第28話 おっさんズと宗教改革令 その4
日が暮れる。
マカン村の随所を陣松明が照らす。
詰め所では皆が待機する。
ティアマトはエミエルと楽しそうに話している。
アレだ、夜更かしする子供と子守りだ。
その微笑ましい様を見て、秋津が声をかける。
「楽しそうだね」
「えー、そう?」
「おお、あんまり見ない表情だしな」
「いつもお世話してますから」
「お世話させてあげてるのよ」
二人は本当に仲がよさそうだ。
「二人の付き合いは長いのかい」
「ええ、ティアマト様が生まれた時から担当してます」
「へーそりゃ仲が良くなる訳だ……ん?」
「どうされました」
「ティアマト神って、二十歳だよな」
「ええ」
「それがどうかしたの?」
エミエルもティアマトも「何か問題でも?」という顔をしている。
二十歳のティアマトが生まれた時から世話をしているが、見た目は二十歳以下のエミエル。
「もしかして、天使も神様のように長生きなのか?」
「そんな訳無いでしょ、エミエルは92歳だっけ?」
「91ですよ」
「9……長生き……」
秋津は絶句する。
「あ、天使は地上の人達よりは長生きですよ、寿命は大体千年くらいですね。 でも何十万年も生きる神様よりは全然短いですよ」
「そ、そうなんだ」
天使、それは神の世話をするために生み出された存在である。
千年も生きれば十分かと思うかもしれないが、神の寿命の数百分の一である。
これは人間に例えれば、家事介護ロボの寿命がひと月くらいしか持たないようなものだ。
本当は少なくとも1万年、出来れば10万年くらいは生きて欲しい所ではあるが、神に天使の改良が出来るエンジニアはおらず、天使も自身の改良は禁止されている。
「まてよ、という事は、敵の天使もそうなのか」
「当然じゃない」
「そうなんだ」
秋津は敵の天使達は見た目が若いから人生経験も浅いと思っていたら、自分よりもずっと年上という事に驚愕する。
「これは油断できないな」
「今まで油断してたの」
「いや、俺はともかく大英は油断してないだろうな。 相手の年齢とか気にしない質だから」
「そう、あんたも油断しないようにね」
「そうするわ」
そんな話をしていると、伝令が入ってきた。
「報告します! 『幽霊』を確認しました!」
直ちに現場に向けて出動する。
そう遠くでは無く、程なく到着する。
「あれね」
「幽霊」を視認したティアマトはアキエルを呼びだす。
アキエルは早速調査を開始する。
「変ねぇ」
「何が?」
「ソコには何も無いわ」
「何も無いだと?」
「そんな馬鹿な」
秋津もシュリービジャヤも驚く。
現にそこに浮遊しているのが「見えている」のである。
秋津はアキエルに問う。
「じゃ映像って事か?」
「それもちょっと違うのよね。 周りに近接投影出来る物も無いし、遠隔投影する条件も成立してない」
「遠隔投影って何だ?」
「衛星から送って映像を空間に配置する魔法よ。 今出てるあたしの通信映像も遠隔投影だし」
「ああ、そっか」
別にティアマトは「スマホ的な何か」を持ち歩いている訳ではない。
単に呼びだせば、映像が近辺に現れる。
「遠隔投影出来る条件は、誰かが近くに居る事。 この場合レリアル軍の誰かが近くに居ないと出来ないはずなのよ」
「では、この中にレリアル軍の人間が紛れ込んでいるのでしょうか」
シュリービジャヤにしてみれば一大事である。
召喚軍の兵士は当然違うし、村人は皆家の中。
もし、紛れているとすれば、第1騎士団の誰かが入れ替わっているか、裏切っているという話になる。
「それは無いと思うけど……、え? そう、ありがと」
「どうしました」
「あのね、ここへ投影しているエネルギー総量は、全部あたしが今使っている分だけと判ったの」
「それはどういうことなのでしょう」
「ここに衛星から投影してるのはあたしだけ。 他にここに投影している者は居ないという事」
「という事は、アレはやはり投影じゃないって事か」
秋津も「幽霊」が映像では無い事に同意せざるを得ない。
だが、そこに見えるのである。
アキエルも頭を悩ます。
(映像じゃない。 実体も無い。 エネルギーもゼロ。 なのに光学観測にかかる……。 しかも、この衛星使用量なら、むこうは映像観測してるはず)
裏切り者や入れ代わりが無いと決まった訳では無いが、ひとまずそれを疑う必要は無くなってほっとしたシュリービジャヤはぽつりと零す。
「あれは何しに現れているのでしょうね」
「何しに? そうだな、攻撃もして来ないって事は、情報収集か」
「という事は、むこうはこちらを見ているのでしょうか」
その浮遊する様は、こちらを全く無視している。
取り囲んでいるから、もし見えているなら何か反応があっても良さそうなものだが、無反応。
昨夜も斬りかかっても避けるでもなく、反撃するでもない。
まぁ、実体が無いから反撃も出来ないのかもしれないが。
「情報収集なら、動きが変だよな。 見えてないんじゃないか」
建物に入っていくでもなく、ただまっすく進んでいて、時折進路を変える。
だが、それも何かを見つけてという感じではない。
今もすぐ横に装軌車両が収められた車庫があるが、全く気にも留めず進んでいる。
情報収集なら、家々に入って行っても良さそうなものだ。
(こちらからは見えているのに、向こうはこちらを視認できていない? 目が見えないか、そもそも目が無い? そんな者をあのミシエル君が作る?)
