第3話 おっさんズ、前線の村を視察する その2
村に到着したところで、騎士団の詰め所に車を回し、乗っていた4人は降りる。
まずは第1第2両騎士団の指揮官と面会する。
詰め所の中に入ると、テーブルを前に座っていた立派な装飾の鎧を身に着けた若い騎士が立ち上がって挨拶をする。
暑い地域なので、鎧は上下が分かれており、防御範囲はちと狭く感じる。
「執政官、お待ちしておりました」
「エリアンシャル卿、手間をかけます」
エリアンシャル卿と呼ばれた20代半ばくらいの騎士の隣に、ひげを蓄えた半裸で色黒の30代くらいの巨漢が座っている。
彼も右手を挙げて挨拶する。
「よう、いらっしゃい」
「バレリア卿もお元気ですね」
「その『ひょろい』のが『み使い殿』かい?」
「ええ、今日はお二人に、み使い殿への現状説明をお願いしたく参りました。」
ガタイの良い彼から見れば、痩せて顔も白い大英は元より、結構恰幅が良く肌も特に白くない秋津ですら「ひょろい」のだろう。
執政官と大英、秋津は二人の騎士に向かい合う形で席に着く。
「こちらがエリアンシャル卿、第1騎士団の団長です」
「シュリービジャヤ=エリアンシャルです。よろしく」
「そしてこちらが……」
「パガン=バレリアだ、よろしくな」
「バレリア卿は第2騎士団の団長です」
「「よろしく」」
挨拶を交わした団長達だが余り良い顔はしていない。
それはそうだろう。
突然部外者、それも何か偉そうな相手に状況説明しろと言われたのである。
サラリーマンで言えば、出社したらいきなり「午後一で本社から部長が来るから説明頼む」とか言われるようなもの。
それこそ「聞いてないよ、こっちにも予定だってあるのに」状態である。
しかも本社の部長となれば、机の周りも掃除しないといかんだろう。
出しっぱなしのプロジェクトの資料もまとめてしまっておかないと。
後で続きをする上では余計な手間が増えるがな。
…みたいな感じで、迷惑この上ない。
とはいえ、この案件は「神」に関わる話。
神のお告げは基本部外秘。
「前日の『み使い』の来訪」を事前に知らせておくことは出来ない。
そして事態は結構急を要していた。
「根回し」のために数日かけている暇などないのである。
そんなわけで現状の説明が行われた。
両騎士団共既に2割の人員を失い、前線を退く程の負傷者も2割に達しているという。
大英は驚いて
「それじゃ壊滅状態じゃないですか」
秋津も頷く
「そうだよな」
二人が理解している軍事的知識によれば、一般的に、軍事組織は半数を失うと部隊としての組織的活動は不可能となると言われている。
一見すると半数を失ったなら、戦力は半減と思うかもしれないが、そうではない。
負傷者には健常者の付き添いが必要となる。自力では歩けない者も少なくないのだから。
ちなみに対人地雷に「相手を殺す能力がない」のもコレを狙っての事。
殺してしまえば一人減るだけだが、歩けない負傷者なら、一時的でも2~3人の戦力減になる。
戦死や離脱が指揮官というケースもある。
それは指揮命令系統の瓦解を招く。
たとえ人員が残っていても、命令が届かない。命令通りに動けない。という状況になる。
勝手に撤退したり、脱走者も現れる。
そうなった部隊は「存在していない」のと同じ。
末端部隊の多くがそんな状態になれば、組織全体としての戦力価値は限りなく0に近づく。
そうなったら、完全に麻痺する前に撤退させ、後方で再編成する。
ちゃんとしたヒストリカルウォーゲームで、「全滅した部隊を再編制で復活させる」なんて芸当ができるのはこのため。
1個師団が全滅したといっても、別に師団の人員が全員死亡したわけでは無い。
仮に師団司令が戦死または退去を余儀なくされたとしても、次席指揮官が部隊を掌握して指揮命令系統が復旧し、負傷者が後退すれば、戦力価値は元通りではなくとも、師団としての活動は可能となるのだ。
ちなみに大英も秋津も自衛隊に居た訳でも無く、もちろんどこぞの外人部隊に所属した事もない。
ではなぜそんな「軍事知識」を持っているのか。
まぁ「丸を読む男」ですから。……ではなく、先に例でも挙げたが二人が若いころに流行った「ウォーゲーム(シミュレーションゲーム)」のおかげである。
二人ともヘビーなプレーヤーで、ゲームでの再現内容から、現実の戦記や資料を確認し、さらにその知識を持ってゲームに戻る。
この繰り返しにより、本のみの知識の人とは文字通り「レベルが違う」知識と経験を持っているのだ。
と言う訳で、4割の損耗と聞いて壊滅状態と思ったのだ。
まぁ、潰走している訳では無いし、事実上根拠地に駐屯しているような物だから、常時再編成が行われていると考えてもよい。従って壊滅状態は言い過ぎかもしれない。
