第25話 駆ける契丹、諸侯を惑わす その2
「おお、キ84! それも2機!」
久しぶりに飛行場に来た秋津は、その日の丸を付けた機体を見て、喜びを表す。
「留守中に召喚しといた。 1/100 で塗装済みだったから、負荷も高かったけど、問題ない」
それは、児友社から出ていた「戦斗機コレクション」という塗装済みキットであった。
ちなみに、塗装済みという事もあり、箱ごとに特定の機体を再現している。
その2機は日本陸軍四式戦闘機「疾風」で、各々
「飛行第51戦隊 池田大尉搭乗機」
「第182振武隊 井本中尉搭乗機」
である。
パイロットの二人は整列して秋津に挨拶する。
なお、この二人「池田大尉」「井本中尉」がそのまま再現されている訳ではない。
マッカーサーやモントゴメリーは本人のキットなので、限界はあるものの、本人を再現したホムンクルスだが、こちらは「池田大尉」「井本中尉」と同じ能力を持っているだけで、本人の外見や性格の再現性はかなり低い。
あくまで「搭乗機」のキットであって、当人たちのキットではないという事らしい。
とはいえ、大英も秋津もご本人に会った事も無いし、そのお姿も知らない。
実はこの事もパイロットの再現性が低下している原因なのだが、詳細は省略しよう。
と言う訳で、秋津が留守にしている間に、召喚は1/100に突入していた。
といっても、1/100のキットはそう多くない。
大英の持つ在庫も、この2機を除くとミヤタの小型ジェットシリーズが数個あるだけだ。
それも戦後ばかり。
今後も経験値稼ぎは1/72でする必要がありますね。
さて、順調に戦力整備を進める大英達でありますが、契丹も順調なようです。
*****
「いやー、なんとお礼を申したものか」
契丹の前で、劇団の団長セルビア=ザルビンツィは笑顔を見せる。
公演が連日好評なので、上機嫌なのだ。
「いえ、団長をはじめ、皆さんの努力の賜物です」
「それで、キッタン様は出立されるとお聞きしましたが」
「ええ、こちらに公演計画書を用意いたしました。 今後の公演運営は団長にお任せします」
「おお、これは素晴らしい。 了解致しました。 お任せください」
ザルビンツィは計画の内容の緻密さにも感嘆しているが、それ以前に上質な紙に驚嘆していた。
まぁ、天界で用意した紙だからねぇ。
こうして劇団を独り立ちさせた契丹は、次の目標に向けて出発した。
その目的地は、吟遊詩人が多く集まると評判の街だ。
なぜそこに向かうのか。
話は前日に戻る。
契丹はプランタジネットに吟遊詩人を利用したいと相談を持ち掛けていた。
「吟遊詩人ですか」
「ええ、この地で人々に情報を伝える『メディア』と呼べるのは吟遊詩人しかないでしょう」
「そうですね、庶民は文字を読めませんから、何かを伝えるには、話し聞かせるしか方法はありません。 でも、庶民に何か伝えてどうするのですか?」
「人々に情報を伝える事は重要です。 最終的にそれは力となるのです」
「ですが、吟遊詩人は信仰については専門家ではないため、私たちが直接話し聞かせるのが良いと思うのですが」
「いえ、専門家ではないから良いのです。 それに語り伝える人数は多い方が良いでしょう」
「専門家でないのが良いのですか?」
「はい、専門家ですと、私たちの言葉に疑問を持ったり、自分の考えで勝手に改変する可能性があります」
「それは困りますね」
「専門家では無いからこそ、『言いなり』に使えるのです」
契丹は21世紀におけるマスメディアの利用方法を念頭に考えている。
報道機関の人間は報道という行為のプロであるが、報道している内容に関しては素人である。
例外は思想に関する報道の時で、それは報道機関とは政治結社の親戚のようなものだから。
新聞なら、記事は素人が書いた伝言ゲーム的内容だが、社説は自らの頭で考えた主張なのである。
これと同じで、吟遊詩人は実話ベースの物語を語り聞かせるプロであるが、その内容に関しては素人。
