言いつつ、護衛の騎士に負傷兵達を下げさせた。
犬頭人間が柵に迫り、あと20メートルぐらいになったとき、辺りに騎士や村人が聞きなれない連続音が響いた。
そして音とともに、犬頭人間の断末魔の悲鳴が轟いた。
さらに連続音は続く。
音がやんだ時、15~6人は居たはずの犬頭人間は全員血を流して倒れていた。
秋津が発砲したトンプソンの威力で、ろくに防具を付けていない犬頭人間の集団は、ほんの数秒で全滅したのだ。
中には貫通して2体に被害を与えた弾もあったようだ。
密集していたのが仇となった形だ。
ちなみに音がやんだのは弾倉に入っていた20発の銃弾を打ち尽くしたため。
素人が加減なんてできませんよ。
それを柵の向こうで見ていたバレリアも大いに驚いた。
「やるじゃねぇか。トンでもねぇ強者だこりゃ」
だが、秋津は射撃姿勢のまま固まっている。
「秋やん、弾切れ弾切れ!」
「お?おお」
指摘されて我に返った秋津はトンプソンを放り出すと、リボルバーを抜いた。
だが、既に犬頭人間達に戦闘能力は残っていなかった。
「はぁ、はぁ、や、やったか」
「やりましたよ、秋津殿」
執政官も感心している。
バレリアも感心しながらその様子を見ていたが、ふと大英が持っていた細長い棒を柵に乗せて、こちらに向けているのが見えた。
そしてそこからまた単発の音が鳴り、バレリアの後ろから悲鳴が響いた。
振り返ると、そこには斧を放り出して腹から血を流して倒れた豚頭人間がうめいていた。
豚頭人間も第1騎士団の相手をするだけではなく、遊撃に出る者も多数現れていたのだ。
「うお、アブねぇアブねぇ」
そうつぶやくと、すぐに柵の向こうの大英に向かって叫んだ
「ありがとよ!」
そして、腹を押さえて苦しむ豚頭人間に止めを刺すと、次の獲物を求めて走り出した。
「それにしてもやるなぁ英ちゃん、一発で当てるとは」
「や、あ、うん、そりゃあ格好付けて頭を狙ったりしなかったからね。でかい腹を狙うのが正しかろうと。
ま、五分五分だったけど当たって良かったよ」
「そうか、確実に当てる自身があったって事だな。流石だ」
なんか会話がかみ合ってないように聞こえるが、大英は勝率80%を五分五分と語る慎重派である。
一般的には80%当たるなら、「当たると思った」と語るだろう。
長い付き合いで秋津もその事を判っているのだ。
「それより、一気に全滅とか秋やんもスゲーな」
「ああ、任せとけって言いたいけど、心臓バクバクだ。はぁ。心筋梗塞になりそうだ」
「おいおい、冗談に聞こえないって」
「そうだな、血圧が上がりすぎだ。脳卒中を心配すべきだ」
「そこかい」
なんと言うか、思ったよりうまくいったためか、興奮冷めやらぬものの余裕の二人であった。
だが、相手が豚頭や犬頭だったから良いようなものの、もし普通の人間だったら、こううまく行ったかどうかは判らない。
二人とも訓練を受けた自衛官ではなく、一般人である。
ヒトに向けて躊躇なく引き金を引けるかどうか。
彼らのシロウト級の射撃スキルでは(銃にとっては)至近距離での発砲とならざる負えず、一瞬のためらいが即失敗に繋がるのだ。
やがて敵は甚大な被害に耐え切れず、森に撤退していった。
騎士団は無理な追撃はせず、帰投する。
だが、第1騎士団は4人の戦死者を出し、6人が少なくとも1週間は戦列に復帰できない負傷を負った。
うち一人は片腕を失って復帰は絶望的である。
24人が1回の戦いで14人になってしまったのだ。
第2騎士団は20人が柵の外で戦った。うち4人が軽傷で1、2日休む必要があるが、戦死者もおらず、戦力的には大差ない状態である。
戦い終わって皆は詰め所に戻る。
エリアンシャルはうなだれている。
なんとか敵を撃退したとはいえ、1回の戦いでこれだけの被害を受けたことは無かった。
