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模型戦記  作者: BEL
第4章 民と領主と王家と神
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第25話 駆ける契丹、諸侯を惑わす その4

 その日、大司教は汗を流していた。

と言っても、別に年甲斐も無く肉体労働をしたとか、残暑が特に強烈だったとか言う事ではない。

流していたのは冷や汗。


 王の見ている前で、宰相より問い詰められていたのだ。

曰く「宗教界は王国の転覆を目論んでいるのか」と。



「ヌカン伯領で起きた事について、大司教はどのような報告を受けていますか」


「はい、民草がレリアル神を主神にするよう領主に迫り、それを拒否した領主との間で騒動が起きました」


「騒動……ですか」


「あ、いえ、暴動でしょうか」


「そうですね、私の所にも、そのように報告が届いています」


「そして、武威によって鎮めようとした所、家臣によって止められ、やむを得ず主神変更を受け入れた……と聞いております」


「はぁ、貴方は問題を感じないのですか」


「問題……た、確かに、暴動は良くない事だと……」


「そこではありません」


「ひ、ひぃ」



 静かな言葉ではあったが、それを聞いた大司教は恐怖を感じていた。



「領主ともあろう者が、民の暴動によってその考えを曲げる。 そのような事が許されるとお思いか」


「し、しかし、民の要求はもっともな事で……」


「もちろん、責は暴動が起きるまで頑なな態度を続けた領主にあります。 しかし、下々の者が武を背景に出した要求に上の者が従うなどという事態は、あってはならない事です」