英雄が蛮族を撃退する話を、面白く人々が熱狂するように語る事は得意だが、同じような戦いが出来るわけではない。
よって、戦術とかを解説する事は出来ないのである。
つまり、娯楽としての英雄譚は語れても、戦うことが出来ないのはもちろんのこと、戦況報告や前線指揮も出来ないのだ。
「それで、彼らに何をさせるのですか」
「今回は吟遊詩人の方々に教師役になってもらおうと思います」
「教師ですか」
「ええ、この地の方々は教育を受けていませんよね」
「そうですね、親から子へ家業に関して伝えられる事と、教会などで聞かされる説話くらいでしょう」
「そこで、娯楽と教育を織り交ぜた効果を持つ物語を、多くの人々に語ってもらうのです。
私はメディアを通じて一般の人々に対する啓蒙活動をしていましたが、同志には教育素材を使って学生に対する啓蒙活動をされている方が居ました」
「待ってください、教育は小さな子供に対して行うものですよね、教育によって思想を教えても、大人になる頃には忘れてしまうのでは?」
「いえ、教育というものは重要です。 それに一つ大きな間違いがありますので指摘しておきますと、私たちの世界では高等教育と言いまして、若者を対象とした教育があります。 啓蒙活動はそういった若者を相手にしています。 この地でも吟遊詩人の語りに聞き入るのは比較的若い方のほうが多いように感じました」
「そうでしたか、これは失礼しました。 そういえば、王都にもそういった学校がありましたね」
「そして、この教育というのは2つの意味で効果的です。 とりあえず私たちが行っていた事例を紹介しましょう。 そのままは使えないでしょうが、うまくアレンジすれば、人々の改宗にも役立つでしょう」
「お願いします」
「一つは『余計な知識が無い』事です。 まだ世の中の事を知らない若者に、我々の進歩した思想を『正しい考え方』として教えました。 異なる考え方を知らない彼らは、『我々の色』に簡単に染まるのです」
「なるほど、子供は素直ですものね」
「もう一つは、『情報が正しければ、考え方も正しい』という学校教育上の特性です」
「それはどういった事なのでしょう」
「現実社会では正解は1つではありません。 複数あったり、一つも無い事もあります。 ですが、学校教育では『必ず一つあり、決して複数は無い』という特殊な事例をピックアップして扱っています」
「それはなぜですか」
「教育ではその結果を必要としています。 学生生徒が正しく理解できたかどうかを調べなければならないのです。 そのためテストを行うのですが、正解が複数あったり、正解が無いものを設問として使う事は出来ません。 そして学校教育は受験対策でもあるため、入試テストの問題になりえない事例まで教えている余裕はありません」
「何か本末転倒な気がしますね」
「ですが、これが現実。 そして幸いにもこれは『一つの正しい思想』を植え付けるのに適しています」
「確かにそうですね」
「教育特有の事例を解説する際に進歩思想を埋め込んでも、それを理由に教材としての利用を拒否する事は出来ません。 教材としての価値は『内容が正確である事』だけだからです」
「埋め込む……演劇の時にも言われていましたね」
「ええ、抵抗感を持たれずに『刷り込む』。 シンパを増やすのに最適な方法の一つです」
書いてある内容に誤りさえなければ、「書くべきことが書かれていない」という点は誰も問題にしない。
ニュースで使われる「報道しない自由」は教材においても使われている。
そしてその「情報欠落」状態を元に「唯一の正解」として自分たちの「解釈」を記す。
典型的なものとしては日本の憲法に関する解説があります。
戦力不保持を画期的として讃え、改憲の意見を「時代に逆行する動きがみられています」などど解説。
でも、そこに世界中の先進諸国の中に日本国憲法に追随する国が一つも無い事は教えない。
また、各国の憲法が幾度も改定(改憲)されている事実も伏せておく。