だが、戦力的に見ると6割の兵員では発揮できるパフォーマンスは1/3以下。
そう大英は判断したのだが……
エリアンシャルは不機嫌な表情とともに意外な反応を示した。
「壊滅などしていません。そもそも、我らには騎士の誇りがあります。まだまだ戦えます」
その表情と語り方、それに昨日聞いた第3騎士団への対応を思い、目を細めて大英は答える。
「そうですか、それなら良いのですが、聞いた話とは合いませんね」
「聞いた話?」
執政官が会話に割って入る。
「それは私から。み使いのお二人には、ここの防備はあと2週間は持たないだろうという事を説明しています」
「!」
それにはバレリアも一言あるようだ。
「おいおい、都じゃそんな話になってんのか?」
「なっていますよ」
「うー、まぁ確かに今のままじゃそうかもな。意外と判ってんじゃねぇか」
それを聞いたエリアンシャルが立ち上がってバレリアに向かって叫ぶ。
「バレリア卿、貴方には騎士の誇りは無いのですか!」
「誇りも何も関係ねぇ。戦は力がすべてだ。奴らは強ぇえ。最初から戦ってる俺らには判る」
そもそも世襲騎士ではないバレリアに誇りを説かれても……。
「無事な奴らも疲れが溜まってる。長くは持たねぇ。お前んトコも同じだろう」
「失敬な、誇りにかけて任務を全うする。全く、これだから家柄の低い者たちは信用ならん」
「家柄なんざ戦場では何の役にも立たねぇよ」
なにやら険悪な雰囲気である。
執政官がとりなしに入る。
「騎士の皆様が頑張っておられるのは十分判っています。とにかく、現場の詳しいお話を」
「これは失礼した」
二人の騎士団長はこれまでの経緯と、直近の戦いについて説明した。
当初は森の手前と畑の外側に各々防塁を建設して守っていたが、いずれも突破され、現状村の守りは居住地区を取り囲む柵だけとなっていて、その柵も一昨日の戦いで一部破られて、昨日から村人が応急修理をしている所とのことであった。
「では、柵を見に行きましょう」
執政官の声に促され、一行は居住地区のはずれに向かった。
「これは、酷いな」
大英と秋津は柵と言うから、ガイロに出ていた村にあったような木製の城壁っぽい物を想像していたのだが、そこにあったのは、所々に崩壊した1.2m程の高さの木の壁があり、その崩れたところを細い丸太を組み合わせた高さ1メートルちょっとのバリケード状のもので埋めている。
これでは敵が押し寄せたら簡単に突破されそうである。
そして柵の向こうには荒れ果てた土地が広がっていた。
さっきの説明から考えると畑だったと思うのだが、その面影はない。
所々に人の遺体のような物が横たわっている。比較する物が無いためサイズ感が判らないが、何か小さいものもあるようだ。
そして説明は省くが、五体満足ではないモノも多数転がっている。
「戦死者をそのままにしているのですか?」
大英の問いにエリアンシャルは声を荒げて
「!とんでもない。アレは敵の死体です。一昨日の戦いで倒したものです」
「なるほど」(敵兵は戦死者には含まれない訳だ)
大英は鞄から地上望遠鏡を取り出すと、その「敵の死体」を見てみる。
(昨日の説明では「人の体に豚の頭をした化け物」と、同じく「小人の体に犬の頭をした化け物」が襲来していたと聞いた。
うーむ。確かにその通りだな)
秋津は「よく見る気になるな」とげんなりしている。
大英は望遠鏡を下すと呟く様に言った。
「とりあえず、聞いた通りだ。まるでオークとコボルトだな」
大英は別にスプラッタ好きではないが、ゾンビ映画は見ている。多少アレなブツにも耐性は無くはない。まぁ死人が死後の事務処理のために行く施設を描いた漫画のドラマ版は原作共々見る気がしなかったようで見てないが……。
だが、中世の英仏100年戦争を描いた映画なんかは見ている。
とはいえ、現実に損壊した死体を見たことはないし、現物は映画とは比較にならないが、距離と風向きのおかげか臭いが届かないため、具合を損ねるには至っていない。
ま、どこかで誰かも「臭いが伴わないと現実感が無い」とか言ってたな。
血にしても、一昨日のものなので、赤くはない。
そうは言っても、剣やら斧やらハンマーでの戦いのため、銃で撃たれたのとは違って、色々とカタチが変わっていたり、欠落も多い。
あまり見ていて気分の良いものではない。
秋津は「ぜってー古代や中世の戦争には行きたくない」と言うほど、斬られたり潰されるのは嫌である。
銃に撃たれたり、火炎放射器で焼かれるのも十分嫌だと思うが、まぁ程度問題だろうか。
だが、そんな彼が「古代や中世の戦争」の戦場に召喚されたのは何という運命であろうかのう。
すると執政官が聞いた。
「何ですか、その筒は」
大英は
