第28話 おっさんズと宗教改革令 その2
貴族会議招集の通達がスブリサに届き、領主はいつものメンツを集める。
フランク=ビリーユ執政官により、通達の内容が語られる。
「王国の主神変更を知らしめるため、貴族会議が招集されるとあります」
「ふむ、唐突感があるが」
ゴートの感想に対し、太后が応える。
「どうやら、改宗活動が行われていたようです」
「なんですと」
「先日いらした宰相殿の奥方より聞いた話ですが、巡回司教が活動していたとか」
「そうなのですか、こちらには誰も来ていませんが」
神官は驚く。
巡回司教が訪れたとあれば、神官の元をスルーするとは考え難い。
つまり、スブリサには来ていないと判断される。
「ここには来ていないのでしょう。 ザバックにも問い合わせましたが、あちらにも来ていないそうです」
「意図的に外したのでしょうな。 我らやザバック辺境伯領にとってレリアル神は邪神。 主神変更など以ての外。 巡回司教が来ても仕事になるまい」
「私もゴートの意見に賛成ですが、他の南部諸侯も改宗を受け入れているのでしょう? これらについては事情を確認したほうが良いでしょう」
太后の発言を受け、執政官は調査する事を決めた。
一方、神官は心配顔になる。
「主神変更となると我らの立場はどうなるのでしょう」
「なに、何も変わるまい。 これまでも王家や北部諸侯は王国主神と異なる信仰を持っておったのだから、立場が逆になるだけであろう」
「いえ、ボストル殿、話はそう単純では無いと思われます」
執政官は懸念を示す。
「通達には『諸侯の総意を得て』とあり、改宗を決意された諸侯の名が列挙されています。 これに元々レリアル神を主神と仰ぐ諸侯を加えれば……」
「まさか」
「ええ、そのまさかです。 これまではム・ロウ神、レリアル神それぞれ信ずる諸侯の数は拮抗していましたが、先ほど太后殿下がおっしゃられた通り、今やスブリサ・ザバックを除き、南部諸侯を含むすべての諸侯がレリアル神を主神に頂いている事になるでしょう」
「なんと、そのような事が」
「巡回司教による改宗活動の結果なのでしょう。 近隣の南部諸侯については調査して確認する訳ですが、おそらくは巡回司教によるものでしょう」
やり取りを聞いて、領主は執政官に問う。
「フランク、これは貴族会議の場で我らが改宗を迫られるという事になるのかな」
「はい、圧倒的多数となれば、統一を考える可能性は十分考えられます」
「馬鹿な、我らム・ロウ神の使徒として邪神レリアルの軍勢と戦っている身なれば、レリアル神を主神とするなどあり得ぬこと」
ゴートは語気を強める。
「ボストル殿の言われる通り。 主神を変えるとなれば、み使い殿を支える事も出来なくなります。 決して認められません」
「改宗を求められても突っぱねる事になりますな」
「しかし、それで王は納得するだろうか」
領主の心配に宰相が賛同する。
「確かに、短慮な所があると聞いています。 これまでは賢臣オルメカが傍についていたので、王の性格が政に悪影響を及ぼす事は無かったのですが、今傍に居るのはあの大公。 色々と噂のある方です」
「此度の貴族会議、私が参ります」
太后の発言に皆は驚く。
「は、母上、既に前回の貴族会議にも出席し、私も一人前になりましたが」
「それは承知しています。 ですが、万一の事があってはなりません。 セレウコス、貴方にはまだ後継者がいないのですから」
「!!」
「太后殿下!」
領主もゴートも、いやその場の皆が驚きを隠さない。
「心配には及びません、私も死にに行くつもりはありません。 ですが、今回は高度な判断も必要となるでしょう。 領主代理が務まるのは私だけと心得ます」
「母上……」
太后は大英と秋津のほうに向くと、告げた。
「事が穏便に済むとは限りません。 み使い殿におかれては、厳しい決断をお願いするかも知れません」
「そうですね、この流れだとあり得る話ですね。 判りました。 作戦計画を考えておきます」
「やってくれますか」
「火の粉が降って来るなら、払います。 その代わり、相手がどんな結果になっても構いませんね。 敵となる勢力の詳細が不明な以上、手加減は出来ませんから」
それを聞いて神官はうろたえる。
「そ、それはどういう」
神官の問いへの大英の答えは、神官のみならず皆の想像を超えていた。
「最悪、王国自体が滅びる事になるかもしれません。 残った諸侯で新たな国を建てる事になるでしょう」
それを聞いて、ゴートは秋津に問う。
「秋津殿は直接その目で見ておるが、あの王の軍勢を相手にして、あり得るのものであるか」