「それは……」


「事は、王国の秩序を破壊する行い」



 大司教を責める宰相。

哀れと思ったか、王は助け船を出す。



「まぁ、良いでは無いか、この流れは他の諸侯領に広がってはいないのだろう」


「そうですね、過ぎた事は仕方ありませんが、今後同様の事が無いよう、大司教には気を付けて頂きたいと思います」



 宰相は王の方を向いて答えつつ、大司教に横顔を見せ、視線だけを向ける。

冷や汗を滝のように流す大司教は「は、はい」と答えるのが精いっぱいであった。


 王が動いたので、あまり追及すると、藪蛇になる。

何しろ、今の王家は「弟が兄を追放」という秩序に反した行為あってのもの。

宰相はこれで矛を収め、大司教は胸をなでおろす。



 そんな大司教の苦悩を余所に、巡回司教契丹は、今日も活動を続けていた。



*****



 その地の領主も結構な頑固者であった。

そして、民衆についても一筋縄ではいかないようである。

先行して調査をしていたヨークによると、ム・ロウ神への信仰が篤いのではなく、信仰自体が薄いようなのだ。



「領主も民衆も神の話には興味を示さず、商売の事ばかり口にしています」


「なるほど、人々は満たされないからこそ、神を求め、満たされていれば神を忘れる」


「はい、その通りでございましょう」


「契丹様、いかがいたしましょうか」


「問題ありません。 人々を導く術はいくらでもありますからね」



 そして契丹は方針を決めた。



「以前もお話したかと思いますが、人というものは『正しい選択』をしません。 『気持ちの良い選択』をする生き物です」


「そういえば、そうでしたね」


「ですから、人々に『心地よい選択肢』を与えれば、たとえそれが破滅への道であっても、皆それを選ぶのです。 まぁ、私たちが示すのは破滅ではありませんが」


「ですが、方針を決めるのはそういった無教養な民衆ではなく、帝王学を修めた領主や王ですよね。 彼らはもう少し冷静で論理的な気がしますが」


「そうですね、私の居た21世紀の日本では民衆を操る事が、そのまま権力を操る事に繋がりましたが、ここでは違いますね」


「ですよね」


「しかし、私たちの任務は宗教界にあります。

これまで見たところ、各所領の司教の方々は権力を行使するというより、信者の意見を代弁している方が多く見受けられます。

つまり、民衆を改宗させれば、司教も改宗し、領主も改宗せざる負えなくなる訳です」


「なるほど! それはそうですね」



 大司教の苦悩はまだ終わらない。

だが、それを知ってか知らずか、今回契丹は暴動を起こすことなく、任務を遂行した。


 民衆の改宗に目途がついたところで、直接領主に直談判を行う。

それは領主の罪を問うという体裁をとった。


 契丹はプランタジネットから聞いたレリアル神に関する「地上の人々が知らない」トリビアを話題にし、それを領主が知らなかったことを責めた。

信仰が薄い事を利用する形だ。

実際は「誰も知らない」のだが、敬虔な信徒であれば知っていると騙す。 宗教に関して不勉強な領主は、騙されている事に気づく事は無い。



「そうですか、それは残念です。 貴方はこの罪を償わなければなりませんね」


「な、何を言われる、その様な専門家でなければ知る由もない事を知らなかっただけで罪などど、言いがかりも大概にしたまえ」


「この地ではどうなのか知りませんが、私の故郷では『無知は罪』という言葉があります」


「それは一体どういう意味なのだ」


「正しき事を知らないという事は、それだけで罪となるのです」


「そんな馬鹿な」


「人々は勉学に励み、正しき知識、正しき信仰を持たなければならない。 それ故生まれれた言葉なのでしょう」


「なんと……」



 領主は絶句した。



「大丈夫です心配ありません。 レリアル神は寛大です。 今からでも贖罪して罪を償えば、必ず赦されます」


「ほ、本当ですか」


「はい」



 こうして、「平和裏に」改宗は遂行された。



「これで北部中部の改宗は終わりましたね」


「そうですね」


「残るは南部諸侯領、レリアル様を邪神と見做す考えが特に強い地域ですね」


「今までも邪神扱いしている人々は居ましたが、これまでとは難易度が違いますね」


「ええ、腕が鳴ります」



 順調に事を進めてきた契丹達。

この地での仕事にも慣れ、自信を深めるのであった。



*****



 王都、大聖堂の一室。

本来ならここに居ないはずの人物が、大司教と話をしている。



「ほほう、それはご苦労をなされましたな」


「はい、宰相殿は理想が強すぎます。 それに遠くにいる巡回司教の活動をどうこうするなど、出来るわけがない」


「そうですな、あの方は……」



 その人物の言葉が止まる。



「どうされました」


「いや、いましばらくの辛抱ですよ、大司教殿。 貴方は構わず我らが悲願の成就に向け、まい進なされませ」


「は、はい」



*****



 夜、満月が地を照らす中、宰相は先王の元を訪ねていた。



「ご気分はどうですか」


「ああ、気分は悪くないが、ここの所息苦しい事が増えておってな、わしも長くないかもしれん」


「そんな、治療師は何を……」


「いや、仕方のない事、治療魔法も万能ではない」


「……そうですね」



 ここの所、宰相の頭を悩ます事態も多かった。

尊敬する先王との会話は、そんな宰相のストレス軽減にもなっていた。

他愛無い話題が続く中、先王がふとこぼした。



「しかし、心残りがあるな」


「何を言われます、何でも言ってください、若き王に伝えるべきことがあれば、このオルメカ、確実にお伝えいたします」


「残念であるが、お主では無理だろう」


「そんな事が?」


「何、大したことではない。 王としての執務には関係なき事よ」


「それはどの様なもので?」


「王家にはな、祖先より伝わる踊りのステップがあるのだ。 だが残念ながら、あやつに教える時間は無かった。 伝統が途絶えるのは寂しいが、わしもこの体では、踊って見せる事もできぬ」



 それを聞いた宰相は若き日、まだ十代前半だった時の事を思い出す。

父に連れられ宮廷の舞踏会に参加した彼は、王子と婚約者の華麗なステップを見た。

そう、その王子こそ、今目の前に病で横たわる先王その人だ。



「もしかして、王太子時代に婚約発表の舞踏会で踊られていたアレですか」


「そうか、そなたもあの場におったか。 そう、アレだ。 王家の者と、王家に入る者だけが踊る事を認められているステップだ。 妻を亡くしてからもう二十年以上も踊っておらぬが」