「コレですか、これは望遠鏡というもので、遠くのものを見るための道具です」
と答えたが、それを聞いたエリアンシャルは
「覗き込むとか、まるで盗人のまねごとを。騎士にあるまじき行いですな」
それに対し、大英は冷ややかな目で答える。
「私は騎士ではありませんからね」
「騎士でなくとも、物を見るのに怪しい動きをするなど、人格を疑いますね」
「それはそれは、余程の人格者とお見受けするが、戦いには役立っていないようですね」
「私の戦いをご覧に入れられないのが残念です。謝罪の言葉を聞く機会が得られませんからね」
「これはしたり、実は言い訳の機会が来ないことに安堵しているのでしょう?」
まさに一触即発。というか、もう発火してるような気がする。
つーか、「したり」って現代語では無いだろう。むこうにはちゃんと訳されているんだろうか?
「まぁまぁ」と秋津が割って入ったとき、監視している兵が叫ぶ声が響いた。
「敵襲!敵襲!」
大英はすぐに遠くを見るが、よく見えない。
望遠鏡で遠くの森を見ると、何やら動くものが見える。
大英は「アレを肉眼で気づくんか、何の魔法だ」とつぶやいたが、視力が2.5ぐらいあれば、気づくと思う。魔法は要らない。
この世界の人間であれば、ちょっと目の良い者ならそれくらいの視力はある。
エリアンシャルもバレリアも「肉眼」の意味は分からなかったが、今はそんな事を気にしている場合でない。
それぞれ騎士団員に号令をかける。
「第1騎士団整列!」
「野郎ども!戦いだぁ!!」
執政官が「み使い殿、ここは危険です、お下がりください」と声をかけると、二人の騎士団長はそれぞれ苦言を述べた。
「いや、ここで我と我が騎士団の誇りある戦いを見て頂くべきだ」
「おや、み使いさんたちは戦わないんかい。力を見せる良い機会じゃねぇか」
「馬鹿な、み使い殿に万一の事があったらどうするのだ」
と、珍しく執政官が声を荒げると、エリアンシャルも
「我々が戦うのだ!危険などない!」
と応じる。
それを横で聞きながら、望遠鏡を借りて敵を見ていた秋津は
「よし、ここで見せてもらおう。もし、向かってきたらトンプソンで撃つ」
大英も
「賛成だ。そもそも情報収集に来たんだから、戦いを見ずに隠れるとかありえん」
そういうと、ガーランドの安全レバーを解除した。
多少とはいえ神の加護があるので、強気の二人であった。
もっとも、神の加護があっても射撃のウデは上がらないが、それは二人とも承知の上である。
そんな訳で、み使いの言葉には逆らえないと、執政官も従うことにした。
「判りました。私も護衛の騎士と共にここに残りましょう」
政治のトップともいえる人物が最前線に立つという発言に、「え、それはマズイのでは?」と大英が聞くと
「なーに、これでも貴族のはしくれですからね、武芸もお任せあれ」
そう言うと、腰の剣を抜いた。
そう、ここは政治家と軍人が分かれていない世界なのである。
大英は鞄から眼鏡を取り出すとかけた。ちなみに秋津は常時眼鏡着用である。
敵が近づき、大英の矯正視力1.2ちょっとの目にも何やら集団が向かって来るのが判る様になった頃、門が開き第1騎士団が外に出た。
揃いの鎧に身を包み、きちんと6×4に整列した24人の騎士達は、その列を崩すことなく前進する。
ご丁寧に抜いた剣を顔の前に掲げるポーズまで一緒に揃っている。
第1騎士団が出ると、続いて第2騎士団が出る。
こちらはもうカオスである。
各々好き勝手に統一感のない鎧というか防具を着けて、適当に歩いている。
持つ武器も、両手斧やモーニングスター、槍やハルバードなどバラパラである。というか剣持ってる奴おらんな。
第1騎士団との連携は無いどころか、第2騎士団の団員同士でさえ、横のつながりは感じられない。
ま、本来剣(片手剣)は最後の武器。
現代で言えば拳銃のようなもの。
小銃があれば、そちらを持つように、槍があれば剣は「予備武器」扱いになる。
ただ、その予備を身に着けていないのはどうかと思うがね。
そして全員が外に出ると、門が閉じられる。
村人たちも各々槍や弓を持って駆けつける。
さらにその中には怪我人も混じっている。というか、門の開閉や、外の監視をしている兵は皆怪我人だ。
今や怪我人を休ませている余裕すら無くなっているのが見て取れる。
秋津は
「怪我人を動員して『誇り』とかひでぇ話だな」
と感想を漏らすが、大英は違う所を見ていた。
「おかしくないか、あの編成」
「ん?というと?」
「あの騎士団、全員が剣と盾だし」
「騎士なんだから剣と盾なのは普通なんじゃ」
「いや、そもそも密集体系を採るなら、持つ武器は剣じゃなくて槍だろう」
「あぁそうか」
「剣で作るファランクスとか聞いたことないぞ。
そもそもなんで騎士がファランクスなんだ?
