第28話 おっさんズと宗教改革令 その5
秋津たちが幽霊相手に困惑していた頃、大英達は王都への道を進んでいた。
秋津はマルダーに乗って行ったのだが、大英は最初はマルダーに乗ったが、休憩の際にデザートシボレーに乗り換えた。
無限軌道はうるさく振動も多い傾向があるが、実際乗って見るとやっぱり余り乗り心地が宜しくなかった。 というのが理由だ。
道中大英達は太后から、彼女の家に伝わる話を聞く。
大英、ゴート、リディア、パルティアに太后は話す。
「この事はゴートは承知している事ですが、二人には話した事はありませんね。 事は60年前に遡ります」
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-- 60年前 王都 --
メーワール太后の祖父タワンティン=サンはこのとき29歳の王太子であった。
その父タワンティン6世は最近健康状態がすぐれない事が増えており、譲位の日も近いと言われていた。
だが、王都にはタワンティンは「愚か者であり王の器ではない」という噂が流れる。
つまらない噂のはずが、貴族たちは納得してしまう。
王宮で人と話す事より研究室で神や魔法について調べ物をする事を好む性格が災いしたようだ。
そして王都の貴族たちの間では明るく活動的な弟のティワナク=サンこそ、次の王に相応しいという声が広まっていた。
だが、それはティワナクの小姓であるヌヌー卿オルメカの暗躍により「作り出された」声であった。
そんな中、突如タワンティン6世は倒れる。
急な病で意識不明となった王は、そのまま世を去った。
既に立太子を終えた王太子がいるのだから、そのまま彼がタワンティン7世として即位するはずだったのだが、ここでクーデターが起きた。
葬儀の指揮を執るため王宮に向かう途上の王太子をヌヌー卿率いる兵士たちが襲撃した。
だが、襲撃は失敗する。 しかし、ヌヌー卿も次の手を打っていた。
逃げ延びた王太子は家族と共に王都脱出を図るべく家へ戻ろうとするが、既にそこにはヌヌー卿の手の者が先回りしていた。
異常事態を察知した王太子の妻は、ヌヌー卿が送った使者を通さない。
さらに、裏口から息子を脱出させる。
しびれを切らした使者達は王太子の妻を拘束し家に押し入ったが、既に息子は王太子と合流していた。
こうして王太子と10歳の息子は王都を脱出した。
王太子とその後継者の拘束には失敗したが、ヌヌー卿は「愚王の即位を阻止するため追放した」と宣言しティワナクの即位を認めるよう貴族たちに働きかける。
こうして王の葬儀の後、弟はティワナク1世として即位した。
諸侯の中には強引な展開に疑念を持つ者もままいたのだが、王家の力は強く、誰もお家騒動に介入する意思も力も持たないのであった。
夫と息子を逃がした妻は、拷問を受けたが逃亡先を口にする事無く、辱めを受けるを良しとせず命を絶ったと言う。
その死を逃亡先で聞いたタワンティンは涙し、その傍に居た人々は彼女を「真の王妃」として讃えた。
その後、宰相となったヌヌー卿は反対勢力の台頭を抑止するため、タワンティン一家の死亡を確認したと発表する。
もちろん、確認などはしていない。
-- 59年前 --
クーデターの翌年、行方をくらましていたタワンティンと息子は、ザバック辺境伯領に居た。
身分を隠すため、ピスカ=アーリアと名乗っていた。
息子の名も彼と同じタワンティン=サンであったが、こちらも一般人と同様に父とは違う名を名乗らせた。 その名をスウユ=アーリアという。
ピスカはザバック辺境伯とは個人的な親交があり、彼を信じる辺境伯はその身を匿ったのだ。
ピスカは王位奪還は考えなかった。
むしろ自由な身を得たとばかりに、研究に没頭したと言われている。
だが、彼が設立した研究所の運営は的確で、リーダーとしての才覚があった事を伺わせる。
彼の争いを好まぬ考え方は息子にも受け継がれ、無暗に争わず、父と同様研究者の道を進む。
-- 45年前 ザバック辺境伯領 --
