第24話 おっさんズ、国家的慶事に立ち会う その6
秋津の目に3人ほど周りとは違う肌色をした人物が入った。
「あれは、誰だ……」
誰に問うでもなくこぼれた言葉に、彼の後ろにいた通信兵が告げる。
「閣下、あの3名はこの地の者ではありません」
「なぬっ、それはどういう事だ」
想定していない声に、秋津は振り向いて問う。
「詳しくは判りませんが、おそらくレリアル神の天使ではないかと思います」
「こんな所に出てくるか」
3人はこちらに向かってくる。
停戦中だから戦う気は無いはずだが、暗殺という事もあり得る。
こんな場所で事を起こすとは思えないが、そういった「常識」が相手に通じるかは判らない。
歴史上も宴の場で暗殺が起きた事例はいくつもある。
み使いへの危害禁止を守るとは限らないし、守ったとしても、領主を狙う事だって考えられる。
「皆は何処だ」
秋津は周りを見渡す。
ゴートは領主の傍に居た。 二人は5メートルほど先だから、声を上げれば届く。
サファヴィーはその先数メートルで傍には護衛の女性が付いている。
ビステルは何処にいるのか見えず、秋津の傍に居るのは通信兵、それに2メートルほど離れたウエルク隊長の二人だ。
そのウエルクが秋津の様子がおかしい事に気づいて声をかける。
「どうしました、秋津殿」
「ああ、ウエルク隊長、こちらに向かってくる3人が、敵の天使らしいんだ」
「え? そうなのですか。 普通の司教様に見えますが」
ウエルクの目にはちょっと豪華な服を着た司教か何かにしか感じられない。
「司教?」
言われてみると、他の貴族とは少し感じが違う服を着ている。
と言うかデザイン云々より「暑くないのか?」と秋津は思った。
事を荒げるのはまずいと思った秋津は、叫ぶのではなく伝言を頼むことにした。
「とにかく、天使が来ている。 ゴートさんや領主様にも伝えてくれ」
「判りました」
ウエルクは直ぐに領主達に伝える。
そうしていると「司教」達は傍までやってきてお辞儀をした。
「はじめまして、私は巡回司教をしているキッタンと申します」
「こ、これはご丁寧に。 自分は……」
「存じております。 スブリサの天使殿ですよね」
(! そうか、こっちが判るという事は、向こうも判っている訳だ)
「では、貴方も」
「はい、供の二人は生粋天使、私は召喚天使です」
お供は三人組だが、いつもの事だが今日も三人目は別行動のようだ。
そこへゴートがやって来る。
領主の傍にウエルクを付け、自分はこちらに来たのだ。
「こちらが、天使なのであるか」
「スブリサの騎士ですね。 キッタンと申します。 初めまして。 では、あちらでお話でも」
契丹は会場の中で少し人の少ない場所を手で示す。
周りに人の少ない方が話やすいという事だろう。
秋津も了承し、合計6名は移動する。
「ご心配なく、私共はこの通り神の教えを語る者。 戦をする者ではございません」
「で、どんな用件なんだ」
「いえ、大した用件ではございません。 同じ地より招かれた方がどのような方かと興味を感じた次第にて」
「……」
秋津はどうも虫が好かない感覚を感じている。
初対面の人物を直感で判断するのは好ましくない判断手法だが、やはりウマが合わない人物というのは存在する。
一方の契丹だが、秋津の第一印象は「中年男性」。 おそらく自身と同年代と感じていた。
そこで、想定していた人物像に合っているのか確認して見る事とした。
「貴方も日本人なら、戦いを嫌悪し、平和を愛するはずですが、なぜ戦いに手を貸しているのですか」
「それが必要な事だからだろ。 俺たちは依頼を受けた。 達成しなければ帰れない」
「なんと、なぜ拒否しなかったのです。 上位の存在からの依頼とはいえ、不当なものなら拒否するのが正しい行動なのでは」
「邪神に勝利するのは良い事だろ」
「これはいけませんね。 何を根拠にレリアル神を邪神などど言われるのですか。 まさかム・ロウ神がそう言っていたなんて理由ではありませんよね。 ご自分の目でレリアル神が悪を成す様をご覧になったので?」
「い、いや、見ていない」
押される秋津。 そこへゴートが割って入る。
「キッタン殿というたか、レリアル神が邪神なのはスプリサでは常識。 違うと言うのなら、そちらが根拠を述べられよ」
「ふむ、そちらの天使殿がスプリサに着かれたのは依頼を受けた後なので、意味のない指摘ですが良いでしょう」
(「お上」の言う事に従順な体制的な思想の持主ですね。それと「俺たち」という事は、一人ではないのかも知れませんね)
「では、話題を変えまして、貴方は神獣を使役して戦っていると聞きましたが、なせ戦い方を知っておられるので?
