第28話 おっさんズと宗教改革令 その1
スブリサの城、迎賓室にて領主と太后はある客人と会っていた。
宰相の妻イゴマレ=オルメカの一行である。
イゴマレは夫が暗殺された可能性が高い事を告げる。
それを聞き、絶句する領主。
「まさか、そんな事が……」
「もちろん、確認は出来ておりません。 そのため、公的には行方不明となっています」
「間違いないでしょう。 受益者が誰かを考えれば、十分あり得る話です」
太后の言葉に、領主は驚く。
「母上、それは……」
「大公ならやりかねません」
「そうですか、確かに言われる通りですね」
領主は、先日王都で会った狡猾そうな顔を思い出す。
太后はイゴマレに向き直ると問う。
「それで、今日いらした用件は?」
イゴマレは遺言に従い、ここに来た事を告げる。
遺言にはこうあった。 もし、王がオルメカ家に害するようなら、スブリサ辺境伯を頼るようにと。
それは彼女とオルメカ家、そしてその所領であるヌヌー伯領全体にとって大きな決断を要する事であった。
「宜しいので。 万一の際には、貴方とご家族を受け入れる事は出来ますが、ヌヌー伯領の民全てを守る事は出来ません」
スブリサ辺境伯領とヌヌー伯領は馬車を飛ばしても2日以上かかる距離。
ヌヌー伯領からみれば、むしろ王都の方が近い。
山地で防御に適した土地であるが、スブリサとてレリアル軍との戦いがあり、余所に騎士団を派遣する余裕は無い。
「はい、承知しております」
「それにしても、なぜ私共を頼られる事にしたのかは書かれていましたか」
「はい、夫は以前より彼の祖父の行為について悩んでいました。 60年前、その当時の資料を集め、あれは反乱に他ならないと。
しかし、過去を変える事は出来ません。 今の王家を支える事で、祖父の罪を償っていると言っていました。
今の正統性を守る事が未来に対する責任だと」
「真面目な方ですからね」
60年前、ある事件があった。
王位継承の際に、王太子であった兄が追放され、代わりに弟が即位するというクーデターが起きた。
宰相の祖父はそのクーデターを主導したと伝えられる。
功労者となったオルメカ家は以後宰相の地位を得る。
だが、歴史は勝者が作るもの。
弟が兄を追放したという、ただのお家騒動が、愚王の即位を阻止し、王国を救ったとという美談にすり替えられていた。
当時、諸侯の中にはそのクーデターの真相に薄々気づいている者も少なくなかったが、皆新王に忠誠を誓った。
諸侯には権力と武力を有する王家に逆らう必要も実力も無かった。
選択する基準は正しき道か否かでは無く、生き残れる道か否かなのだ。
「ですが、先日、スブリサ辺境伯のダンスを見て、それで本当の正統性に気づいたのです。 切れていた糸が繋がった。 欠けていたピースが埋まったと」
「そうですか、有能な方と聞いてはいましたが、追放後の足取りを掴んでいたと? 公的には死んだ事になっていたはずですが」
「死んでいない事までは掴んでいたようです。 そして遺言には、真の正統性を取り戻せるなら、それに協力すべきとありました」
「単に保護を求めるだけではない。 そういう事ですね」
「ええ」
太后は天を仰ぎ、再びイゴマレに向き直る。
「私共は自分から現状を変えようとは思っていません。 義が我らにあるとて、諸侯には通じないでしょう。 王家の力は大きいとも聞いています。 我らだけでどうこう出来るものでは無いでしょう。 もちろん、王が我らに害を成すとあらば話は別ですが」
「承知しています」
現王家を倒すなら、諸侯の協力が必要だろう。 それでも戦力的には圧倒されていると判断される。
敢えてその修羅の道を選択する積極的理由は無い。
だが、王家がスブリサに弓を引くと言うなら話は別だ。
神との契約を全うするため、み使いはその障害となるものを排除するだろう。
しかし、何事にも例外はある。
遠き未来、平和な地より来訪したみ使いは「人間」と戦う事を嫌っている。
小さな騎士団一つを成敗するのにも逡巡が見られた。
王家が大軍を動員した時、それと戦うことが出来るのだろうか。
それは太后にとって、心配事となる。
*****
領主と太后が来客対応をしている頃、大英達はアンバー村に居た。
彼らがここに来るのは初めてである。
敵の襲撃を受けて何か月も無人の村だったとは思えないくらい、状態の良い建物を見て秋津は感想を述べる。
「思ったより普通なんだな」
「そうだね」
それを受けて同行したアンバー村村長は語る。
「防塁が破られそうだったので、多くの村人を事前に避難させました。 敵の狙いは村人だけで、家々には関心が無かったのでしょう」
「なるほど」
どの家も、入り口が破壊されていたり、窓が破れてはいたが、放火されたり打ち壊されたものは無い。
最初に帰還した村民の話でも、これといって略奪された様子はないらしい。
やはり、村人を追い出すのが目的で、占領する気は全然なかったのだろう。
一通り見まわった後、彼らはここで戦車を1台召喚した。
元となったのは「1/144 WORLD TANK COLLECTION KIT IV号戦車D型 ジャーマングレー」だ。
二十年近く前だろうか、「WORLD TANK COLLECTION」という1/144スケールの完成品の戦車模型に申し訳程度のチョコレートが付属した「食玩」がブームとなった。
大英も結構な数を持っているのだが、残念ながら完成品のため召喚対象外だった。
