第27話 おっさんズと政変 その2
宰相の国元にある彼の実家。
宰相の妻イゴマレ=オルメカは宰相より1日早く出発し、既に家に付いていて夫の到着を前に、様々な準備をしている。
一家が王都で暮らしている間も執事やメイドが常駐しているので、大掃除が必要になったりはしないが、館を使う人数が一気に増えるため、食材の調達をはじめ色々とやる事がある。
そんな忙しい中、突然リビングに置かれた宝珠が割れた。
イゴマレをはじめ、リビングに居た人たちはそれを見て驚く。
そりゃあ触りもしなければ、下に落ちたり、上から何か落ちてきてぶつかったとか言う訳でもないのに、宝珠が割れれば驚くだろう。
だが、イゴマレに限定すれば、彼女が驚いたのはそこではない。
彼女はその宝珠が「自然に割れる」事があると知っていた。
そして、その原因が、信じたくない事態にある事も。
彼女は意を決して、出発前に渡されていた封書を取り出す。
それは遺言であった。
この宝珠には対になる宝珠があり、もう一方を持つ者の身に万一の事があれば、割れるのだ。
ただの石では無い、魔法の石なのである。
宰相の妻は遺言を読む。
その内容は
何か問題が起きたら、スブリサ辺境伯を頼れ。
その理由は……
「ああ、何と言う事でしょう」
イゴマレは事情を理解した。
だが、何かの間違いかも知れない。
宝珠は持ち主が健在でも、宝珠自体が破壊されれば、対の宝珠も割れる。
彼女は夫の無事を信じて、そのまま準備を続ける事にした。
騎兵が随伴して脱出していれば、何が起きたか判ったかもしれないが、事件を伝える者は誰も居ない。
そして、翌日になっても、翌々日になっても宰相の一行は姿を現さなかった。
*****
契丹の元にザバック辺境伯領を調査していたヨークが戻り、報告を行った。
「そうですか、ザバックとスブリサは、ほぼ同盟関係のようなものであると」
「はい、スブリサ辺境伯のご母堂はザバック出身で、ザバック辺境伯とも親密な仲のようでした」
「となると、これは改宗するより、孤立化させる対象と見たほうがよさそうですね」
「私もそう思います」
プランタジネットも賛意を示し、契丹は決断する。
「であれば、レリアル様の求めを実現するのに大司教殿の希望は障害とはなりません。 改宗はザバック辺境伯領を除く諸侯までと致しましょう」
方針が決まり、終わりも見えた事で、契丹達はラストスパートに入るのであった。
*****
宝珠が割れてから4日が過ぎたが、宰相の一行は姿を現さない。
王都で執務する宰相に代わり領地を任されている執政官は、捜索隊を派遣するが、吉報は届かない。
こうして宰相は「行方不明」になってしまった。
行方不明なので、死亡とはみなされず、息子への相続も行われない。
情報は王宮にも伝えられる。
「これは困った事になりましたな。 これでは、先王陛下がご回復されても代理を続けなければ。 一体いつまで続けなければならないのでしょうかな」
「オルメカ、一体どこに行ってしまったのだ……」
困惑する王と宰相代理。
だが、現状、王の執務に変化はない。 今のところは。
そして先王の容態も変化はない。 回復もしなければ、悪化もしない。
*****
「また落とされた~」
いつもの部屋にキリエルの叫びが響く。
敵情を上空から調べるべく鳥などを飛ばしているのだが、すぐに消息を絶ってしまうため、最近は村の様子すらよく掴めていない。
判っているのは、相手の飛行機や対飛行生物武具によって落とされているという事だけ。
「今日は何を飛ばしたんだ」
「ハエよ、ハエ。 近づかないと見つからないかと思って、低空を飛ばしたんだけど、いきなり何かに撃たれた」
「うーん、困ったね」
高空を飛ぶファルコンフィッシュ、集団行動するコウモリ、夜飛ぶフクロウ、そして低空を高速で飛ぶハエ。
いずれも失敗に終わった。
ずっと何考えこんでいたマリエルが口を開く。
「これは問題ですわね」
「と言うと?」
「こちらに情報を渡さない様に動いているように見えますわ」
「そうね、前は上空を飛ばしても放置していたのに、今はすぐ落としに来る」
「敵さんも増えて、空の戦いがやりやすくなったって事だろ」
「それだけでしょうか」
「うーん」
(増えて? 増えているのかしら? うーん、何か忘れているような……)
再び考え込むマリエル。
キリエルは切り札の投入を提案する。