 その時、宰相の顔色が変わった。



「ば、馬鹿な、そんな事が……」


「どうした? 何を震えておる」


「い、いえ、もう遅いので、今宵はこれにて失礼いたします」


「そうか、下がってよろしい」


「はっ」



 先王の元より帰宅する馬車の中、宰相はうわ言の様に繰り返していた。



「馬鹿な、あり得ない……そんな事が、あるハズが無い……」



*****



 30日の停戦期間は間もなく終わる。

それは緊急出動に邪魔される事無く、模型製作が出来た時間の終わりが近い事を示している。


 その日召喚されたのは「MATILDA 'HEDGEHOG'」と呼ばれる少々変わった戦車である。

ここの所、航空機と侵攻用の車両を中心にしていたが、今回は防戦用と考えられている。


 いや、この車両が本当に防戦用なのかと問われれば、違うような気がするが、戦車としては旧式で速度も遅いため、侵攻には向かないのは確かだ。

どこかに立てこもっている(=動かない)相手と戦うか、移動速度があまりデメリットにならない防戦なら向いているという判断だ。


 なお、この車両の変わっている点は「ロケット弾を撃つ」という所だ。

海軍の対潜兵器「ヘッジホッグ」と似たロケット弾を7発発射できるランチャーを車体後部に搭載しており、本来の任務は地雷原に打ち込んで地雷を爆破するとされている。

実戦では地雷ではなく敵歩兵が居る所に向けて撃ったらしい。


 元キットは「SKYFIX 1/76 MATILDA 'HEDGEHOG'」。

さすがは英国メーカー、英国兵器なら多少ヘンなものでもラインナップにある。



 停戦終了に向け準備を進める大英達であった。

だが、準備をしているのは彼らだけではないのを忘れてはいけない。


用語集


・民衆を操る

 「主権在報」。 主権は報道機関にあるというシステム故に有効な手法。

報道機関の指導に従って、民衆が投票し、国権の最高機関たる国会の議員が選ばれる。

アメリカの大統領選挙と同じシステム。

人民の投票に従って、大統領選挙人が投票し、国家元首たる大統領が選ばれる。

ほら、同じでしょう。



・無知は罪

 契丹は「人々は勉学に励み、正しき知識、正しき信仰を持たなければならない」などと語っているが、嘘ですね。

本来は「知らない事が原因で発生した問題に対しても、罪を犯した時と同様に責任を負わなければならない」という事。

どんなに勉学に励んでも、必ず知らない事柄は存在します。

そして時にはそれが原因でトラブルも起こるし、その時は起こした責任は当然負わなければならない。


 もっとも、その責任は「過失責任」と考えるのが妥当と思われますね。

もちろん、「多くの人が知っていて当然」の事柄を知らなかった場合は、過失として扱うのが困難な事もあるかもしれない。


 だが、「知っているのは全人口の0.001%以下。 知っていたら自慢できるどころか、本当の事か疑われるレベル」の事柄であるなら、「知らないのが当たり前」なのだから、過失責任を問う事すら正しい対応かどうか怪しくなる。

サブマリン特許が問題視されたのも同様の事。 存在を知ることが出来ない特許に抵触しない様に技術開発を行うのは論理的に不可能だからねぇ。


 とはいえ、差別などの分野ではサブマリン級の事柄を大々的に掘り起こすことで、被害者の意に反して「差別の消滅を阻害」するという事象が起きたりする。

こまでいくとやりすぎで、「差別の解消」ではなく「被害者ビジネスの消滅を防ぐ」という別の目的があるのではないかという見解も現れ、「痛くもない腹を探られる」事態となりかねない。

無くすべきは差別であって、「差別表現・蔑称」ではない。 「差別表現・蔑称」だけを狩っていても、反感から別の着眼点を元に新しい「差別表現・蔑称」が生まれるだけ。

過去の事例を挙げれば、昭和の頃ならジャップを使う人が居なくなっても、代わりにエコノミックアニマルと言われたのである。


 それでも、新語が作られるなら、まだマシである。


 いつまでも被害者ビジネスに固執していては、その集団を示す一般名称が人々から蔑称として使われるようになるやも知れない。

それは集団に所属する人々にとって不幸な事でしかないだろう。



・英国兵器なら多少ヘンなものでもラインナップにある

マチルダ自体は英国製だが、この車両はオーストラリア軍のもので、イギリス軍には無い。

なので、厳密には英国兵器ではない。

あと、英国面でもないぞ。 米軍にもカリオペという同類があるからな。

(ちなみにソレも大英は持っていて、召喚済みである)

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