「あぁ、あり得るな。 大英を本気で怒らせたら、あの程度なら普通に全滅するだろう」
「なんと……」
ずっと大英達の戦いを傍で見て、王都の軍勢も直接見たゴートであったが、そのゴートでも驚く答えだった。
だが以前の戦いで、敵の大軍が出現直後に手も足も出ないまま殲滅された事を思い出す。
「そ、そうであるか。 言われて見れば出来そうな気もするのう」
「きちんと作戦を立てて効率よく問題を解決できるのか一番です。 しかし情報が足りなければ、なりふり構わず殲滅するという戦い方になりかねません」
「それは、そうかもしれんな」
騎士団に向かって戦車砲(榴弾)を撃ち込むようなやり方を取る事になろう。
一気に大火力を集中して、前衛を崩壊させ、敵の士気を挫くという、やや頭の悪い戦い方だ。
敵が被害を無視して突撃を繰り返すなら、全滅するまで撃ち続ける事になる。
それより指揮系統を破壊する方が、ずっとスマートだろう。
ボスが倒れれば、下っ端は逃げ出す。
それを実現するには、それに向いた適切な装備と十分な情報が必要になるが、対レリアル軍向けの装備ではちょっと合わない。
天使を攻撃してはならないため、指揮系統を潰す戦術は使われないし、戦力的にも敵の数は確かに増えつつあるが、それより質の向上に重きが置かれている。
レリアル軍は元々人外の存在、つまり量より質の軍勢なのである。
一方、王の軍勢は人間の軍隊。 質より量だ。
対応するのに向いた装備は自ずと異なる。
まぁ、オークやゴブリンを相手にしている分には似たような物だから、まるで流用が効かないなんて事は無いけどな。
そもそも対戦車や対空装備はともかく、他は普通に対人用火器だから問題ない。
それより、「何処に指揮官が居る」か判らないほうが問題かもしれない。
航空偵察とかの能力が必要だろう。 ちょっと難しそうだが、何も元々の機能を使わなければならない云われは無い。
大英は太后に告げる。
「戦いになるかどうかは判らない訳ですが、『なる』前提での準備が必要だと考えます」
「そうですね。 その考えに賛同します」
太后の懸念は杞憂となったが、逆に国自体の存続が懸念されるという。
神の軍勢と戦える力なのだから、人間の軍勢と戦うのも容易。 ……でもないようだが、「勝つ」という結果は揺るがない自信があるようだ。
人と人の格闘でも、圧倒的力の差があれば、怪我をさせずに勝つ事も出来るが、実力伯仲では手加減もできないから殺してしまいかねない。
懸念事項は相手の被害だけ。
でも、その内容はこの世界の戦の常識を逸脱していた。
直接戦いを目にしていない太后ではあるが、皆の話から想像は出来る。
自分の被害では無く相手の被害を考えるのは、常識から外れている。
相手はそれを正しく認識できるのだろうか。
さて、護衛役はゴートとビステル、そして米機甲歩兵については前回同様だったが、今回は大英が同行する事となった。
少しでも相手の情報を直接確認したいためだ。
特に、総司令官になると目される大公を知る事が重要という判断だ。
あと、王宮に入る使節団自体には参加しないが、王都のスブリサ辺境伯の屋敷まではリディアとパルティアを連れていく事にした。
大英曰く「場合によっては、現地召喚も想定します。 相手にこちらの『力』を見せつける必要がある場合に限りますけど」との事だ。
情報は隠蔽すべき。 これが大英の基本的な考えだが、時には逆に見せつける事が効果を発揮する事もある。 そういう判断だ。
もう一つ違う点は、途中にある程度の距離を置いて何両かの車両を点々と置いていく事とした事だ。
伝言ゲーム状態ではあるが、同行する通信兵から都まで通信を送れる。
会合は終わり、皆は貴族会議出席のための準備に入る。
大英達は、館に戻る。
「さて、出発まで10日か。 どこまで準備できるかな」
「気を付けろよ」
「ああ、暗殺される危険だってあるしな」
「だな、護身用武器は多めにもってけ。 それとビステル君とは筆談できるから、密談が必要なら準備しとけ」
「それは良いな。 壁に耳ありだもんな」
「日本兵から軍刀借りるか? 弾切れは無いぞ」
「それは要らん。 人を斬るとか無理。 短銃にする」
「ま、そうだな」
こうして、車両的には前回を上回る規模の使節団が編成され、王都に向けて出発した。
だが、その直後、マカン村より緊急の連絡が届いた。
用語集
・ちょっと難しそうだが、何も元々の機能を使わなければならない云われは無い。
偵察機を用意する事は可能。
だが、撮ってきた写真を現像・プリントする設備が無い。 他の手を考える必要がある。
偵察員は写真機を置いて、タブレットを持て。 という事だね。