第25話 駆ける契丹、諸侯を惑わす その1
その日、都に戻った秋津は、大英と再開し久しぶりに会話の時を持っていた。
契丹という「敵のみ使い」が現れた事を聞かせる。
「そんな事があったんだ」
「なんかいけ好かない野郎だったわ」
「進先輩みたいな奴だった訳だ」
「進先輩? あぁ、そうだそうだ、確かにそうだわ」
進先輩とは、彼らの高校時代に居た1コ上の先輩。
進歩思想に染まっていて、「名が体を表している」という事で仲間内では有名だったお方。
そして同時に「彼と討論して勝てる奴は校内には居ない」とまで言われた弁論の達人でもあった。
大英は「いや、そうかな?」と思っていたが、挑戦する機会は無かった。
まぁ、彼らの友人である土井曰く「俺でも勝てるかどうかわからん」という事なので、人々の評価としては間違いなかろう。
ちなみに土井の弁舌能力は大英と互角で、同学年内に敵なしである。
秋津も常軌を逸した友人に恵まれているようだ。 ……褒めてないかコレ。
「それは一度手合わせして見たいものだな」
かなり悪い顔の大英。 コレは友の仇討ちという感じでは無いね。
「あー、そうだな、『またどっかで会うだろう』みたいなことを言ってたから、機会はあるかもな」
「それは楽しみだ」
「それにしても、あいつは一体何しに来たんだろう」
「というと?」
「巡回司教とか言う役職で、宗教を語るらしいんだが、現代の知識とかって要るのかなぁ」
「モデラーじゃ無いんだろうな」
「そういう感じには見えなかったし、モデラーにそんな仕事はさせんだろ」
「謎だな」
大英達にとってはこの地は「現実の神々」を信仰する「一つの宗教」という認識。
丁度古代ギリシャが「ギリシャ神話」という「宗教」を信じているという感じだろうか。
だから「宗教を語る」という仕事が「布教」とは繋がらない。
だって布教とは異教徒を改宗させるための仕事だからね。
だが、彼らは気づいていない。
古代ギリシャでも、ポリスによって信じる神が違う事があり、各々違う信仰を持っていた。
ひとくくりに「ギリシャ神話」という「宗教」として考えるのは正解とは言い切れないのだ。
そうは言っても、これは多神教の特性なのだが、神が違う事が政治的対立と同義では無いから、現代のような宗教対立は余り無かったと思われている。
そのせいで、現代人にとって古代ギリシャの宗教は「ギリシャ神話」という認識なのは仕方ないのだろう。
結局のところ、一つの神話体系でも、多くの神々の中で誰をメインに据えるかは人それぞれなのである。
日本でも、神社ごとに祭っている神は違うからね。
「それはそうと、王都の写真撮ってきたぞ」
「おお、それは有難い」
大英への土産は物品では無く写真であった。
まぁ、この地で売ってるもので欲しい物もそう無いか。
「これは……ガレー船か」
「ああ、この辺の文明度ならこんな感じだろ」
「だろうな」
こうして、大英と秋津が情報のすり合わせをしている頃、話題の契丹氏もその活動を再開していた。
*****
今回契丹達はある領主の都に来ていた。
周辺の村々と違い人口も多く、単に広場で説教をするという方法は不向きであると契丹は判断した。
そこで、彼が契約した劇団の初舞台を執り行う事とした。
プランタジネットは契丹に問う。
「演劇はそんなに効果があるのですか。 直接説教を話聞かせた方が良いように思うのですが」
「いえ、説教は聞き手を選びます。 熱心な信者にその信ずる神の話をするから聞いてもらえるのです。 信心が不足している人や、信心が篤くても他の神の話をしていたのでは、相手も身が入りません」
「確かに、そうですね」
「その点、演劇は信心や信ずる神とは関係なく、多くの人が楽しめるものです。 そして、その脚本に埋め込まれた思想などを、抵抗感無く相手の心に届かせることが出来ます」
「そうなのですか?」
「はい、元居た世界でも、何人もの脚本家の方と協力して、私が推進している進歩的な考え方を、人々に植え付ける事に成功しています」
「これは、流石は契丹様、何という素晴らしいアイデアでしょう」
「いえ、私は先輩達が実践された手法を学んで継承しているにすぎません」
「そんな歴史のある方法なのですか」
「ええ、私たちの世界では『主権在民』と言う考え方があるため、民衆をコントロールする事が権力に繋がるため、特に発達したのだと思います」
「という事は、その民衆を意のままに操る契丹様こそ、元の世界の最高権力者なのですね」
「まぁ、そうであれば良いのですが……それを目指して日々精進していました」
こうして、ついに契丹達の劇団がその劇を披露する時がやってきた。