騎士は指揮官で、雑兵がファランクスを形成するのでは?」
「こっちの世界では、こういうものなんじゃないのか」
「では、なぜ弓兵が付いてないんだ」
「確かに、古代や中世の戦いなら中心は弓兵だよな」
すると、話を聞いていた執政官が
「弓は平民の武器とされているので、騎士団では誰も使いません」
と驚愕の言葉を口にした。
「ええっ、そうなんですか」
「ええ、あ、一応第3騎士団では平民も含まれていますので、弓を使う兵も居ます」
「なんと……」
いや、騎士本人が弓を使わないのは理解できる。
ヨーロッパの中世でも、騎士は弓を持たない。
弓は騎士が率いる兵卒や従卒が持っていたからだ。
だが、この騎士団は「騎士のみ」で戦場に出ている。
騎士に率いられるべき兵卒も、騎士を支援する従卒の姿も見えない。
だから騎士が24人居ても、総戦力も同じ24人なのである。
これでは歩兵の支援を受けない戦車隊或いは、下士官だけで兵士が居ない部隊のようなもの。
いったいどんな戦術思想なのだろう。
それで、大英はもう一つ疑問をぶつける。
「誰も馬に乗ってませんが、騎兵は全滅したんでしょうか」
「? えーと、第1騎士団の方々は全員騎乗できますよ。今はこれから戦いなんで徒歩で移動していますが」
と、執政官は不思議そうに回答した。
そして
「騎士団なんですから、馬に騎乗出来ないほうが珍しいのではないですか?」
と続けた。
今度は大英が不思議に思う番だった
「え、騎乗戦闘はしないのですか?」
「何でしょう。おっしゃっている言葉の意味がよく判らないのですが……」
再び衝撃が走る。
どうやら、ここでは「戦いの際は馬を降りる」のが常識で、馬に乗ったまま戦うというのは、まったく行われていないらしい。
つまり、機動戦闘というか、歩兵で正面を受け、騎兵で側面を突いたり、後方から包囲殲滅といった戦術は存在していない事になる。
大英たちは建造物や政治体制、武具のデザインから、中世を想定していたが、戦術に関してはチャリオットがある古代にも達せず、有史以前レベルという事になる。
どうしてこうなった?
騎乗戦闘できるエリートが騎士階層を作り、貴族として君臨するなら判るが、騎士はただの歩兵でしかなく、どうやって平民と貴族が分かれたのか、全く理解不能な事態である。
そうしていると、第1騎士団と敵との闘いが始まった。
用語集
・ガイロに出ていた村
異世界もののアニメ作品「ガイコツロード」略称ガイロに出てくる村。
当初は何も無かったが、のちに高さが数メートルの木製の壁で村の周囲を囲った。
人の倍以上のサイズがある魔物でもその壁を破ることは出来なかった。思いの外頑丈。
監視塔もあり、村の中から弓で壁を越えて外を攻撃することも可能。
と言っても、狭間がある訳ではなく、単に弓なりの弾道で撃つだけ。
命中は期待できないが、威嚇効果はあるし、敵が密集していればたまには当たる。
だが防備が完全かというと、そんな事もなかった。
当然出入口はあるので、襲撃を受けた際にはそこを破られたようだ。
・ファランクス
バルカン砲の事ではない。
古代ギリシャローマ時代によく使われた歩兵戦術の一つ。盾と槍を持った歩兵が密集体系で突進する。
個人技でファランクスの突撃を止めるのは無理である。