つまり、仮に追随する国が無い事に気づく事があったとしても「改憲されないから追随できない」と誤解するように仕向けるのです。
二重の防壁ですね。
もちろん、諸外国の憲法について深くは教えません。 そうすれば、生徒たちにとって「憲法の実例」は日本国憲法だけとなり、「改正するのが難しい」という必ずしも一般的とは言えない特徴が「100%の事例」として「一般的な特徴」と認識される訳です。
実際は「幾度も改憲しているけど、誰も追随しない」なのですけどね。
何故そんな事をするのか。
それを教えてしまうと「画期的」なのではなく「特異的」という見解が生まれてしまい、「正解は一つ」という「大原則」が揺らいでしまうからです。
もちろん、進歩主義にとっては「画期的」でなくてはならず、「特異的」などと思われては困るわけですが、それは教材制作者側の思惑で、教師側の理屈ではありません。 教師にとっては「唯一の正解」を解説している教材であれば「良い教材」なのです。
まぁ、進歩主義を信奉する教師の場合は、本人にとっても「画期的」と信じて疑わないのでしょうけど。
もっとも、実際は「特異的」こそ「正解」だと考える人が多いのではないかと想像されますが、情報を持っていないので、断定は控えておきましょう。
なお、アンケートや世論調査の類は設問の作り方や集計の方法によって結果を如何様にも変えられるので、アテにはなりません。
「なるほど、信仰についても柔軟性がある若者を中心に改宗を進めるわけですね」
「ええ、こういった『ボトムアップ改革』は人数と勢いが重要です。 そのため、多くの吟遊詩人の方々に協力を仰ぎたく思います」
「了解しました。 では、吟遊詩人が集まる街がありますので、そこに向かいましょう」
こうして、出発した契丹達は、首尾よく協力者を集める事に成功する。
契丹は基本ストーリーを語り、吟遊詩人達はそれを魅力的な物語に構成する。
通常は同じ出来事を見ても、各々が独自に物語化している「独立芸人」のような彼らだが、今回は皆が意見を出し合ってシナリオを作っていく。
契丹はその物語にて重要な点が抜けていたり、逆効果になるエピソードや事象が混ざりこんでいない事をチェックする。
数日間の合宿によって練り上げられたストーリーは娯楽としても一級品で、かつ契丹の狙いを体現していた。
そう、別に吟遊詩人達をレリアル神を主神とするように改宗する必要は無いのです。
流石に邪神と思いつつ語っても説得力は生まれませんが、精々中立的な立ち位置で語ってくれれば十分効果は出ます。
その語る物語を聞いた若者が、レリアル神が主神に相応しいと思う様になれば良いのです。
契丹は吟遊詩人達に語り掛ける。
「私は感動しています。 素晴らしい出来です」
ところが、その吟遊詩人達が活動すべき場所は、隣の貴族領だった。
プランタジネットは問う。
「ここの貴族領から始めるのではないのですか」
「ここではやりません。 後回しと言う意味では無く、ここは対象外です」
「そうなのですか」
「ええ、ここは吟遊詩人の方々が多く集まっているというだけで、ボトムアップ改宗に向いている土地ではありません」
「そうなのですか、多くの吟遊詩人が居るという事は、それだけ吟遊詩人の語りに耳を傾ける人が多いように思うのですが」
「そこは言われる通りです。 ですが、ヨークさんに調べてもらったところ、この地の方々にはトップダウン型のアプローチが向いていると判断しました」
「そうなのですか」
「はい、この地の人々は領主への忠誠心が高く、反抗心はあまりありません。 そのせいか、娯楽を求める空気が強いようです。
反抗しない事がストレスになって娯楽を求めるのか、反乱の無い治安の良さが文化を育んでいるのかまでは、情報が足りず判断できませんが、結論としては従順な気風があると判断しました」
「なるほど」
「一方、これから向かう貴族領では、住民と領主の間に緊張関係が続いており、我々の主張を受け入れる素地が見られます。 これこそ適材適所というものです」