また、中1日でこれだけの軍勢が復活しているというもの驚きであった。
一昨日壊滅させた敵が、それを上回る数で攻めてきたのである。
こんな状況が続けは、2週間どころか5日と持たない。
敵の強さは最早精神論でどうにかなるレベルでは無くなっていたのだ。
そんな彼を見て、血や涙はあるが情けや容赦は無い大英も、さすがにイヤミを言う気にはならなかった。
逆にバレリアは大英達に親しげに接してきた。
「さっきはありがとよ。『ひょろい』とか言って悪かったな、あんたらの強さは本物だ。俺ら第2騎士団はみ使い殿に全面協力を約束するぜ!」
エリアンシャルを見て沈んでいた大英と秋津に笑顔が戻る。
執政官も
「ありがとう。これで希望が見えてきました」
と喜んでいる。
エリアンシャルはつぶやく
「神よ……我ら騎士はどうすればよいのです……」
執政官が神に代わって応える。
「エリアンシャル卿、神は既に我らに希望をお与えくださっています」
「執政官殿……」
顔を上げたエリアンシャルに執政官は頷く。
そしてエリアンシャルは意を決すると大英達に向かい、床に手をついて頭を下げた。
「み使い殿、先ほどまでの数々の非礼、伏してお詫び申し上げる。
私と第1騎士団は我らが誇りと信仰に懸けて、大英殿、秋津殿に協力致す」
「て、手を上げて、頭を上げて」
不慣れな事態に大英も、どもってしまう。
頭を上げたエリアンシャルの顔は、涙に濡れていた。
大英は右手を差し出す。
「さ」
エリアンシャルはその手を取り、立ち上がった。
大英は彼と周りを見渡して発言する。
「我らみ使い、神より与えられし使命を果たす事を約束します。一緒に頑張りましょう」
「オー」と歓声があがる。
そして宴席が設けられ、防衛の成功を祝した勝利の宴が始る。
だが、21世紀の平和な日本に暮らしていた二人には多少の違和感もあった。
「戦死者も居るというのに、宴なんか良いのですか?」
「何を言われるのです。戦死者が居るからこそ、必要なのです」
執政官は続ける
「戦は辛く苦しい物です。それゆえ勝利は尊く、そして神に感謝が必要なのです。
それを実現するためには宴しかありません。
戦の前に神に祈り、戦の後に宴を開いて神に感謝をささげる。
これが『戦の作法』です。
それに、戦死者が居るからと宴を行わなかったら、本人や遺族の方々は肩身が狭くなってしまうでしょう」
「確かに」
納得した二人も宴に参加した。
宴の詳細は省くが、一つだけエピソードを紹介しよう。
「それにしても、やっぱりここの人たちの目は凄く良いですね」
裸眼視力0.5の大英が語る。
アフリカの人の視力は5.0あるという与太話があるが、まぁ話半分にしても、2.0ぐらいはある人も居るのだろう。
そして事情はこの世界でも同じである事に、今頃思い至ったらしい。
「え?み使い殿も敵の死体を確認されていましたが、ちゃんと見えていらしたのですよね」
態度を変えて口調も変わったエリアンシャルが不思議そうに問う。
「いや、あれは望遠鏡だから見えていたんで、あの場合肉眼じゃ何のカタマリかも判りませんが」
「ニクガン?そういえば、敵が来襲した時もそんな様な事を言ってらしたような」
「……」
大英は数秒後、口を開いた。
「秋津の顔にあるコレ、何だか判ります?」
「ええ、目を守る防具ですよね」
「なぬ?!」
思わず秋津は飲んでいたビール(のようなもの)を吹きそうになる。
「大英殿も戦闘の前に装備されていましたよね。今は付けられていませんが」
それを聞いて大英が答える。
「ようやく事情が判りました」
「事情?」
執政官の問いに大英は
「彼の顔にあるのは防具ではありません」
「ええっ」
秋津は眼鏡を外して
「これは視力を補正する道具だよ。目に近づけて見てみ」