「こうなったら、飛竜、それも防御型を出すわ」
「えー、飛竜の存在を知られるのはどうなんだろ」
「しょうが無いじゃない。 どこを何時飛んでも落とされるんだから、撃たれても耐えられそうな奴を送るしかないでしょ」
(存在を知られたくない。 知られると困る。 何か隠している。 なぜ? どんな新武具も「使う」までは、こちらにはその能力は判らないのに……)
そしてマリエルは気が付いた。
「そうですわ、判りましたわ!」
「な、何?」
「何が判ったんだ?」
「敵が『何を隠しているのか』ですわ」
「何を隠していると言うの?」
「新しい武具かい?」
「新しい武具はあるかも知れませんが、それでは無いでしょう。 どのみち、見ただけでは何をする武具かも判りません」
「となると?」
「数ですわ。 兵力と武具の数。 これが大きく変わっていれば、空から見ただけで判ります」
「何で数を隠す……いや、数が判らないと侵攻作戦も立たないけど、そのためだけに此処まではやらないよな」
「ミシエルさん、騎兵の偵察隊を組織して『無人の村』に送っていただけますか」
「! まさか」
「まさかではありませんわ。 反抗が始まっているのかも」
「判った、すぐ送ろう」
アンバーが取られたかも知れない事に気づいた天使たち。
これまでは自分たちが侵攻する側で、相手は防戦一方。
だから、敵に反攻作戦をする余裕なんて無いから、守るのが手間なだけの村に兵力は配置していなかった。
そもそもミシエルの作る亜人達は自然界の生き物では無い。
彼らは戦闘時に出撃するだけで、普段はカプセルの中か、自室で眠っている。
インフラの整っていない場所を占領しつづける任務には向いていないのだ。
*****
「敵確認!」
アンバーに建設された監視塔から、警告が発せられる。
アンバー駐留部隊司令官に就任したドイツ将軍は、すぐに監視塔に上り双眼鏡で確認する。
「司令、どうします」
「騎兵4騎か。 あれは偵察隊だな」
「やっちまいますか」
「よし、狙撃しろ」
迎撃すれば兵力の存在が知られる。
放置すれば、監視塔を建設したり、防壁を修繕している事が知られる。
つまり、どっちに転んでも結果は変わらない。
ならば、敵兵力を削っておこうという訳だ。
まぁ、大英からも遠慮なく迎撃するよう指示を受けている。
スコープ付きの銃が用意され、400メートルまで近づいた所で発砲。
先頭を行く豚頭人間を狙ったが、弾は狙いを逸れて馬に命中。
やはり遠距離の狙撃を効果的に成功させるには、専任の狙撃兵が居たほうが良いようだ。
残念ながら大英君の在庫に「狙撃兵」と名のついた兵員は居ないが。
乗っていた豚頭人間は振り落とされて負傷、続いての発砲は後続に直撃し、豚頭人間は倒れる。
最終的に2名を馬上で射殺、1名は徒歩で撤退中に射殺。 1名は馬ごと撤退していった。
報告を受けた大英の感想は「やっと来たか」であった。
村には監視装置の類は見えなかったし、目に見えない魔法的な監視システムも無かったのだろうと想像される。
だから、占領に気づかず、何日も過ぎてからやっと見に来たと言う事なのだろう。
既に兵力・物資の運び込みは出来ていて、道路の確保もできている。
街道は特に破壊もされず、地雷の類も見られない。
マカン村では避難民の一部が帰還の為に準備を始めている。
敵がどちらの村に襲い掛かるかは判らないし、両方同時襲撃も考えられる。
だが、どちらに来ても、両方に来ても、それを撃退できるだけの装備は整いつつある。
そして、この日、ドイツ将軍が居なくなって空席となっていたマカン村指揮官に、名のある人物が後任として派遣された。
その名を「エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル」と言う。
数日後、スブリサ辺境伯の元をある人物が訪れた。
それは、これから起こる王国の混乱を予期させる出来事となるのであった。
用語集
・高空を飛ぶファルコンフィッシュ、集団行動するコウモリ、夜飛ぶフクロウ、そして低空を高速で飛ぶハエ
偵察機が高空を飛ぶのは普通ですね。 U-2とか高空を飛びますね。
多数飛ばせば、どれか生き残るかも。 全滅したようですが。
夜なら敵の攻撃も当たらないかも。 当たったようですけど。
低空侵入はB-1ですね。
となると、次はステルス? にはいかず、撃たれても落ちないという方向に向かうようです。