街の広場で始まる演劇を見ようと、都の人々が集まっている。
契丹は観客たちに語り掛ける。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。 精一杯頑張りますので、最後までご観覧ください」
そうして劇が始まった。
その内容は……。
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主人公はとある貴族領の騎士団に所属する団員。
貴族では無いため、騎士にはなれず、雑用や荷物持ちをしていた。
ある日、騎士団に新人が入ってくる。
先輩として雑用のやり方を教える主人公。
だが、その新人は「こんな仕事は俺のやる事じゃない。 もっと俺に相応しい仕事がある」と言って団長に勝負を挑む。
ム・ロウ神の加護を受けたその男は、恐るべきチート技量を発揮し、団長との試合に圧勝。
団長の上の「大団長」に就任する。
大団長となった彼は謎の論理を振りかざし、団員達に向かって「自由主義」だの「レディーファースト」だのと意味の分からない事を語って困惑させる。
戦いに不向きと思われる美少女や美女を次々と騎士団にスカウトする大団長。
そしてある日、主人公は「お前は使えないからクビだ」と騎士団を追い出されてしまう。
悲嘆にくれる主人公。
だが、そこへレリアル神が現れ「お前には秘められた能力がある。 それを開花させてやる」と語り、光が彼を包む。
猛獣を仲間とする能力に目覚めた彼は、盗賊団の襲撃に悩まされていた村を救う。
それを皮切りに、いくら領主に訴えても、騎士団は忙しいと相手にしてもらえない辺境の村々を次々と救っていく。
その名声を聞いて、領主は騎士団へ戻る様使者を遣わすが、彼は「もう遅い」とその話を断る。
仕事をしない騎士団の評判は駄々下がり。
領主に叱責された団長は、大団長になんとかしてくれと縋りつく。
だが、8人もの若い美女・美少女に囲まれて、毎日面白おかしくスローライフを満喫している大団長は聞く耳を持たない。
遂に騎士団団員の怒りが爆発。
皆で大団長を追放しようと挑むが、チートに守られた大団長に無双され、団長すら全く歯が立たない。
そこへ、主人公が現れる。
「お前は間違っている!」
だが、その主人公の前に立ちはだかる、はしたない姿をした美女・美少女軍団。
「間違っているのは貴方! 汚らわしい化け物遣いは去りなさい!」
恥ずかしくて彼女たちを正視できない主人公に、女たちは「やましい所があるから目をそらしている!」と叫ぶ。
彼はどうすればよいのかと迷う。
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「さぁ、みなさん、彼はどうするべきでしょう」
契丹の問いかけに、観客たちは口々に意見を言う。
「構わねぇ、そんなバカ女共、まとめてのしちまぇ」
「いや、正義の主人公が女性を傷つけるのは良くない」
「説得してどうにかならねぇか」
「いーや、男に目がくらんだ女は醒めるまで耳を貸さないよ」
色々な意見が出るが、まとまる気配はない。
そんな様子を見て契丹は声をかける。
「さぁさぁ、皆さん、それでは彼の決断を見てみましょう」
その声を聞き、皆が続きを見ようと静かになる。
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彼はあるアイデアをひらめく。
彼は、愛らしい獣の子供を呼び出す。
獣の子供は彼女たちの前に出て、アピール。
3人の少女が駆け寄って抱き上げて愛でる。
それを見て大団長は「何やってる」と怒り、神に与えられたチートを発動して獣の子供を宙に放り、地面に叩きつける。
哀れ獣の子供はキャウと声を上げ、ぐったりして動かなくなった。
「さぁ、そんな畜生なんかに構ってないで、戻れよ」とウインクする。
だが、3人の少女は戻らない。
それどころか、残りの5人も大団長の傍を離れていく。
主人公は獣の子供を介抱し、命をつなぐ。
そして、怒りのオーラをまとった猛獣を大団長へと向かわせる。
襲い掛かる猛獣を見て恐れをなした大団長は態度を変えて懇願する。
「ま、まて、話せば分かる」
「貴方はやってはならない事をやってしまった。 今更話など、もう遅い」
こうして、大団長は倒され、人々に笑顔が戻る。
女性たちは主人公に謝罪し、傍に置いてほしいと縋るが、彼は「僕には心に決めた人がいる」としてそれを受け入れず、去って行くのだった。
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「めでたしめでたし」
