第28話 おっさんズと宗教改革令 その3
話は数日前に遡る。
マカン村では騎士団の中である噂が広がっていた。
曰く「夜に幽霊が出る」と。
詰め所に青い顔の従卒が飛び込んできた。
「で、出た……」
「何、どうした、何が出た」
「ゆ……」
「ゆ?」
「幽霊が……」
「馬鹿な、そんなものが」
詰め所に控えている騎士は噂に惑わされまいと報告を否定する。
だが、別の騎士は噂を信じる。
「まて、とにかく確認すべきだ」
しかし、騎士達が現場に行っても、何も居ない。
時間が経っているから、何か居たとしても移動したと思われる。
たいまつをかざしても、足跡などは見えない。
翌朝、改めて現地を確認するが、何かが居た様子はない。
結局、目撃談があるだけで、証拠は見つからない。
このような事が、毎回場所を変えて数日続いていた。
騎士団長シュリービジャヤ=エリアンシャルと召喚軍指揮官エルヴィン・ロンメルはこれは偶然の出来事や、疲労から来る誤認などではないと判断し、普段は南壁付近に集中している召喚軍の兵員を、村内に分散配置する事にした。
レリアル軍が絡んでいるという見立てだ。
シュリービジャヤはロンメルに問う。
「如何に神獣騎士隊といえども、村全体を網羅するのは難しいのではないですか」
「全体を見る必要はありませんね、これまでの話を総合すれば、同じところには二度と現れていない」
「なるほど、では、目撃例のない所に配置すると」
「そう」
その夜、予想は的中し、ブリティッシュ・コマンドスの1名が「幽霊」を視認した。
彼らは2名一組で配置されており、相棒もその存在を確認、報告に走る。
「そうか、よし、直ちに作戦に取り掛かれ」
ロンメルは指示を出すとロシア歩兵2名を引き連れ現地へ向かう。
シュリービジャヤも8名の騎士と共に続く。
「幽霊」はただ浮遊しつつゆっくり移動していた。
その体はやや透けており、「幽霊」と呼ばれるのも頷ける。
ロンメル達が到着した時、コマンドスも5隊10名が集まって来ていた。
目標を見つけたので、ロンメルの指示で監視任務から、攻撃任務に変更したのだ。
集まった兵達は遠巻きに「幽霊」を包囲する。
コマンドスの1名が前に出て声をかける。
他の兵達も松明を掲げ周りを照らす。
「止まれ、何者か!」
だが、「幽霊」は返事をしないし、止まる事も無い。
言葉が判らないのか、無視しているのか。
いずれにしても、人間ではないのは確かだ。
「止まれ、止まらねば撃つ!」
警告も効果は無い。
対応したコマンドスは後退し、同士討ちを避けつつ射撃を開始する。
しかし。
射撃は何の効果も示さない。
「幽霊」は何事も無かったが如く、浮遊したまま移動を継続している。
反撃する事も逃亡を図る事も無い。
再度コマンドスが発砲するが、弾はすり抜けているとしか言いようがない。
「撃ち方止め」
ロンメルは射撃に効果が無いと判断し、やめさせる。
そしてシュリービジャヤに向くと告げる。
「やってくれるか」
「お任せを」
騎士が2名剣を構え突撃する。
そのまま斬りかかるが、空気を斬るが如く手ごたえが無い。
「馬鹿な、そこに居るのに、どうなっている!」
斬り続ける騎士の一人に「幽霊」がぶつかる。
「うお」
防御姿勢を取る騎士。
だが、「幽霊」はそのまま騎士の体をすり抜ける。
騎士は腰を抜かしてその場に座り込む。
「な、な、なんだ、なんなんだ」
シュリービジャヤは騎士の一人に剣では無く松明を持って突撃させる。
騎士は松明を「幽霊」に突っ込むが、何も起きない。
「幽霊」も松明も、互いに相手が存在しないかの如く通り過ぎ、燃え続ける。
ロンメル達はどうする事も出来ず、ただ「幽霊」を監視するだけだった。