そう言うと、外した眼鏡を執政官に渡す。
眼鏡を目に近づけた執政官は驚きの声を上げた。
「こ、これはレンズですか。拡大鏡では見た事がありますが、このような使い方があるとは。あ、でも何か違うような」
それを聞いて大英は
「秋やん、老眼鏡?」
秋津は首をぶるんぶるんと振る。
秋津の眼鏡は近視用の凹レンズである。本人は老眼が始まっているが、眼鏡はまだ老眼鏡ではない。
ちなみに拡大鏡に使うのは凸レンズ。
大英が説明を始める
「これは拡大鏡のレンズとは逆のものです。真ん中が薄く周りが厚いレンズなので、物が小さく見えます」
「それは不便な。なぜわざわざそのようなものを?」
「私たちは近くの物を見る機会が多く、遠くを見ることが少ないため、遠くのものがよく見えないのです。
この『眼鏡』を使うことで、遠くもはっきり見えるようになります」
「はぁ」
鈍い反応から、思うにどうやら眼球の構造に関する知識がないらしい。
そもそも近視になる事も無いのであろう。
「では、それについては後日機会があったら説明しましょう」
紙に絵をかいて説明すれば解ってもらえるような気はしたのだが、そもそもここには紙もペンも無い。
動物の皮を使った紙のような物(羊皮紙みたいな物)ならあるが、残念ながら都でしか使っていないためこの村には無い。、植物を使ったパピルスっぽい物もあるが、それだって貴重品。その辺に転がっているものではない。
それに本題は別にある。
「それより、望遠鏡について見てもらったほうがいいですね」
そういうと、地上望遠鏡を取り出した。
「覗き込んでおられた筒ですね」
「見てごらんなさい」
受け取ったエリアンシャルが覗き込むと、予想外の物が見えた。
「うわ、な、な、これは一体」
目を回しながらうろたえるエリアンシャル。
筒の中には予想外のものが見える。
それが遠くの物だと理解する前に、ものすごい勢いで見えるものが変わっていく様に混乱状態となってしまったのだ。
最小拡大率10倍の望遠鏡なので、ちょっと手が震えるだけで、視界はえらい勢いで流れるのである。
「複数のレンズを組み合わせて、遠くのものを拡大して見る道具です。眼鏡やこういった道具を使わない自然の状態を肉眼と呼んでいるのです」
エリアンシャルは改めて望遠鏡をのぞき込み、それが遠くの景色が近くに見えていることをやっと理解した。
「なんと、そんな事が。俺にも見せてくれ」
「あー、手を洗ってからにしてもらえます」
握っていた肉の付いた骨を置いて手を伸ばしてきたバレリアに、大英は先に手を洗うよう求めた。
「おお、わかった」
「では、その間に」
と執政官が手を出したので、エリアンシャルはそちらに渡す。
「これは、すばらしい魔道具ですな」
「いやー魔道具ではないんですがねぇ」
執政官が知っているレンズはいわゆる虫眼鏡。
近くにあるものを拡大して見ることはできるが、遠くのものを拡大するのには向かない。
エリアンシャルは
「まさかこんな機能の筒だったとは」
と感慨深くつぶやいた。
最初見たときは、視界を制限することで対象の観察に集中するためのものかと思っていたが、全く違っていた。
まだまだ思いもよらない魔道具のような物があるのかもしれない。
み使いには自らの常識が通用しない事、そしてまだ若い自分には様々な経験が足りない事を悟るエリアンシャルであった、
その後、手を洗って戻ってきたバレリアが望遠鏡をのぞき込み、目を回して倒れたのはご愛敬である。
そうして日が暮れるまで、勝利の宴は続いたのであった。
ちなみに帰りの運転は大英がやった。(彼はアルコール類は飲んでいない)
他に車が存在しない道であっても、やっぱり飲酒運転はよろしくないのでね。
脱輪してもJAFは呼べないし。