そうナレーションを語ると契丹は深くお辞儀をした。
「いかがでしたか」
契丹の問いに、観客たちは歓声で応えた。
その後の宴会で劇団の面々は観客たちから、大いに歓待を受けるのであった。
そして、この宴会も計算されたものである。
選ばれた観客を宴会に呼び、役者と交流を持たせる。
それにより、熱心なファンを獲得する。
熱心なファンは周りに「布教活動」を行い、観客が増える。
そういう計算である。
そして演じていた時の、現地の人々から見ても煽情的な衣装のまま傍で話をする女優たちは絶大な人気を博するのであった。
21世紀では親近感が鍵という集団アイドルグループも成功しており、契丹は「演者とファンの交流」も重視したのである。
もちろん、主役や悪役を演じた男性も見目麗しい若者であり、女性陣の人気を二分している。
こちらも、契丹によって教え込まれた「ファンサービス」を忘れない。
だが、この婉曲的な手法は判りずらい向きもある。
「契丹様、この脚本はどんな効果があるのでしょう。 もっとム・ロウ神を邪神のように描いた方が判りやすいのではないでしょうか」
プランタジネットの問いに契丹は答える。
「その考えは良くないですね。
直接的表現は、一見効率がよさそうですが、人々は身構えてしまいます。
ましてや、元々ム・ロウ神の信者なのですから、邪神扱いしては反発してしまうでしょう」
「そういうものですか」
「ええ、あくまでム・ロウ神の『信徒』が悪さをして人々から嫌われる。
レリアル神が正義を成すのではなく、『信徒』が正しき事を行う。
このように直接的に示すのではなく、他の内容に『さりげなく埋め込む』事で、抵抗感なく受け入れられるのです」
「それで十分な効果が見込めるのでしょうか」
「もちろんです。 この世界の方々には知られていませんが、私が元居た世界では人々の心を扱う心理学という学問があり、その効果を込めたシナリオと演出ですから、確実に成果が出るはずです」
契丹の言う心理学が実際に大学で研究されているものかどうかは定かではない。
だが、「追放」「ざまぁ」からの「もう遅い」という流れが、とある場では絶大な支持を得ているのは事実である。
この演劇でも、そのまんまではないにしても、そういった要素を取り入れている。
そしてサブリミナル効果をはじめ、人々の心に侵入する手法というのは、さまざまに研究されていたりする。
公演は1回で終わるものでは無く、何度も繰り返される。
新しい観客も居れば、毎回顔を見せる熱心なファンも居る。
特に宴会に参加したファンが広める口コミの評判により、観客は回を重ねるたび増えるのだった。
契丹の思惑通り事は運んでいく。
だが、自分たちが街や村を1か所1か所回っていたのでは、効率も良くない。
口コミの威力がこの地でも有効だと確認した彼は、「やはり『メディア』の力が必要だ」と、考えるのであった。
用語集
・弁論の達人
挑んだ全員を論破してしまったため、不興を買っていた模様。
その弁舌の腕を武器に生徒会長に立候補したが、ほぼすべての部活で2年生から1年生に対し「あいつには入れるな」という指示が飛んだため、対立候補に負けてしまった。
何事もやり過ぎは良くないという事だろうか。
いや、戦術的勝利と戦略的勝利は別という事だな。
・弁舌能力は大英と互角
これでは評価がむずかしかろう。 大英の能力が判らないのだから。
参考用に土井と秋津の高校時代のエピソードを一つ紹介。
家に入っていた進歩青年同盟のチラシを見て、集会に参加した二人。
導師と呼ばれたリーダーがあまりにとち狂った事を言うので、議論を吹っ掛け、打ち負かしてしまったという。
秋津は「レベル低すぎ」と言っていたが、仮にも導師なのだから、それなりの資質はあったと思う。
もちろん、契丹と比べたら足元にも及ばんだろうけどな。 所詮は田舎支部の導師だ。
とはいえ、非論理的な事を語るのだから論破するのは容易……というのは大英・土井クラスの論客の感想。
普通の若者はコロっと騙される。
みなさん、怪しい勧誘に興味本位で参加してはいけませんよ。
ちなみに、土井はその後も様々な勧誘を「担当者に会って断る」事で、自らの弁舌能力を磨いたそうである。
・異教徒を改宗
現代なら違う宗派からの改宗もあるだろうけど、神が現役の世界では「時間が経って解釈が変容」とか「弟子同士の主導権争いで教義が変わる」なんて事は起きない。
まぁ、神も人間と同じ寿命で世代交代していたら、たとえ現役でも色々変わってくる事もあるだろうけどね。
生憎、神は長命なので、100年や200年では世代が変わらないどころか、当人(当神)の気分すらあまり変化しない。