この前年、24歳となったスウユは妻を迎えた。
そしてこの年、長女が生まれる。
その名はメーワール=アーリア。 後のスブリサ辺境伯妃メーワール=オーディスである。
ピスカは孫の誕生を喜んだが、彼が孫娘と過ごした時間は長くなかった。
3年後、ピスカは世を去る。 本来は王としてこの国を導くはずだった男は、辺境の地にてその生涯を閉じた。
アーリア家の不幸は続く。
メーワールが生まれたのち、弟と妹が生まれたが、二人とも1歳の誕生日を迎えることなく天に召された。
それは特別な事では無く、この世界では普通の事ではあったが、不幸には違いない。
そしてメーワール6歳の時、母が病で他界。
その翌年には父スウユも後を追うかの様に、体調を崩し倒れ、回復することなく亡くなった。
孤児となったメーワールは、アーリア家の執事をしていたアッシリア=バメスの手引きにより、ザバックの城で育てられる事となる。
バメスの妻メディアはメーワールの教育係となり、メーワールは母のように慕ったと伝わっている。
-- 29年前 スブリサ辺境伯領 --
16歳となったメーワールはスブリサ辺境伯アケメネス2世と結婚する。
そして長男セレウコス、長女サファヴィーを授かった。
その後次男が生まれたが、2歳で亡くなっている。
-- 11年前 スブリサ辺境伯領 --
結婚から18年後、アケメネス2世は病に倒れる。
看病の甲斐なく世を去り、16歳のセレウコスがセレウコス4世として跡を継いだ。
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「……という事です」
思いがけない話に、3人もなかなか言葉が出ない。 ゴートも目を瞑り黙している。
やっと大英が口を開く。
「と言う事は、今の領主様は王家の血を受け継いでいるという事になるのですね」
「そうなります。 もし王家がこの事に気づけば、戦いは避けられないでしょう。 民の安寧を考えれば、避けるべきでしょうが、覚悟は必要です」
争いのネタは宗教だけでは無かった。
「壊れる可能性のある物は、いつか壊れる」なんて言葉がある。
戦争も同じだ。
戦いの原因に成り得る事柄があれば、いつかは戦いになる。
避けるための様々な手段は、単に「その日」を先送りにするだけ。
原因が自然現象なら、時の経過で消え去る事もあろう。
だが、人為的な物なら、そこに人の意思が介在するなら、いつか火が付く。
戦争で利益を得る者が居る限り、「俺も同じ旨味を得たい」と思う者は後を絶たない。
そしてその旨味を得た勝利者は、旨味を脅かす者が居るとなれば、決して許さない。
それがパクスの原則である。
たとえ相手にその意思が無かろうと、「それを可能とする可能性」があるなら、排除の対象となるのだ。
それは小さな王国でも変わらない。
いや、この世界には人々の認識する国家は一つしかない。
「他国」という概念は無く、国境の外には未開の民が閑散と居るか、人の住まない森が広がるか、どこまで続くか判らない海があるのみ。
故に、この国は「小さな王国」ではなく「世界帝国」であり、その支配概念にはパクスの原則が適応できるのだ。
予想より悪い事態かも知れないが、現状王家が気づいている事を示す情報は彼らの手元には無い。
だが、非常に機微に配慮が必要な事態であり、確かに太后でなければ判断できない事象が発生する事も想定されるだろう。
こうして事情を理解し共有した一行は、3日後王都に到着した。
用語集
・パクスの原則
一般にはこういう用語はありません。 本作独特の言葉です。
ナンバー2の台頭を許さず、ナンバーワンの地位を維持し続ける。
そしてナンバー2の台頭を阻止しきれなくなった(阻止を諦めた/阻止に失敗した)時や、ナンバーワンとその他の差異が乏しくなった時、「時代」は終わりを告げるのである。
このため、この国は封建制ではなく、王と諸侯の力(軍事力に限らず、経済力、そして権威・正統性を含む)に圧倒的な差がある古代中央集権国家なのだ。