用語集
・地上望遠鏡
初出は前回だが、都合(ネタバレ抑止)によりこちらで解説する。
大英が持ち歩いているのは10倍~30倍までのズーム機能を持ち、かつてComet社から販売されていた製品。口径は30ミリ。
天体望遠鏡と違い、天地が逆さまにならないようにできている。
なお、鏡筒はスライド式で格納時は長さをほぼ半分にできる。
格納時にレンズを保護するために、対物レンズと接眼レンズの両方にレンズカバーがあるのだが、接眼側の方が大きいという変わり種。
接眼側に視野に余計なものが入らないよう黒いゴムでレンズフードっぽいものが付いているため、直径が対物側を超えているのだ。この辺のデザインがエリアンシャルの思い違いを助長したのかもしれない。
伸ばした際の真ん中にはストラップが付いていて、これを外すと、カメラの三脚に固定できる。
現在は生産されていないが、一番近いものは「単眼鏡」とか「フィールドスコープ」といった製品群だろう。
ちなみに大英は同社の天体望遠鏡も持っているが、でかいので当然持ち歩いたりはしていない。
・ビール(のようなもの)
よく言われる「エール」という奴ですね。
ファンタジー世界では定番の飲み物です。
いや、ファンタジー世界でなくても中世ヨーロッパなどが舞台だと出てきますけど。(コッチが元だろう)
本来はあまり位の高い人が飲むものでは無いのですが、ここでは騎士も飲んでいるようですな。
・眼鏡はまだ老眼鏡ではない
「老眼になると遠くしか見えなくなるため、近視が治る」は都市伝説である。
「近くも遠くも両方見えなくなる」が正しい。
そのため、いわゆる老眼鏡では遠近両用メガネとなっている事が多い。
つまり、秋津の眼鏡はまだ遠近両用ではないのである。
<呼び方について>
本編(正確には前回ですが)で
エリアンシャル卿と呼ばれた20代半ばくらいの騎士
という件があります。
ここ、本来はオカシイのですが、気になった方は居ますでしょうか。
(多分いないと思います。なにしろエリアンシャル家の系図も内情も描かれていませんから)
まぁ異世界なので、現実世界のしきたりや形式がそのままでは無いのですが、コレについてはこの世界でも本来の使い方では無かったりします。
シュリービジャヤ君の場合、当主たる父親(伯爵)は健在。
彼の父親であれば、他の貴族からは「エリアンシャル卿」と呼ばれるのは正しいのですが、当主ではない彼自身を「エリアンシャル卿」と呼べるのは、本来は彼から見て主君に当たる辺境伯だけ。
立場上(序列はあるとしても)執政官は同格なので「エリアンシャル殿」または(嫡男なので)「シュリービジャヤ=エリアンシャル卿」と呼ぶのが、この世界での正しい呼び方。
後者は長くて不便なのと、この場にエリアンシャル家当主が居ないため、慣習的に「エリアンシャル卿」と呼んでいるものです。
一方が「バレリア卿」でもう一方が「エリアンシャル殿」ではちょっとアレな気がするので。
現実世界では…イギリスの場合後者のようなフルネームでの呼び方はしません。
伯爵家なので嫡男なら呼び方は当主と同じです。
なお、イギリスなら世襲貴族なら家名とは別に爵位名があるのが普通ですが、この異世界では王直下の配下にしかありません。
直下と言うのは、江戸自体なら大名クラスの事。大名家家臣に相当する家には爵位名は無いのです。
つまり、辺境伯には爵位名がありますが、エリアンシャル家には無い訳です。
なお、現実世界とは違う点がもう一つ。
この世界では騎士は世襲するのがデフォルト。
そのため、わざわざ世襲しない騎士を「一代ナイト」と記していますが、現実世界では逆に世襲しないのがデフォルトです。
なので特に「世襲騎士」と書かない限り、世襲されない騎士です。