「見えないんじゃ情報収集にならないのでは?」
「いえ、存在すれば、衛星で周辺情報を取得する権限が生まれるので、本人が見えている必要は無いと思いますよ」
エミエルでもこの位は判るらしい。
「それなのに見えている様子が無いって事は、リアルタイムで情報共有は出来ないって事か」
「多分そうですね」
(見えなくてもいいんじゃなくて、見る方法が無い……実体がここに無いのに、姿だけ見えている?)
考え込みながらコンソールを操作するアキエル。
そして叫ぶ。
「見つけたわ!」
「うお、な、何を」
急な大声に驚く秋津。
「何をってアノ幽霊に決まってるじゃない」
「そ、そうか。 で、見つけたとは? あそこに見えるのは違うのか?」
「アレは射影だわ」
「しゃえい?」
「近隣の異空間に存在を確認したわ、こんな場所に居るとはねぇ」
「えーと、どういう事だ?」
射影とは文字が示す通り「影」である。
*****
ミシエル達は衛星からの映像を見ている。
「これは、どうやら向こうも気づいたかな」
「ティアちゃんとエミエルが居るわね。 という事は、アキエルさんにも繋がってるね」
「あの方なら、気づかれるでしょうね」
「でも、対策は簡単には出来ないだろうな」
「そうですわね」
「そろそろ時間かな」
「幽霊」は姿を消し、帰途に就いた。
アキエルが見つけた「幽霊」の正体はレイスと言うモンスターである。
モンスターと言っても、人レベルの知能を持つ。 オークより賢い。
レイスは異空間に浮かんでいる。
目に見える物はレイス本体ではなく、その影。
もう少し正確な言い方をするとアキエルが言う様に「射影」と言う。
影だから平面かと言うとそんな事は無い。
異空間は空間的に4次元の方向(w軸と表記する事もある)であり、影もそこから3次元の実空間に落ちている。
レイス自体は3次元の存在だが、実空間に対して並行に浮いているため、その射影も3次元になる。
単なる影のため、攻撃する事は出来ないが、当然攻撃を受ける事も無い。
偵察活動はレイス自身が行うのではなく、実空間に落とされた影の位置を特定し、衛星からの観測を実施している。
通常は「相手の勢力圏下」は観測禁止となっているが、自軍の兵(亜人に限らず、モンスターであっても知能を有する場合は含まれる)がいる場合は、周辺の観測が認可される。 影だけでも存在しているものと見做される。
つまり、レイスの役割は村の中に存在する(正しくは村の中に射影を落とす)事。
約1時間ほどして、レイスは射影を落としたとすれば、その射影がミシエルの基地近辺に落ちる場所まで到達した。
ミシエルは装置を操作して、レイスを回収する。
レイス自身は異空間に出入りする能力は無い。
異空間への移動と実空間への帰還はミシエルの作った装置によって行われる。
レイスの特殊能力は、単に異空間でも生存し、行動できるというもの。
でもこれは重要で、オークとかを(ミシエルの装置で)異空間に送っても、現地で移動はできないし、生きられない。
レイスは魔力によって移動するが、移動しなくても浮かんでいるだけでも魔力を消耗する。
ミシエルの装置で送られる異空間は、居るだけで魔力を使う「場」なのだ。
レイスの魔力には限りがあるので、活動できる時間も限られる。
村への往復の時間を考えると、村内での活動時間は20~30分程度だ。
なお、レイス自身は日中でも活動に制限はないが、日中は射影の観測が難しくなるため偵察に出動することはない。
レイスは偵察活動が終わると、影を消して帰途に就く。
これは、透明化というスキルであって、単に行き帰りの道を相手に知られないためのもの。
当然の事ながら、影が消えれば衛星による観測もできなくなるので、観測中は影を落としている。
*****
アキエルは秋津たちに解説したが、21世紀の人物である秋津でも、それを全て理解したとは言い難かった。
「うーん、大英君なら判ってくれたと思うんだけどなぁ」
「そうだろうなぁ、帰って来たら話してやってくれ。 俺からだと多分うまく伝えられない」
「そうするわ」
「それで、アレの活動を止める方法ってあるのか」
「そうねぇ、リアライズシステムで呼んだ兵器じゃ手出しできないわね」
20世紀や21世紀の兵器が異空間とか亜空間とかに攻撃できるなんて事は無い。
某宇宙戦艦なら、なんとか爆雷とかを撃ち込むこともできようが、現実の装備では無いから召喚出来ない。
「それじゃ、やられたい放題って訳か。 攻撃される事は無いと言っても、あまりいい気分じゃないな」
「とりあえず調べてみるわ」
「調べる?」
「戦時協定違反にならない範囲で、天造兵装をどこまで使っていいかよ」
「てんぞうへいそう?」