だが、その流れをくむ「WORLD TANK COLLECTION KIT」は塗装済みキットであった。
なので、こちらは召喚可能なのだ。
召喚可能スケールが 1/144 に到達したため、試してみたものである。
残念ながら航空機と違い保有数が少ないので、大勢にはあまり影響しない。
その後、マカン村にて同じく「1/144 WORLD TANK COLLECTION KIT 九七式中戦車”チハ"新砲塔 黄帯塗装」を召喚し、都に帰って行った。
*****
遂にこの日がやってきた。
いや、「やってきた」は正しくない。 これではまるで自然現象か、カレンダーに記された予定日のようだ。
契丹達は、そのミッションをすべて終えた。
スブリサ辺境伯領とザバック辺境伯領を除く全土を、レリアル神を主神とするよう改宗したのだ。
王都に到着した契丹は、大司教に巡回司教として、宗教改革の仕事が一通り完了した事を報告する。
「遂にやってくれましたか。 素晴らしい。 神もお喜びでしょう」
「そうですね、きっとお喜びになられていると思います」
「お疲れさまでした。 しばらくは王都で休養され、今後の事はその後相談いたしましょう」
大司教は契丹を自らの後継者にする事も考えている。
有能な者は自らの影響下に置くべき。
どこでも通用する真理だ。
だが、契丹は仕事が終わったら帰るつもりだ。
しばらくはこの「異世界」を仕事を離れて観光し、疲れた頭を癒そうとは思っているが、それとて「雇い主」次第だ。
とはいえ、今それを口にする必要は無い。
せっかく喜んでいる大司教に水を差す必要も無いだろう。
契丹は宿に戻るとプランタジネットと相談する。
「レリアル様には、いつご報告に伺えばよろしいでしょうか」
「そうですね、実際にスブリサが孤立する様子を確認してから、行くのが良いでしょう。 ミッションの完了自体は私のほうから報告だけ先に上げておきます」
「わかりました。 お願いします」
政治と宗教が完全には分離されていないこの世界。
どう動くのか見ものだと、契丹も興味を持った。
「もう少し、様子を見ていきましょう」
*****
ミシエル達は先日の偵察結果について話し合っている。
「一つ目の村に変化は無し、二つ目の村は敵に奪取されていた。 という事ですわね」
「そうだね、見ての通りあまり近づけなかったから、詳しくは判らないけど」
「これだけ離れて撃たれるなんて、予想外ね」
「敵の武具は日々能力が上がっているのでしょう。 それに飛んでいる相手にも当てて来るのですから、この程度は普通の事ですわね」
「そうだね」
「どうする、飛竜で偵察する?」
「難しいですわね」
相手が隠している事は暴いた。
隣の村を占領しているから、村の戦力は減っているのだろう。
確証はないが、分派しているのだから増えている訳が無い。
飛竜は現状切り札だ。
まだ相手にはその存在が知られておらず、初登場の効果を捨ててまで偵察を強行する必要性は薄い。
だが、飛竜軍団を組織したとして、敵情が不明なままでは有効な作戦は立たない。
あちらが立てば、こちらが立たない。
マリエルは呟く。
「温存したい所ですわね」
それに対し、ミシエルはある提案を出した。
「なら、もうすぐ出来る奴にやらせてみないか」
「何が出来ますの?」
「場所を変えよう。 直接見てもらった方がいい」
そう言うと、ミシエルはマリエルとキリエルを第3研究室へと案内した。
「これは……」
「どうだい、偵察用にはもってこいだと思うけど」
「そうですわね、あとどのくらいで使えますか」
「三日くらいかな」
「判りました、キリエルさんも良いですね」
「異存ないわ」
方針は決まったようだ。
*****
王宮にある宰相の執務室。
本来の主は去り、今は代理人が使っている。
その部屋に大司教が姿を現す。
「良い報告をお持ちしました」
「ほほう、では、完了したのですかな」
「はい、もはや主神変更を阻むことは誰にも出来ないかと」
「それは、おめでとうと言わせていただこう。 早速、王に奏上致そう」
「はい」
宰相代理のマウラナ大公は、王に「王国の主神変更」を奏上する。
元より王に異存など無く、それは決定事項となった。
主神変更は大きな出来事である。
その重大性に鑑み、決定を諸侯に伝える為、王は貴族会議招集を決定する。
「しかし、大丈夫だろうか」
「何か心配事でもありますかな」
「スブリサ辺境伯は主神変更に反対なのだろう」
「おそらく」
「彼の元には、あのゴートが指揮する神獣騎士隊という無敵の騎士隊があると言うではないか。 もし、戦になったらどうする」
「はははっ、いくらゴート殿が勇猛果敢でありましても、王の軍と諸侯の軍があれば、何も恐れる必要は無いでしょう」
「そ、そうだな」
「ええ、スブリサ卿も無謀な戦の道を選ぶような事は無いでしょう。 そもそも貴族会議は話し合いをする場ではなく、王の決定を伝える場ですからな」
「う、うむ」
「異議など語らず、王の御威光にひれ伏すに違いありません」
こうして、貴族会議招集の通達が、諸侯に早馬で送られた。
用語集
・残念ながら完成品のため召喚対象外
一部戦後車両は砲塔上に機銃を持つため、これが別パーツとなっているのだが、全体として完成品という括りのため、この程度では召喚対象にはならなかった。
M1A2やレオパルド2 A4など、強力な車両があるのだが、残念である。
余談だが、このシリーズ、付属する菓子は途中からガムに変わった。