「これは映像なのか? だが、投影する機器など無いが……」
そして10分ほどすると、「幽霊」は姿を消した。
「何という事だ。 これは閣下に報告しないとな」
翌朝、ロンメルは報告をまとめると都に通信を送り、み使いの指示を仰ぐ事とした。
その報告が届いたのは、大英達が王都に向かって出発した後であった。
報告を受けた秋津はティアマト神が現れるのを待ち、彼女を連れてマカン村に向かう。
事が事だけに、天使の意見を聞きたいと思ったためだ。
村へ向かう道中、秋津はティアマトに通信を開いてもらい、アキエルに相談する。
「弾も剣も火もすり抜けるって、どんな奴だろう」
「ちょっと考えづらいわね。 そんな『生物』は異世界でも見たこと無いし」
「だけど、どの方向から見ても存在しているって事は、映像って訳じゃ無いよな」
「どうかしら、3D映像の投影なら可能だけど」
「ホログラムか、でもそれならロンメルでも気づきそうな気もするんだが」
ロンメルが生きていた時代にホログラムなんて無い。
しかし、召喚されたロンメルには現代の知識も付与されているから、知っているはずだ。
「でも多分無理ね、『勢力圏下』でないと投影は出来ないから」
「勢力圏下?」
「そ、今話してるこの映像だって投影してるものだけど、これが出来てるのは今いる場所がム・ロウ神の勢力圏下だから」
「じゃ無理だな」
「でもね、例外はあるの」
「例外?」
「誰かが居れば、そこは一時的に勢力圏下扱いになるのよ」
「という事は、村の中にレリアル軍の何者かが侵入しているって事か」
「そうかも。 まずはソコを調べてみるべきね」
「厄介だなぁ。 小さな蛇とかだったら気が付かんぞ」
「それは無いわ」
「え、何で? あ、蛇に投影は出来んてこと?」
「いえ、投影自体は術者が近くにいる必要は無いわ。 だけど、蛇には知性が無いから、勢力圏下として扱われないの。 勢力圏下扱いになる『誰か』は知生体のみよ」
「知生体か。 ソレってロボットも含むのか?」
「ロボット?」
「昆虫型メカみたいなやつで、人工知能とか入ってる奴」
「あーあー、そういう発想は無いわねー」
天界ではスパイメカ的な物を必要としないため、作られていないようだ。
「試した事は無いけど、多分無理じゃ無いかなぁ。 魔法を使う機械はあっても、天使の代わりが出来る機械を作った事は無いから、知性はあっても生物扱いされないと思う」
サイズに関わらず、メカが居るだけでは勢力圏下として扱かわれないらしい。
「ちょっと待って、え、そうそう、あーなるほど」
アキエルは誰かと話しているらしい。
「お待たせ、やっぱ無理ね。 ゴーレムの運用実験した記録が見つかったんだけど、通信が繋がらなくなったから、物理的な通信機を組み込んだってなってる」
「おーゴーレムか、あるんだ」
「研究者の玩具よ、量産されてる訳じゃ無いわよ」
「でも、あるって事は敵として出てくるかもな」
「それはあるわね。 ミシエル君なら魔法生物も扱うから、多分作れるわね」
「魔法生物? まてよ、レイスとかってあり得るのか?」
「レイス? うーん、聞かないわね。 音がそのままって事は翻訳されてないか……。 どんな物?」
「幽霊の一種で、物理攻撃が効かないですり抜けたりする」
「幽霊かー、それは現実の存在ではないわね」
ファンタジーっぽいモンスターは色々現れるが、ファンタジー世界では無いから、幽霊とかは居ないらしい。
アキエルは横に居るスタッフに聞く。
「ねぇ、どっかの異世界に居たりしない?」
返事は芳しくない。
「だよねー、判る範囲じゃ居ないわ」
「ミシエルとやらが作り出す事は無いか」
「流石に実体が無い生物やらゴーレムってのは考えずらいかな」