「ヨークもよい仕事をしているようで、お役に立てて何よりです」
その契丹の判断は正しく、隣の貴族領は民衆の力で改宗を成し遂げた。
身分の差が絶対的な世では、そうそうある事ではない。
だが、効率第一で政治体制を無視した改宗を進める契丹達の動きは、王都の世俗権力者にとっては、懸念事項にもなるのであった。
用語集
・キ84
秋津は陸軍機をキ番号で呼ぶ。
昔やっていた空戦のフライトシミュレーターの影響かも知れない。
そのアメリカ製ゲームでは疾風を「Frank」とは表記せず、「Ki84」と表記していた。
まぁ、ウォーホークも「Warhawk」ではなく「P-40」だったから、アメリカ人開発者は同じようなものだと思ったのかもしれない。
・児友社
比較的輸入ものが多いイメージのある模型メーカー。
商品ラインナップを見ると城のキットもある。 姫路城は1/800だそうだ。
つーことは、コレを作って召喚すれば、姫路城が建つのか。
城マニアにはたまらないだろう。
それにこの地の軍事レベルなら、十分現役の要塞として機能するだろう。
あ、堀や城壁が無い裸城だからそんなに強くは無いか。
とはいえ、残念ながら大英君は城のキットを一つも持っていない。
なので、この地に姫路城が建つ事は無い見込みである。
・再現性が低下している原因
リアライズシステムはアカシックデータベースと呼ばれる神々のデータベースから「未来」の物体の情報を取得し、生成している。
よく似た名前の空想上の存在であるアカシックレコードと違い、「既に記されている未来の情報を取得」しているのではなく、「未来にあるデータベース」にタイムマシン的な手段でアクセスしている。
だが、未来は不確定であり、複数の可能性が存在しているため、確定的に情報を取得できない。
これを「事象ゆらぎ」と称している。
これに対処するため、リアライズシステムは召喚者の「模型愛」を利用して「一つの確定した未来情報」に収束させて「ゆらぎ」を回避している。
キットで再現されていない内部構造をはじめ本人が知らない情報も再現できるのは、このため。
だが、搭乗員となると情報量が大きく減るため、再現性が低下する。
・それも戦後ばかり
AH-1GとかCH-54とか、バッカニアとか……。
そりゃそうだ。 「小型ジェットシリーズ」だもの、戦時中の機体があるほうがどうかしている。
唯一の例外は大英君は持っていないが、Me262とMe163のセットである。 Me163はそもそもジェットエンジンを積んでいないが……。
まぁ、それを言ったらB-52のような「どこが小型やねん」と言いたくなる巨大キットもある。
・内容に関しては素人
**部などを作って、ある程度の専門性を持たせているが、あくまで**を伝えるやり方について経験を重ねているだけ。
犯罪について報道していても、探偵が出来る頭脳がある訳ではない。
**に関心のある人から見れば、間抜けな事を書いているのも良くあること。
「アメリカの戦艦が**に展開……」とかいう記事があり、いつ戦艦が復活したのかと思ったら、イージス駆逐艦だった。
それを言うなら戦艦ではなく軍艦だろう。
メディアなんて所詮、その程度なのである。
なお、そういった点などを「知識のある人」に指摘されると、「軍事オタクは細かすぎる」とか語りだす。
ここで「オタク」は蔑称なニュアンスで使っている。
(TVであった事例だと、声の調子と表情から指摘した相手を馬鹿にしているのが判る。 指摘したのは国際弁護士なのだが、そういった人物を見下すとか何様なんだか。 なお、その時の事例は戦艦軍艦といった用語についてではなく、もう少し高度なお話だったが、それでも専門家でなくても「当たり前だな」と言えるお話でした)
あくまで自分がスタンダードで、それを超えるのは「異常者」扱い。
自らを磨き高める考えを持たない方々ですネ。
・100%の事例
1個中1個。 100%ですね。