「天界の技術で作る武器よ、召喚兵器に機能を付与する事は出来ないから、独立した武器として地上の騎士に使ってもらう事になると思うけど」
「そんなものがあるんだ」
「キリエルちゃんやティアちゃんが使ってる『エンジェルシステム』だって武器では無いけど、天造装備よ」
「そういえばそうだな」
こうして、問題の解決はしてないが、幽霊の正体が判明(名前は判明していないがな)した事で、「夜に幽霊が出る」という噂は解決した。
対策があるかどうかはまだ何とも言えない状態だが、とっかかりはあるので、前進できる。
一方その頃、大英達は王都への道を進んでいた。
用語集
・生まれた時から担当
「第14話 おっさんズ、幼女と知り合いになる その2」のラストで「子守りの仕事が軽くなって喜んでいる天使」とはこのエミエルの事である。
というのは秘密だ。
・91歳/寿命は大体千年くらい
千年生きるなら人間で言えば9歳相当かと言うと、そんな事は無い。
神もそうだが、最初のうちは成長は早くなっている。
でないと10万年は生きると見積もられているティアマトは、4歳どころかまだ生後数日の赤ん坊という事になってしまう。
・家事介護ロボの寿命がひと月くらい
ガシャポンで出てくるライトなんかだと「電池交換不可・充電不可」なものが普通だが、そんな感じだろうか。
充電も電池交換も出来ないロボみたいな感じ。
なお、最近建造されている米原潜は燃料棒の交換をしない想定だそうな。
建造時に入れた燃料が尽きたら、その艦も寿命となる。
・天使も自身の改良は禁止
これが許されていたら、いずれシンギュラリティが起きるでしょう。
神と天使の立場が逆転してしまいます。
なお、地上の人間に対する「改良」は許されている。
地上人ユマイ=マタラムが神ユマイ・ゴンドワナになれたのは、一種の生体改造(改良)の結果である。
・近接投影
言うまでもなく、ホログラム投影機能を持つ機器を使って行うもの。
某SF映画で円筒型のロボが姫の映像を出してましたね。
・他にここに投影している者は居ない
相手側の消費内容は判らない。
だが、衛星の総使用量は判るので、自分の使用量を差し引けば、相手の使用量も判る。
それが観測は出来ても投影が出来る量では無かったという事だ。
まぁ、陣営が3つも4つもあったら、こうはいかないがな。
・衛星で周辺情報を取得する権限が生まれる
逆に言えば、相手の領域は基本敵に情報収集禁止領域となっている。
この規制が無ければ、アキエルはミシエルの基地の所在をとっくに特定して大英達に伝えているだろう。
・リアルタイムで情報共有は出来ない
衛星の観測結果を「幽霊」に送る事が出来ていないという事。
・実空間に対して並行に浮いているため、その射影も3次元になる
補足しよう。
通常の射影は「一つ次元が減る」のだが、これは元々の物体がその次元の存在の時の話。
サイコロは立方体だが、その影は平面になるのはこのため。
だが、最初から一つ下のものなら、減らない。
判りやすくするため一つ次元を落として、2次元で説明しよう。
2次元の物体を3次元(Z軸)方向、例えば上に移動する。
その時、一切傾けなければ、下に落ちる影は形状はそのままで2次元のように面積を持つ。
この時、傾きがあると「ゆがむ」ことになる。
縦そのままで横が縮むといった事になる。
傾きが90度に達すると、2次元の存在は厚さが0なので、射影は面積を持たない「線分」になる。
この時だけは例外的に「一つ次元が減る」状態になる。
レイスは傾きなく浮いているため、次元数は減らず、縦横高さ3次元の影が実空間に現れる。
もし、傾いていたら、いずれか一つまたは二つの軸方向に縮んで歪んだ形状になる。
4次元の存在では無いため、形状自体が変わる事は無い。
なお、傾いた結果完全に垂直になれば、厚みの無い平面の影になる。
ただし、地面に出るとは限らないし、立っていて厚みが無いという存在になるかもしれない。
なお、レイスは3次元方向にしか移動も姿勢変更もできないため、4次元方向に「傾く」事は自分では出来ない。
・形状自体が変わる事は無い
話が難解なので、特別に本項で出た用語にも解説を付けます。
二次元の影で言えば、サイコロの影はサイコロが傾きなく、真上から光を当てれば正方形の影になります。
その状態でサイコロをX軸Y軸共に傾けると、6角形の影になります。
二次元人から見ると、正方形をどう組み合わせても6角形になるとは想像もできない話でしょうけど。
レイスも4次元の存在なら、傾いただけで不可思議な変形をする事でしょう。
・エンジェルシステム
あの白い翼と白い輪が出現し、空を飛べるやつです。