普通の方は 戦の方法なんて知りませんが、自衛隊員でいらしたのでしょうか」
「自衛官じゃない。 大体実際に戦ってるのは神獣だ。戦い方の細かい事は当人たちに任せている」
「そうですか、ですが組織が成功するか否かは、トップ次第なはずです」
「というと」
「貴方も聞いたことがありませんか、野球で『いくら優秀な選手を集めても、監督がボンクラでは試合には勝てない』というお話ですが」
「ああ、それなら知ってる『逆に選手がイマイチでも監督が一流なら試合に勝てる』って話だろ」
「そう、それです」
(この世代なら野球のエピソードは共通認識ですね)
「いくら神獣が強くても、貴方方が戦を知らなければ、結果は出せないのではないですか」
「まぁ、ミリタリーの知識ならその辺の奴よりはある」
「なるほど」
(ミリオタという事ですね、これは進歩の敵に多い属性と言えますね)
「こっちの事ばかり聞いているが、そっちはどうなんだ」
「おや、気になりますか、これは失礼いたしました。 何なりとお聞きください、個人情報に障りない範囲でお答えいたしましょう」
「……何でレリアル神のみ使いになったんだ」
「み使い……ああ、召喚天使の事ですね。 私は召喚の際に十分にレリアル神と話し合いました。 その依頼は私が尽力すべき価値があると判断したため、受諾したのです。 もし、軍隊を率いて戦えというお話でしたら、お断りしたでしょう」
「そうなのか」
「ええ、世界に誇る平和憲法を持つ国民の一人として、戦いは拒否いたします。 貴方方は違うようですが……」
「世界に誇る? アンタ自殺志願者か?」
「まさか、戦争は考え方の違いから起きるもの。 世界中が平和的な進歩思想を持てば、起きなくなります」
「そんな訳無いだろ」
「努力もせずに頭から全否定とは、若者から嫌われる『おじさん像』そのままではないですか」
「なん……」
(この年代の人には「キツイ一発」でしたかね。 私も同じ年代だからよく判りますよ)
そして契丹はスブリサ領主がこちらを見ているのを認識して告げる。
「おや、お連れの方が心配されているようですね。 短い時間でしたが、有意義なお話が出来ました。 戦場で会う事はありませんが、機会がありましたらまたお会いしましょう」
そして、一方的に話を打ち切ると、宴の中に戻って行った。
秋津はその背中に文句の一つも言いたげな表情になっていたが、何も言う事は出来なかった。
「契丹様、目的は果たされましたか」
「ええ、彼らがどんな人物か判りました。 軍隊を好む軍国主義者で守旧派、体制に従順で何も考えていない人です。 私たちの世界では高学歴なのに頭を使う事を知らない残念な人として知られています。 名ばかりの高学歴というものです。
家が裕福で頭を使わなくても生きて来られたのでしょう。
戦いを指導されている天使殿が苦戦されているようですが、彼らは学歴の割にあまり頭の良い方では無いようですから、そのうち大きな失敗をすると思いますよ。
そうしたら、そこをついて戦えば、きっと流れを優位に変えられるはずです」
「なるほど、こんな短い会話でそこまで見通せるとは、さすがは契丹様ですね」
「いえ、事前にレリアル神や天使殿達のお話を聞いていたので、それと合わせれば容易な推測です」
果たしてその「推測」が正しいのか。 今の契丹にそれを知る術は無い。
こうして、秋津にとっては何か不完全燃焼感の漂うこの日の宴は終了したのであった。
用語集
今回は特に解説を要する用語などはありませんね。
やると蛇足……いや、藪蛇になりそうな用語はいくつかありましたが。