霊的な存在自体が空想上の物で、天界にも居ないし、天界の魔法を以てしても生み出せないらしい。
そうしているうちに、村に到着した。
一行はそのまま騎士団詰め所に向かい、実際に対峙したロンメル達を加え会議となる。
「これは難しいわね。 こうなったら実際に観測して見ないと……」
そこまで言ってアキエルは言い淀む。
詳細な観測を行うには通信か開いている必要があり、そのためには天界の天使または、それに相当する存在が現地に居る必要がある。
「何か問題でもあるのですか」
シュリービジャヤの問いに、アキエルは「自分を含め、今手が空いてる天使が居ない」と告げた。
「そうですか、それは困りましたね」
「何を困る事があるのよ、私が居るじゃない」
ティアマトの発言に皆彼女の方を見る。
「待って、ティアちゃん、幽霊が出るのは夜よ、寝る時間よ」
「だって面白そうじゃない」
「分かったわ、ちょっと待ってね」
そう言うと、アキエルは席を外す。
秋津は心配する。
「大丈夫なのか」
見た目だけなら4歳児だし、実年齢でも20歳の女の子だ。
それだけでも戦場を歩き回るべきでは無いうえ、神である。
まぁ、この世界の常識なら20歳なら立派な戦士として認められようが、そうであっても体格4歳児のVIPを前線に出すとかありえないだろう。
もちろん、神に攻撃するなど禁則事項で戦時協定違反だが、どんな事故が起きるかは判らないし、相手に知性が無ければ禁則に従う事も期待できない。
「これは、皆心して護衛に当たらないと」
シュリービジャヤも頭を抱えるが、当の本人はやる気である。
すると、通信ウインドウにアキエルが戻ってきた。
「調整付いたわ、余り戦い向きでは無いけどエミエルを行かせる」
「なーに、あたし一人でも大丈夫よ」
「そうはいかないわよ」
結局のところ、元の仕事より重要な仕事が出来たので、天使を送る事にしたという事だ。
まー偉い人が来るから予定を組み替えるってのは、サラリーマンなら判る話だね。
なら、エミエル一人で良さそうな気もするけど、ティアマトが見たいって言ってる以上しょうがない。
「じゃティアちゃん、データ送るからゲートポイントお願いね」
「しょうが無いなー」
しぶしぶ了承して、データを受け取ると、そのまま詰め所の中でコマンドを唱える。
「クリエイト・パーマネント・ゲートポイント」
「セット・ロードデータ・エミエル・レストラクション」
「コマンド・コンプリート」
他者用のゲートポイントの設置は専用のデータを参照させる。
自分用と違い、個人認証用の情報を外から与える必要があるためだ。
床に魔法陣が現れ、やがて消えた。
「出来たわよ」
「ありがと、じゃエミエル、お願いね」
「はーい」
そうすると、魔法陣があった位置にゲートが開く。
現れたのはメイド服……フレンチメイド服を着た18歳くらいに見える少女。
確かに護衛を任すには向かないような気がする。
短めのスカートと長い金髪の可憐な姿をしている。
着ている服を別にすれば、むしろどこかのお嬢様風で、護衛される側ではなかろうか。
「これは、なんと可憐な」
すぐさま彼女の前に進み、跪くシュリービジャヤ。
いかにも騎士といった風情ですね。
「あ、起きてください、そんな事されるような存在じゃ無いですから」
「そうよ」
ティアマトはやや不機嫌顔。
自分に対しては傅かなかったのに、天使に傅くとは何事ぞ。 という事らしい。
まぁシュリービジャヤから見れば、子供と淑女は対応が違うのだろう。
この日は秋津も村に泊まる。
皆は今夜も出現すると見込まれる「幽霊」に対応すべく準備を進めるのであった。
用語集
・『勢力圏下』でないと投影は出来ない
逆に言うと、勢力圏下ならどこでも出来る。
物理的な機械が近くにある必要は無い。